今、「ものづくりの科学史」を読んでるんですが、
改めて歴史を学ぶ事の大切さ、というんでしょうか
過去と現在を比較することで見えてくることがあると感じています。
その感じたことを書こうと思います。
少しだけでも良いので読んでください。
(実は若輩者なのを棚に上げて書いているので、感想と批判もお願いします)
科学史としてこれに書かれるのは、主に銃が戦争の中で使われることが当たり前になって
そのために必要となる生産量を確保するために、大量生産し、修理を早く行う事が求められ
生産性の向上として部品の均一化が開発されたということです。
この大量生産などのため、自動車など他の工業全般に、部品の均一化は浸透したのではないでしょうか?
現在の自動車は、メーカーは違っても同じ部品を使っている例ですね。タカタのエアバックをあげればわかりやすいのではないでしょうか。
私、中小企業を取材する仕事なのですが、
今、改めてこのメリットを再認識して
デメリットと天秤にかけるタイミング、またはそういった状況なのではと思います。
このメリットは先に申したように『大量生産、修理を早く、未習熟者でも触ることができる』そういったメリットを目的としていました。
その結果、生産に関わる機械も大量生産に適したもの、均一した生産をつくるものが開発されてきました。
さらに従業員の教育も、高いレベルか求められないため最低限の社員教育となり均一化してきました。
その均一化した従業員を管理する管理職という経営とは違う別の仕事が生まれました。
これらのビジネスモデルは、先に申したメリットを享受、または享受するために企業を拡大させるためであれば問題は無かったと思います。
しかし今、国全体が成長する時代ではなくなり
また違う視点では、拡大ではなく、現状維持のなかで幸福を拡大させることを目標とする考え方が出てきました。
こうした新たな考え方に基づく企業ば、拡大化を目的とした企業と同じ機械、人材教育、評価制度を導入することはデメリットが大きいのではないか、とこの本を考えて思ったのです。
ただ、新しい考え方の企業に向けた機械などがいまあるのか、と問われるとまだだと思います。