J’sてんてんてまり

はじまりは黎明期。今は、記憶と記録。

寸分余さず

2005年02月24日 | 人にぞっこん
漫画家たなかよしみは、絵がへただと胸を張って言う。

少年誌で新人賞を取ったこともある。
連載もしたし、本も出ている。
最近は、駿府匠宿で時折似顔絵も描いている。

静岡県出身の伝説のモデラー山田卓司に師事し、造形もこなす。
キャラクターコレクションも膨大。
イラストや漫画ルポ描いたり、映像台本だって書くし、レポーターとして出演もする。

彼にとって、漫画は手段なのだという。
絵を描くことは、総合的な表現のために選んだ方法。
傍目には、絵の描き手かもしれない。
でも、絵は、最後にどう現そうかという時の手段なのだと。

社会科見学が多様になっている。
毎年こどもたちが、たなかよしみの仕事場に授業などで訪れる。
「絵が好きだから」漫画家になりたいという子供にたなかよしみは
違うよな、と思うのだ。
漫画しか読まない、漫画が好き、絵が好き、だから漫画家になる。
違うよな、と。
映画も見ろ、小説も読め、話し方や、ストーリー展開を見、聞き、
なんでそれが面白いかを探れよな、と。

漫画は、総合芸術なのだ。

世界中にファンのある漫画を始め、漫画をルーツにした数々の作品や
そこから派生した一大漫画文化を見れば、なるほどと頷く言葉。

「人前で話すのが好き」だからアナウンサーになりたい。
「ラジオが好き」だからディレクターになりたい。

確かに、私達の世界でも、聞けば危惧する言葉だ。

「絵を描くのが好き」だったら、漫画家にならないで趣味で描いててもいいでしょ?
たなかよしみは思うのだ。

生き方が、興味が、その人の色になり、伝えたいことのために漫画にする。

彼が意を決して漫画家ごとう和に弟子入りしたのは、
印刷会社を営む父に勘当同然で追い出されたからだった。
「いいお父さんだね」師は言った。

この春、漫画教室で、先生業も始める。
たなかよしみにとって、全ての道は漫画に通ずるのだ。


*たなかさんの描いてくれたtenten


個人的には、たなかさんの取材で描く人物の漫画が読みたい。
彼も、とっても人が好きなのだ。その青空みたいなスケールで描いた
ドキュメンタリーチックな漫画が、是非読みたいと、ファンとして切望しておこう。

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14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (わさわさ)
2005-02-24 22:26:26
「プロとアマの違いは何か」

作家の塩野七生さんが「絶対音感」を例えに出して「それは「絶対感覚」のようなものだ。文章に対する感覚の冴えであり、書く対象に適した文体をモノにできるか否か、そして鈍化しないように感覚を研ぎ澄ますことと習得と自己反省を怠らないことだ」と言っていたのを思い出します。傍から見れば楽しそうでもアイデアが枯渇しないように毎日脳みそをフル回転させて何かをくみ上げなくてはならない。まさにいばらの道ですね。

ところで!てんてんさんだぁーきっ、きれいだーよかった、思ってた通りで♪ウフ

俺も描いてほしいなぁ~バス停に置き忘れると女の子にもっていかれちゃうかもね。。。。。バズッ!(スリッパで殴られた音)
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難問 (guonb)
2005-02-25 00:13:40
プロが生きてくためのプロだと趣味の人には勝てない場合がありますよね。特に人並み以上の生活をしようと思えば効率を考えなきゃいけないですから。



貧しい生活に甘んじて好きなことを仕事にしている本物のプロもいて、中には高収入な人も出てきたり。本物は入り口が違うだけでそれぞれ内なる世界にすごい広がりがあるし、共通の本質や哲学もあるように感じます。



やいやい、tentenさんて美人だっけだぁ
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Unknown (あきこ)
2005-02-25 11:03:32
いつも思うのは、芸術も宗教も科学も、

ありとあらゆるものは「同じ場所」を目指してるんでは・・・てこと。

方法論、手段の違いこそあれ、

目指し、求めてるモノは、同じなんですよねー。



写真にも同じことが言えます。

写真しか知らないと、結局は井の中の蛙。

表出するのは、「私」なんですから、

「私」のストックがないことにはね。



と、自分にも言い聞かせて・・・。w
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wasawasaさん、 (本人)
2005-02-25 14:07:48
テンションを保ち、貫き通す、これが意外に難しい。根性、でしょうか。横尾忠則が、転機はいつも、今自分が描いた絵だ、と言ってました。

仕上がりの見極め、完成するまで緩めない追及、完成した途端に、次の段階、、、精神的な強さと肉体の強さ。頂上など無いのですねえ。。。



えっと、似顔絵は、きれいに描くのが鉄則ですから。
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guonbさん (本人)
2005-02-25 14:17:25
確かに、プロにもいろいろありますね。又、才能があるから、いいからと言って、売れるわけじゃないし、才能がなくても売れたりするし。どれも、生き方ですね。社会の中の自分のあり方、関わり方も出てくるね。

共通の何か、ありますね。そう思います。



で、似顔絵って、印象ですからね。部品とバランスと配置、数ミリの違いで、良くぞ人の顔って変わるもんだ、と写真とってて思わない??
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あきこさん、 (本人)
2005-02-25 14:23:30
プロかアマかって、ほんとは違いは無いんだろうけど、アマと言うことで甘んじていたり、プロの名の下に怠けていたりすると欲するところに近づけないんでしょうね。となると、もう、生き方に尽きるのかなあ。

今、コメントにお返事しようと記事を読み返して、あ、私も「しゃべるのへた」なしゃべり手だった、と思い出しました。私も、自分にも言い聞かせます。

早く、声治るといいね。

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自覚 (ねこ)
2005-02-26 23:30:21
最近、同じ仕事仲間に、あなたはプロなんだからできてあたりまえねって言われるのがちょっと辛い…

6年もレセプションニストをしていれば、それなりに慣れてはくるけど、プロの自覚はない…なりたい、近づきたいとは思っているけど、まだ程遠い…

プロとは自覚と意識と向上心、どれが欠けてもだめなような気がする。

*プロかアマかって、ほんとは違いは無いんだろうけど*

そっかぁー難しいなぁ…

先生似顔絵めっちゃ似ているね(似顔絵だからあたりまえかぁ。)久々に逢えた気がして嬉しいです。
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ねこさん、 (本人)
2005-02-26 23:52:58
6年。。。慣れてきて、余裕も出てきているのでしょうか。「できて当たり前」って言われるってことは、十分及第点、もしくはそれ以上のことが、普通にこなせているってことでは??次の段階が来ているように思えます。自分で思い描くプロが「自覚と意識と向上心」なのだったら、今足りないのは、ねこさんが自分で言う「自覚」なのかな?これはもう、よしっと腹をくくる気持ちに集約されてゆくような気がします。責任感、とか仕事を完遂しようとする自覚とか、踏ん張りとか。

いい時期だと思いますよ。飛躍のためのたわめの様な。

似顔絵、雰囲気でてるかな。プロの仕事だものねえ。若返った気がします。ププッ。。。
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昔、絵の先生が (agrico)
2005-03-02 08:38:14
いい絵を描くには人生を学ばなくちゃいけない。

・・・って言った意味が今はわかりますよ。絵には今まで自分に積み重ねたものが出て来る。言わば自分の分身のようなものだから。

それはどんな小さな絵でも同じですね。



でも何に興味を抱いて夢を持ってもいいんですよ。ちゃんとその道なりに方向修正してくれる。できれば子供には思いっきり夢を膨らませて生きて欲しいですね。
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agricoさん (本人)
2005-03-02 19:57:03
人の生き方って、千差万別ですね。それを表現に凝縮するんだもの、人が表すものは、それぞれに面白い。絵でも文でも踊りでも音楽でも、日常の生活でさえ、日々を生きているってことは、選択し続けているってことだねえ。

こどもたちに、色んな世界や考えや生方があるって、いっぱい見せてあげたいですね。

agricoさんの生き方も。絵本作れるといいね。
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