「
人間の身体は、転ばないようにではなく、うまく転ぶように
作られていく(那須耕介遺稿集「つたなさの方へ」)
赤ん坊は歩けるようになるまでさんざん転ぶが、やがて、転びかける
ととっさに手をついたり、体を捻ったりして衝撃を和らげるようになる。
歩けるというのは、上手な転び方をわきまえているということだと(50
代半ばで早逝した)法哲学者は言う」
昨日の朝日朝刊コラム「折々のことば」(鷲田清一)から
先日、秩父の山中で無様に転んだ。下手をすれば尾根から谷へ落ちる
ところだった。浮石や折れ枝だらけの細い尾根道、三百段の石段登りの
あとだったから、脚が上がっていなかったのだろう。
でも、転ぶかも知れないと思いつつ歩いていた。木の根に躓いた瞬間、
谷底へ向かいそうな上体を咄嗟に前方に捻ることが出来た。自慢しよう
と思ったが、老いて赤子に還っただけのことと那須耕介に教えられた。
穿いていたズボンは歴戦の勇士、両膝には何ヵ所も繕いの跡がある。
今回も左の膝部分が少し破れた。「もう捨てたら」、いつも繕いを頼む
女房がまた言うだろう。そろそろ潮時かも知れない、ズボンも俺も。
尾根道からの眺望と下り道(10/27)
真下の大渕寺まで降りる