スマホと過ごす余生

ローカルシェアリング

僕は、保土ヶ谷の今井町へ引っ越して15年を過ぎているが、引っ越してきてからずっと同じ床屋さんへ通っている。
近所に他の床屋さんが無いわけではない、来た当初は色々変わった店に行ったが直ぐに今の所に落ち着いた。
昨年暮れに足首を痛めて床屋に行けず、年越して一昨日やっと行くことが出来た。
9時過ぎに出かけるといつも待つのでパソコンのマニュアル本を持参したが、さすが年初めで僕が一番はやく、終わる頃に次のお客さんが入ってきた。久し振りのゆっくりした散髪をあじわった。
散髪中はいつもウトウトと半分寝たり起きたりしている、そんな中で考えたことであるが・・・・・・・・・
仕事が少なくなって残業を取りやめ、収入が減っても派遣切りなどせずに分ち合おうという「ワークシェアリング」が、心ある中小企業の経営者の下で行われているという。
地域においても同じことがいえるのではなかろうか?
郊外に大手スーパーが出来て、其方にお客が流れるため近くの商店街が立ち行かなくなって、その果てにはシャッター街となる。
これだって、商店街の店の人々にとっては地域の人々から派遣切りに遭ったようなものだ。
こんな社会情勢を考えていて、周囲の人と寄り添って生きる大切さを感じさせられた。
そこで、我々が地域の人々と寄り添い地域を守る「ローカルシェアリング」という言葉があっても良いような気がする。
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