gooブログで書いて丸3年たちました。
3年たつと、いろんなことが変化してますね。
またリフレッシュのためにお引越ししてみます(^^)
gooブログで書いて丸3年たちました。
3年たつと、いろんなことが変化してますね。
またリフレッシュのためにお引越ししてみます(^^)
1か月前は家を建てることさえ頭になかったのに、
今ではお互い、「はやく犬欲しいよねえ」っていう話になっている。
まだ家のタイプ&間取りさえ決まってないのだけど、
徐々にそれぞれの頭の中で「生活している絵」を描きつつあるんだろう。
2年前→まだお互いの存在すらしらない。
1年前→震災で生きるか死ぬか。
今日→現実的な幸せの中にいる。
だから、一寸先は光。
(一寸先は闇、はもう古い。)
なるようになる。
(なるようにしかならない、は古い。)
温故知新だけど、自分に合わない価値観はさっさと捨てて、
自分に合う価値観を取り入れていこう。
温故だけでは生きている意味って?という感じだけだから。
これからのテーマは温故変新だわ。
まわりのいろいろなことが、日々、刻々と変化してる。
大股で前に進んでる感じ。
体力的に大変だけど、必要な変化なのだ。。。
有難く受け入れて、せっせとクリーニング。
仕事で前々から問題だなとおもっていたところが明るみで出てきた。
改善しなければならないところ、、、、
自分だけの力ではどうにもならないと思える事柄、、、
電話でしばし口論になったが言いたいことは言い、あとは自分が出来ることを精一杯やるだけだ。
ふとTVを観たら、北朝鮮の拉致問題。
家族を拉致された方の、政府に対する思い、、、
シンクロだと思った。
まずは自分から変わらねば。
私の子供時代、家庭内で、自分の意見や希望が通るっていうことが殆どなかった。
今は両親も年を重ねて丸くなり、人生経験も積んで変わってきたけれど、
私の小さいころはまだ親も若く、経験も浅く、
「子供は育ててくれる親に感謝して、親のいう事を絶対的に聞くべき」という方針の家庭だったので、
「クリスマスに何が欲しい?」と聞かれたこともなければ、「今度の休みどこか行きたいところある?」とも聞かれたことがなかった。(全体的に希望を聞かれたことがなく、一方的に与えられるだけでキャッチボールがなかったかんじ。)
子供時代の記憶と言うのはその後の人生に大きく影響を与えるもので、
知らず知らずのうちに、
「希望を言っても聞き入れてもらえない」
「望んでも報われない」、、、そんな記憶が私に染みついていた。(当時の私は自覚してない。)
そして、ちょっとこわいことに、そういう潜在意識を自覚できないまま、顕在意識では「こうしたい」と望むものだから、結果、「やっぱりうまくいかなじゃない?」という状況を引き寄せて作り上げていた。無意識に。。。。
色々な人の本を読んだけど、この点で大きく影響したのは帆帆子さんとホ・オポノポノだなと思う。
ふたつが合わさったとき(相乗効果)、私のなかで何かが「カシャリ」とはずれた。
イメージ的にはダイアル式の鍵が開いた時の感じ。
先日ぽんちゃんに「GWどこに行きたい?京都とか、どこでもいいから行きたいとこある?」と聞かれたので、
「じゃあ伊勢神宮に行きたいな。でも行きたいところでいいよ。」と言ったら、
「じゃあ伊勢神宮にしようね。」とあっさり決まった。
モデルハウスを見て回っているときも、
「どっちがいい?」「こういうのはどう?」と聞いてくれたり、
「こうしたいなーー」と言うと、「じゃあそうしようか。」と意見を受け入れてくれる。
ここ数日を振り返り、知らず知らずに不足していた自己重要感というものが、満タンになっていくのを感じた。
満タンになった私には、仕事面やほかのところでもまた違う展開が待っているだろうと思う。
別にのろけているのではなく、
ずっと私の中で満たされずに溜まっていた「受け入れてもらえない記憶。望みは叶わない記憶。」が解除(消去)されたからこういう展開が目の前にあるのだということを、とても強く感じるのだよね。
身の回りに起きることは「自分の鏡」、
そして起きることはすべて意味がある。
自分が変化すれば周りに起きることも変化するのだから、ワクワクします。