月に一度の障りのある日はデートしてもねぇ・・・とおとなしくしてるじゃすみんちゃん。
NHK-BSでやってた「没後20年 向田邦子の秘めたもの」って番組見てた。
2001年の作品だからもう8年前かぁ。
向田邦子はずいぶん読んでて、いろんな形で紹介される彼女の若い頃の写真のキレイさにたまげていたから、恋人が記録映画のカメラマンだったってわかって激しく納得。
ましてや何年も何年も妻子があって結婚できない人なのにくっついていて、その人が脳梗塞で倒れて後遺症が残り、向田邦子が生活の面倒を見、献身したにもかかわらず、その人(おそらく)自殺しちゃったなんて、「ほぉ~」っと驚いたし、あらためて「男っ気がなかった」と言われる向田邦子が特に後期のなんともいえず空恐ろしい「男と女」を書きえたのかと納得したのはじゃすみんちゃんだけじゃなかったハズ。
ま、それにしてもヒドイ話だねぇ、こりゃ。
23、4のコムスメの時に出会ったとは言え、それから10年くらいつきあって結婚にも至らず、同居もせず、いくら脚本家としての彼女の最大の助言者であったとは言え、その男性が亡くなって以後も、浮いた話がなかったなんて・・・!
ひとえに「勝手に死なれちゃった」につきるもんなぁ。
向田邦子だもん、彼女の人生でこの程度のオトコごろごろ出会ったと思うぞぉ。
死ぬって形で彼女の人生を、お先にってあの世に持って行ったこのオトコ、じゃすみんちゃんキライだな。
ついでに、「昭和の父親」の代表選手みたいに言われる、向田邦子の父親も嫌いだな。
「不幸な生い立ち」「苦学」「努力」「頑固」「涙」でくくられることで、家族をしばりつけて、長女の向田邦子は30すぎるまで家にいた。
特に男性が病気してからは、彼の日記からわかるように、脚本の仕事でホテルにカンヅメになることで彼と連絡が出来(ケータイなかったもんねぇ)、仕事の合間をぬって彼の家に行き、買い物をし、ゴハンを作り、翌日の食事の支度までして帰る献身。
「疲れて邦子、転寝す」ってフレーズが出て来るけど、セックスはあったのかねぇ・・・?
彼の分まで生活費を稼ぎ、家から通いでこんな献身をして、ばりばり無理な生活をしていることを、同居してる親は気がつかないワケない。
許さなかった父親をたてる形で、彼女を家から離さなかった母親もキライだな。
「降る雪明治は遠くなりにけり」と中村草田男は詠んだけど、
昭和を描いた代表的作家で、彼女の描いたものは色あせることがないのかしらん?と思ったことがあったけど、
「昭和」も遠くまで来ちゃったなぁ。
縛りつけ、依存し、身の内は恨みで焦がしながら、おだやかに過ごす生活を長い年月について、疑問をはさめなかったのが「昭和」なのかもね。
きっと向田邦子は、どうもできなかった自分にも、周りにも
ず~っと怒っていたんだと思う。
番組の中で和田勉が「あんなコワイ作品」と表現してたけど、作品で恨みをはらしてたんだねぇ。
早くに死んじゃった問題の男性にも、父親にも自分の作品見せたかっただろうなぁ。
それも愛だと言えばそうかも知れないけど、こんな関係じゃすみんちゃんはいらないし、昭和ノスタルジィも色あせたな。
だって、自由には義務がつきものだけど、義務ばっかりで自由を伴わないんだものクワバラくわばら。
って、ことでおヒマなじゃすみんちゃんの今日の冒険のお題は「大晦日の過ごし方」
相変わらず顔を出すゲイマスターの店で「ねぇ、じゃすみんちゃんお正月どうすんの?」って言われたから
「う~ん、親は弟夫婦と大晦日から旅行だしねぇ、どうしようかねぇ」とまだ考えてなかったから、曖昧に返事してたら、
「アラ、あんたんチ親いないの?じゃボク来るから代理店彼と3人でいっしょに飲もうよ!」だって!
考えたらじゃすみんちゃん、親がいない家に男性(ま、彼の場合はゲイだけど)を連れ込んだことないんだよねぇ、
一瞬のうちに、少年少女マンガによくある「あのさぁ、今日ウチ親いないしぃ
」ってシチュエーションが頭に浮かんじゃったよぉ(泣)
中学生や、高校生じゃあるまいし、どうしてこんな話になるのかと・・・・。
「いや、来てもいいけど、犬も散歩しなきゃいけないかもよ」
と、婉曲にお断りの表現をしたじゃすみんちゃんを
「うん、ボク平気!」
と、一瞬にして黙らせたゲイマスターのワガママさ健在な夜でした。

NHK-BSでやってた「没後20年 向田邦子の秘めたもの」って番組見てた。
2001年の作品だからもう8年前かぁ。
向田邦子はずいぶん読んでて、いろんな形で紹介される彼女の若い頃の写真のキレイさにたまげていたから、恋人が記録映画のカメラマンだったってわかって激しく納得。
ましてや何年も何年も妻子があって結婚できない人なのにくっついていて、その人が脳梗塞で倒れて後遺症が残り、向田邦子が生活の面倒を見、献身したにもかかわらず、その人(おそらく)自殺しちゃったなんて、「ほぉ~」っと驚いたし、あらためて「男っ気がなかった」と言われる向田邦子が特に後期のなんともいえず空恐ろしい「男と女」を書きえたのかと納得したのはじゃすみんちゃんだけじゃなかったハズ。
ま、それにしてもヒドイ話だねぇ、こりゃ。
23、4のコムスメの時に出会ったとは言え、それから10年くらいつきあって結婚にも至らず、同居もせず、いくら脚本家としての彼女の最大の助言者であったとは言え、その男性が亡くなって以後も、浮いた話がなかったなんて・・・!
ひとえに「勝手に死なれちゃった」につきるもんなぁ。
向田邦子だもん、彼女の人生でこの程度のオトコごろごろ出会ったと思うぞぉ。
死ぬって形で彼女の人生を、お先にってあの世に持って行ったこのオトコ、じゃすみんちゃんキライだな。
ついでに、「昭和の父親」の代表選手みたいに言われる、向田邦子の父親も嫌いだな。
「不幸な生い立ち」「苦学」「努力」「頑固」「涙」でくくられることで、家族をしばりつけて、長女の向田邦子は30すぎるまで家にいた。
特に男性が病気してからは、彼の日記からわかるように、脚本の仕事でホテルにカンヅメになることで彼と連絡が出来(ケータイなかったもんねぇ)、仕事の合間をぬって彼の家に行き、買い物をし、ゴハンを作り、翌日の食事の支度までして帰る献身。
「疲れて邦子、転寝す」ってフレーズが出て来るけど、セックスはあったのかねぇ・・・?
彼の分まで生活費を稼ぎ、家から通いでこんな献身をして、ばりばり無理な生活をしていることを、同居してる親は気がつかないワケない。
許さなかった父親をたてる形で、彼女を家から離さなかった母親もキライだな。
「降る雪明治は遠くなりにけり」と中村草田男は詠んだけど、
昭和を描いた代表的作家で、彼女の描いたものは色あせることがないのかしらん?と思ったことがあったけど、
「昭和」も遠くまで来ちゃったなぁ。
縛りつけ、依存し、身の内は恨みで焦がしながら、おだやかに過ごす生活を長い年月について、疑問をはさめなかったのが「昭和」なのかもね。
きっと向田邦子は、どうもできなかった自分にも、周りにも
ず~っと怒っていたんだと思う。
番組の中で和田勉が「あんなコワイ作品」と表現してたけど、作品で恨みをはらしてたんだねぇ。
早くに死んじゃった問題の男性にも、父親にも自分の作品見せたかっただろうなぁ。
それも愛だと言えばそうかも知れないけど、こんな関係じゃすみんちゃんはいらないし、昭和ノスタルジィも色あせたな。
だって、自由には義務がつきものだけど、義務ばっかりで自由を伴わないんだものクワバラくわばら。
って、ことでおヒマなじゃすみんちゃんの今日の冒険のお題は「大晦日の過ごし方」
相変わらず顔を出すゲイマスターの店で「ねぇ、じゃすみんちゃんお正月どうすんの?」って言われたから
「う~ん、親は弟夫婦と大晦日から旅行だしねぇ、どうしようかねぇ」とまだ考えてなかったから、曖昧に返事してたら、
「アラ、あんたんチ親いないの?じゃボク来るから代理店彼と3人でいっしょに飲もうよ!」だって!
考えたらじゃすみんちゃん、親がいない家に男性(ま、彼の場合はゲイだけど)を連れ込んだことないんだよねぇ、
一瞬のうちに、少年少女マンガによくある「あのさぁ、今日ウチ親いないしぃ

中学生や、高校生じゃあるまいし、どうしてこんな話になるのかと・・・・。
「いや、来てもいいけど、犬も散歩しなきゃいけないかもよ」
と、婉曲にお断りの表現をしたじゃすみんちゃんを
「うん、ボク平気!」
と、一瞬にして黙らせたゲイマスターのワガママさ健在な夜でした。
