歯科医物語

歯科医、現在 休養中、「木偶庵」庵主、メインサイト http://www.jiro-taniguchi-fan.com/

「悲しい事件」いしかわじゅん氏

2006-03-13 00:34:17 | ☆メディア(本・映画・Web・音楽など)
前「フロムK」のところで書いた
http://blog.goo.ne.jp/jiro-taniguchi-fan/e/d9c4d16f9f7195518497d513693cb21f



コミックパーク
http://www.comicpark.net/new/index.asp
に、連載中。

「秘密の本棚 いしかわじゅん」

2004.3/1
 「第41回 悲しい事件」

が、ダウンロードしてあったので、紹介します。

     一応、出典も明らかにしていますので、
     著作権違法にはならないとおもいますが、

     関川氏と狩撫氏、2人のファンですので、
     「仲直り」されるのを願って、掲載します。




さっきまで『BSマンガ夜話』をやっていた。 NHKの衛星放送BS2の、自称看板番組だ。どうして自称なのかといえば、ぼくも出演しているからだ。 いや、その番組の話をしようと思っているわけではないのだ。 昨晩、番組が終わった後、次シリーズでなにを取り上げようかという話し合いが持たれた。いつも、3日目の夜あたりに、戦略会議が開かれるのだ。 いろいろ候補が出た中で、司会役の大月隆寛が、ぽつりといった。「あとは、『ボーダー』とか……」 ああ、『ボーダー』か。


 『ボーダー』というのは、かつて『漫画アクション』で連載された漫画だ。原作を狩撫麻礼が書き、漫画をたなか亜希夫が担当した。 たぶん、かなり人気があったと思う。長く続いたし、単行本もたくさん出た。たぶん、今でも愛蔵版というか、愛蔵したくないタイプの造形の分厚い本が出ていたと思う。

 『ボーダー』には、悲しい思い出がある。 この件に関わった全員が楽しくない思いをして、楽しくない結末に終わった、悲しい事件があったのだ。

 一番元をたどれば、原因はぼくだったのかもしれない。 ずっと以前、およそ20年ほど前、ぼくは『スピリッツ』で『ちゃんどら』を連載していた。ロボットの探偵ちゃんどらが主役で、相手役の悪党フー・マンシューと、7つの力を使って闘いを繰り広げる話だ。 その中に、『風博士』という殺し屋のキャラクターを登場させたことがある。上手からくるくると回りつつ登場する。サングラスをかけて、髪の少し長い男のキャラクターだ。 ほかの作品でも登場させていたような気もする。そうメインキャラクターにはなれなかったが、ちょっと気に入って何度か使ったのだ。

 実は、このキャラクターのモデルは、狩撫麻礼だった。 ぼくは昔から、友人知人周りの人間をモデルにして、キャラクターを創っていた。ぼくの最初の大きい連載だった『蘭丸ロック』の主人公〈蘭丸〉は、学生時代のいきつけの店のチーフウェイターだったし、蘭丸のいきつけの店の店主は、歌手の中山ラビだった。キャリアをスタートさせたころから、そういうことが好きだったのだ。 狩撫麻礼も、たぶん、好きだったのだ。ぼくと同じようなことがしたかったのだ。

 狩撫麻礼という名前は、最近はそれほど聞かなくなってしまった。今でも実は漫画の原作を書いてはいるのだが、同じペンネームを使い続けて読者に予断を持たれるのを畏れてか、ペンネームを変えてしまった。変えたどころか、作品によってペンネームを変えている。かつて赤塚不二夫がやろうとして中途半端で終わってしまったことを、今、狩撫麻礼がやっているのだ。判読する手がかりの絵がない分、赤塚より狩撫の方が徹底しているともいえる。

 70年代後半から80年代初頭にかけて、ニューウェーブと呼ばれる漫画家たちが活躍していたころ、狩撫麻礼もまた、その中にいた。双葉社の『漫画アクション』とか『漫画ギャング』、秋田書店の『プレイコミック』、小学館の『スピリッツ』等で、谷口ジローや園田光慶、神田たけしたちと組んで、力こぶの入った、文字通りの力作を発表していたのだ。 狩撫麻礼は、男として人間としての矜持を大切にする作家だ。それが過ぎてややマッチョになる時もあるが、漫画家とうまくはまれば、傑作も生み出せる。

 ニューウェーブは、まさに新しい波だった。だんだん小さな枠に収まりかけていた漫画という表現に、外部の人間が新しい概念を持ちこんだのだ。それまでの漫画界出世コースとは無縁の場所から、つまり、同人誌や大学漫研出身者やただの若い素人が、その表現を好きだという理由で漫画という業界に入ってきたのだ。それを許したのもまた、出版界とは無縁のところから業界に入ってきた若い編集者グループだった。

 ぼくもまたニューウェーブの一員に数えられていたが、狩撫は、それとは違うくくりで、関川夏央と矢作俊彦とぼくと狩撫自身の4人とを、緩いグループのようなものとして捉えていた。〈同志〉というような意識があったのではないかと思う。矢作を除いた3人は、比較的顔を合わす機会も多く、同じような意味を持つ雑誌で仕事をすることが多かったので、当然互いに仕事は見ている。だが、互いの仕事に対する評価は、微妙に違っていたと思う。 年齢は狩撫麻礼の方が少し上ではあるが、狩撫は関川夏央を高く評価していた。ぼくの印象だが、狩撫は関川を新しい表現者として、自分と同じ意識を持つもの、あるいは同じ資質を持つものとして尊敬の念を抱いていたのではないかと思う。 しかし、関川は、必ずしもそうではなかったようだ。関川は狩撫の一連の仕事を、前の世代の続きだと理解していたように見えた。同じくぼくの印象だが、前の世代の最前列、というように見ていたのではないか。だから、関川は狩撫を、そう凄く認めていたというわけでもなかった。 そのあたりの気持ちの擦れ違いが、すべての下地になっていたような気がする。

 ある日、ややうろ覚えだが、1987年か88年ごろのことだ。ぼくは漫画アクションで連載していた『フロムK』で、狩撫麻礼のことを描いた。さるパーティにいったら、狩撫がきていたのに、彼は途中で怒って帰ってしまった。けっこうパーティでは見かけるような気もするが、パーティは嫌いだとも公言していた。ぼくは反対に当時パーティ好きを公言し、あらゆるパーティに顔を出していたので、狩撫の行動が面白くて、嫌いなら最初からこなきゃいいじゃないか、というネタを描いたのだ。〈狩撫はあらゆるパーティにくるが必ず怒って帰る〉とか、〈酒を飲むと風博士の真似をしてくるくる回る〉とか、デフォルメしつつ笑いのネタにしたのだ。 すべて嘘かといわれれば嘘ではないが、すべて真実かといわれれば、まあそういうわけでもない。そのへんの虚実ないまぜのバランスが、ギャグだったのである。

 それからしばらく経ったある日、届いた漫画アクションを開いて、ぼくは嫌な気持ちになった。 『ボーダー』が、番外編とも銘打たずに、いきなり番外編になっていた。 その回の主役は、ぼくと関川夏央だった。「石川」と「関川」という名前で登場している。

 ぼくと関川は、どこかパーティに向かうところだ。ふたりとも、パーティの半ばに着くよう時間調整していたところを、偶然ばったり会ったのだ。 パーティ会場にきてみると、狩撫らしき男はパーティ会場の人気を浚っていて、パーティに出たのは3年ぶりで、怒って途中で帰ることもない。ぼくと関川は、パーティなんかに興味ないような顔をしつつ遅れたふりをして結局顔を出す〈俗物〉だ。 ぼくと関川は、狩撫に嫉妬し評判を落とすために悪質なデマを流そうかとも思う。「そ、そんなことしたら本物の風俗ライターになっちゃうじゃないか
……」「お……、オレはニュー・ジャーナリズムの旗手を目差してるのに」

 なんとか思い留まって、ふたりでトイレにいくと、ぼくらのことが噂されている。「あの二人…マンガ界の“おスギとピーコ”って言われてるらしいよ」「なるほど、男のオバサンか」 ぼくと関川はそれに気づかず、愚痴をこぼす。どうも更年期みたいにイライラする。夜中にヒット飛ばした同業者のことを考えると血が逆流するような興奮状態に……、とぼくはビキニのパンツ一枚の醜い裸の姿で、わら人形に釘を打っている。関川も同じように、柔道着で釘を打っている。 そのうちぼくと関川は仲間割れを始め、泣きながら引っ掻き合う。最後にまた仲直りし、抱き合って終わる。関川は、白いブリーフ姿で踊っている。

 ぼくはもちろん不愉快だったが、関川もやはりそうだったようだ。 狩撫麻礼は、いしかわも同じことをしていると主張したようだ。つまり、狩撫は、ギャグを書いたのだ。事実を少しベースにして膨らませたギャグを書いたつもりだったのだ。狩撫の頭の中では、ぼくも関川も大笑いして、これでお互い様という計算があったような気がする。同じ漫画アクションの連載コラムで、関川は確かこの少し前に、狩撫のことを少し書いていた。それに対する返礼というつもりもあったかもしれない。 しかし、これは中傷でしかなかった。 ユーモアの欠片もない、ぼくと関川に対する中傷だ。たなか亜希夫の絵も、容赦なくそれに荷担している。

 ぼくは、狩撫ともこれで終わりか、と無視することにした。 関川は、黙っては済まさなかった。 次の号の『ボーダー』の表紙に、狩撫麻礼の署名入り謝罪文が掲載された。

 ぼくと関川夏央と、狩撫麻礼との間には、大きな罅が入り、その後も修復されることはなかった。               【了】


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4 コメント

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コメント良いでしょうか? (名無し41)
2011-04-30 13:56:11
日付を見ると5年前の記事のようですが、コメントしても良いものでしょうか?
友人から現在発売中の『アクション』に「ボーダー」の新連載がはじまる?と聞き、それについて検索していたら偶然見つけ、読ませていただきました。
狩撫さんの「ボーダー」は当時愛読していて、実家に全巻そろっており、その後、なにか感覚が近い感じのする関川さん&谷口ジローさんの「事件屋稼業」も読んでおりました。
いしかわじゅんさんの漫画はまったく読んだことが無く、つい先ほどwikipediaで略歴と本件についての記述を読んだ程度です。
(しかし、wikiは別にしてこのサイトにある通り、事の流れを追うと、事の発端はいしかわさん。怒ったのは関川さん。そしてそれを止めなかったのも、いしかわさんであり、なんだかあまり良い印象は持てませんが)


何故わざわざコメントを書くのか、と自問すると、「噂で聞いたことがあった件が、結構明らかになった。そのお礼」であり、そしてやはり狩撫さんと関川さんの関係の修復を願っての事であります。
両氏とも原作者にて、単純な合作は難しいでしょうが、なにか共同作品を発表なりして欲しい、それを読みたい、見てみたいと思います。
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ありがとうございます (ボーダー世代)
2012-06-20 23:22:48
突然消えたボーダー。もう、20年以上前ですね。
一ファンとして、その足あとに触れることができたのはうれしかったです。
ボーダーの世界は、いまの若い人には受け入れられないだろうと思いつつ、共通の情熱はあるかも?と夢想する化石世代。
私の場合連想したのは、井の頭公園ですかね。そう、俺達の…
返信する
狩撫も没しましたね (mine mune)
2021-05-23 21:53:18
随分古い記事にコメントすみません。連載読んでいて突然起きた異常事態にただ唖然とした身としては、時折あれはなんだったのか振り返りたくなり、この10数年の間に検索の結果として複数回こちらの記事に辿り着いたものです。
僕は個人的にいしかわはあまり好きじゃない(ギャグ漫画家としてなら好きでしたよ、「憂国」「約束の地」)ため、どうしても狩撫の肩を持ちたくなってしまいます。あーあ、謝らされちゃったよ、と翌週だったかの扉見て思いましたもん。
狩撫が亡くなり、いしかわも関川もそれなりのコメントをしてますが、いまだに僕は納得いかない気分です。今になって「お互い若い時には」なんて言うのはアンフェアに思えます。狩撫も、ホントは書けるのは「予感」まででその先のビジョンについては空手形のヒトだったと思ってますが、ファンはそれくらい承知している、と5ちゃんのコメントにありました。手向けの言葉としてそれ以上のものは無いですね。狩撫麻礼、静かに眠れ。
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コメントありがとうございます (Y KIZAWA)
2021-05-30 23:59:08
この話は本当に面白いですね

上記の本に出ています
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