goo blog サービス終了のお知らせ 

IMGRIMOMGRIの春の幻想

人や自然との出会いをテーマに心静まるほっとするシーンを思い出しながら・・・

明神平

2008-09-25 | journey

久しぶりに登山をしました。奈良県東吉野村の大又林道終点から明神平を目指しましたが、ここのことろ何年も足腰の鍛錬ができていないのでもうヘロヘロあえぎあえぎの登山。登山口の駐車場(以前はこのようなスペースはなかった)に着いたときはもう11時30分、さあがんばるかと車内をみたら水筒がない。お茶を買いに戻るのも面倒なので水筒なし、おにぎり3こで登山を開始、途中沢の水や湧き水を飲む。激しく流れる大又川の渓流に沿って足場の悪いガレ場を歩き途中何回か速い流れの川を渡渉してやっと明神滝に到着。そこから明神平までは比較的歩き安い道になったが小1時間もかかり何と登山開始から2時間もかかりました。以前に来たのは10年以上も前。明神平にはりっぱな山小屋が建てられていた以外は懐かしい桃源郷のような風景に再会できました。山小屋はもう一つあって既に廃屋になっている天理大学の古びた小屋です。明神平の草原にその古びた小屋がぽつんとあってその風景がすばらしい。もう一度その風景を撮影したいというのが今回の登山の目的でした。
登山口には昭和60年に登山道を整備したことを告げる古い看板(東吉野村の)があり、なんとなく読んでいるとその登山者に向けて書かれた文章が簡潔にして明解、とてもすばらしい名文でした。「登山者とは、山に登ることを愛する人、山に登ることによって心が充足される人のことであると思う。・・・


大台ケ原

2007-09-09 | journey
こう厳しい残暑が続くと休日には標高の高い山にでも行きたくなる。そうは言っても関西で標高の高い山となると大峯大台山系。車で2時間もかかりついつい行きそびれてしまう。先週なんぞNHKののど自慢を見て時間を見るともう1時や。やれやれ神座(かむくら)のラーメンでも食べに行くか?おいしいラーメンに半チャーシーにささやかな満足感。時計を見るともう2時。しかたないな。家に帰ってカキ氷で作って食べようか?コンビニで氷と小豆の缶詰を買い、今年初めてのカキ氷に少し満足。信州に住む娘なんぞ、今日は乗鞍高原、明日は上高地、何とか湿原、霧が峰・・・偉い違いや。大台ケ原の駐車場から日出ケ岳へ。途中熊野灘が見える見晴台でkumippyが「おとうさん、富士山や、あれ富士山やで。と遠くを指差す」「ホンマカ?どこに?」「あそこや、あそこや」と自信たっぷりに何度も言う。日出ケ岳から富士山が見えるというのは聞いたことあるが、なんせ300キロも先。

蓼科高原

2007-08-15 | journey
お盆休みを利用して、14日より蓼科高原のリゾートホテルに家族で滞在。翌15日はいつものように一人早く目が覚めて車で近くを散策。横川渓谷の乙女の滝などを見学、写真撮影などして楽しむ。そろそろホテルでは朝食バイキングの時間だ。戻る途中いつものように家内からメールと電話で「早く戻れ」と連絡が入る。ホテルも近づいてきたので返信もしないでいた。標高1350mにあるレストランには明るい朝の日差しが差し込み窓から八ヶ岳の眺望がすばらしい。楽しいざわめきに満ちたテーブルにすわり何となくメールを確認していたら、家内からのコールの他に会社のN(コーディネーター)からもメールが1通入っているではないか。「今日初出のスタッフの○○さんのお兄さんから電話がありました。実は妹は2日前の13日に亡くなりました。電話が繋がらないので会社にFAXもしましたと言っておられました。所長にも電話入らなかったですか。少しウソっぽいですが、派遣先にありのまま連絡していいでしょうか」派遣会社をやっていると、スタッフが飛ンダリ、逃ゲタリすることは再三経験させられているのでNがこのような言い方をしてきても違和感はない。しかし家族がそのようなウソをつくことはまず考えられない。あわててコーディネーターのNに電話をして内容を確認した。「それはおそらく事故か何かあったんだ。家族がそんなウソをつくはずがない。わたしから家族に電話をして直接確認する。派遣先の工場長にもわたしから連絡をするよ」しかし本人のケータイも家の電話にもまったく繋がらない。あんなに元気で健康そうな娘に何があったんだろう。工場長との面談でもハキハキと笑顔で答えてくれて面談を通過し15日からの出社についてもたいへん喜んでいたのではなかったのか。天王寺駅の都ホテルで待ち合わせ彼女を会社まで案内したときのことを思い出した。笑顔でわたしに挨拶をしてくれ、途中歩きながら仕事内容や会社のことそして面談の注意点などそして雑談も交わした。とても素直で少しおっとりしたタイプだった。半信半疑で工場長に報告を入れる。お盆休みが明けた17日に会社に出勤。確かにFAXが届いていた「人材コーディネーターN様 ○○の母です。短い間でしたけれど、○○がお世話になりありがとうございました。実は8月13日朝に○○が亡くなりました。色々とお世話に成りありがとうございました。コーディネーターのNさんの携帯にかけましたが繋がりませんでしたのでFAXさせていただきました。8/13 」なんだこれは?FAXを読み終えるとスグニ彼女の家に電話をした。お母さんがでられる。「どうされたのでしょうか?」「実は娘は友達がいるニューヨークに何度か行ったことがあって。あることで悩んでいました。朝、救急車を呼んだのですが、間に合いませんでした」お母さんのはなしはトギレトギレでよく事情がのみこめない。しかし彼女が自ら命を絶ったことがわかりました。お母さんはとてもよくできた人だった。「たいへん迷惑をおかけしすみませんでした。ありがとうございました。わたしも娘のことに気がつきませんでした。こんなことを言ってももう娘はもう帰ってきませんが。前の晩もふつうに話をしていましたのに・・・23歳でした。」お母さんの悲痛な思いが言葉の合間から感じられた。わたしもことばが詰まってきた。「いや、うちのことなんてそんなことはどうでもいいことですよ。お母さんまたあらためます。」どんな言葉もおかあさんには無意味だろう。わたしは話を続けることができなくなった。どうして若い娘が突然命を断たないといけなかったのだろうか?あんないい娘が。人の心の中はわからない。今となっては彼女の笑顔しか思い出せない。

諏訪湖畔-原田泰治美術館

2007-08-14 | journey
蓼科へ向かう途中諏訪湖畔の原田泰治美術館に立ち寄る。美術館の資料によれば1982年から1984年まで朝日新聞日曜版に「日本のふるさと」を連載とあるので、今から25年前のことだ。当時朝日新聞に全紙大の大きさで連載された「日本のふるさと」を切り取って保存していたことを思い出す。それから長い年月が過ぎ去ったが、原田泰治の絵に興味を持つこともなかったが、日本のふるさとの懐かしい風景は忘れてはいなかった。時代はずいぶん変わっていまその風景を今度は自分のホームページに取り込んでみたくなって原田泰治オフィシャルホームページ 「鳥の目虫の目くらぶ」 にメールをしました。

BANANA MOON

2007-06-06 | journey
BANANA MOON
安曇野の山麓線から少し奥に入ったあまり人目につかない木立の中にひっそり佇む小さな美術館です。「週刊新潮」の表紙絵を描いている成瀬政博さんの作品が展示されている。高い天井のカフェでお茶を飲み、緑の木々を眺めると、のんびりとくつろいだ最高の時間をすごすことができます。美術館までの道には看板も掲げていないので訪問者も少なく静かな林の中のモダンな館は隠れ家のような心が休まる空間です。

安曇野の風景

2007-05-27 | journey
GW後半に信州安曇野に行く 左上)元JASパイロットがオーナーのアートヒルズ近くのペンション「あるかす」左下)小雨が降る朝、静かな森の中の安曇野絵本館を訪ねる 中上)おすすめは週間新潮の表紙を連載中の成瀬さんのBANANA MOON。カフェ付きで500円 右上)10年振りのジャンジャンセン美術館。メールをやりとりしたスタッフのおねえさんは繊細な感じできれいな方でした 右中)あつい日はソフトクルームがよく売れますね。北アルプス牧場のショップで 右下)ここは数年前に訪問したので今回はパス、絵本美術館森のおうち。その他有明から10kも奥の深山にある秘境の中房温泉に。くみっぴーたちはちひろ美術館が感激したとか。

宍道湖の夕日

2006-12-11 | journey
この日は宍道湖の周囲をドライブして夕方近くに県立美術館前に戻ってきたところ湖畔に大勢の人々が集まってきて、宍道湖に沈む夕陽に見入っていた。夕陽の撮影前に美術館のガラス越しに見えたカフェ、窓際で読書をする若い女性は同じ姿勢でずっと本を読んでいる。カフェでこちらを向いて座った男に、ウエイトレスがコーヒーをサービス、最後のコマではコーヒーを飲んでいる様子が見える、件の女性はまったく同じ姿勢で本を読んでいた。

星野道夫-再び八ヶ岳山麓をたずねて

2006-12-10 | journey
再び八ヶ岳山麓をたずねた。KEEP協会のある方の紹介で「ヒュッテ・グーテライゼ」というペンションに宿泊した。オーナーは、協会に縁のあった有名な写真家星野道夫に傾倒し、昨年東京から清里にやってきてペンションを始めたという。昨日NHKの全国放送で星野道夫に特別なかかわりをもった3人の人を取材した番組が放映され、うち一人がこのオーナーでした。この番組の中で星野が生前語った言葉が紹介されていた「人生はあなたが考えるより短い。それなら好きなことをやって行こう」わたしはKEEP協会で研修中の娘から初めて星野道夫という写真家を知らされた。カムチャッカ半島でTV取材中ヒグマに襲われ亡くなったそうだ。今から10年前の1996年の8月43歳のときだった。その年の5月にはKEEP八ヶ岳自然ふれあいセンターで講演をしたという。また彼は学生時代に、清里の谷口牧場でアルバイトをしたこともあって清里と星野道夫はとても縁が深く、爾来KEEP協会ではさまざまな星野を慕う催しがなされている

田舎の日曜日

2006-10-27 | journey


兵庫県佐用インターから60分ほど東粟倉村にあるペンション。オーナーが[からくりおもちゃ]の著名な作家でドイツやオーストリアなど海外の展覧会にも出展している。ペンションの近くにあるオルゴール館ではからくりオルゴールの仕組みや歴史をたいへんわかりやすく説明していただいた。その人がペンションのオーナーでオルゴール館の館長だとは最初は知らなかった。美味しいコース料理を食べ終わった頃主人がダイニングに入ってこられ、やさしい笑顔でわれわれに挨拶をされる「さきほどオルゴール館でお会いしましたね。」「その節はありがとうございました。少し居眠りなどしてすみませんでした」「いえいえ、奥さんの方は熱心に聞いてくださっていました」。この旅行ではもう一人の爽やかな人と出会いました。粟倉村から少し西北西に進むと鳥取県智頭町に入ると古い宿場町があります。途中木造の小学校があったので写真を撮ろうと中に入ると一人の50歳くらいだろうか女性が出てこられ「とても古い校舎ですね。築何年くらいですか。写真を撮らせていただけないでしょうか。」「ええどうぞ構いませんよ」と気さくに応対いただく。ピカピカに磨かれた長い廊下をみしみしと音を立てながら懐かしい風景を撮影。撮影を終え階下に降りてくると例の女性が「どうぞお茶を用意しましたので飲んで行ってください」と広い校長室に招く。「ここ校長室ですね。先生は校長先生なんですか」「今日は連休最後の日ですがちょっと来てみたんですよ」校長室には歴代の校長の写真が飾ってあった。先生もこんな風に額縁で飾られるのですか。「ええ、嫌ですね。今生徒数が58名先生は12名です。」出されたお茶とナシをよばれながら昼下がりのひと時をしばし歓談し、突然の訪問者を手厚くむかえてくれたお礼を申し上げて帰途に着いた。

SHIRASAKI ocean park

2006-08-01 | journey
白崎海洋公園。コバルトブルーの海に白い岩肌が映え、まるで、エーゲ海にいるかのようだ。ダイバーたちと太陽がいっぱい。レストラン「白い岬」でkimippiはあじのから揚げに満足そう、窓からはダイバーたちと白い岩ときらめく海が見える。

黒猫幻想

2006-07-07 | journey
渥美半島の恋路が浜から帰る途中立ち寄った海辺の古いレンガ造りのレストラン、窓からは海が見える。室内の暗い壁には人物を描いた油彩画がたくさん飾ってあった。少し異様な雰囲気だった。ランプ越しには日暮れていく空と凪いだ海、遠くに漁船の灯りが見えた。外のテラスのテーブルには一人の男が座っていた。どうしてだろう、注文を取りにきたウエイトレスの表情が冷たく死顔のようだった。何も言わないでこちらを虚ろな目で見ている。思わず息をのんだ。店の片隅にあった机の上には一枚の招待状が置かれていた「わたしのこころの叫びを聞いてください。」いったい何だこれは何のつもりだ。宗教の案内だろうか。その店を出てすぐにわたしたちは車の中で互いに先を争うように口を切った。「あの店あなた霊を感じなかった?」「おまえたちも感じた?もの凄くぞっとしたよ。こんな事はじめてだ。霊を感じたよ」車の中から振り返ったときあの女が窓から凍りついたような目でわたしたちを見つめていた。

八ヶ岳

2006-05-06 | journey
はじめて八ヶ岳に行きました。旅行の目的は八ヶ岳山麓のKEEP協会で実習中の娘を訪問することでした。中央道の途中、恵那峡に立ち寄ってから小淵沢ICで高速を降りてペンションに一泊。小淵沢で三分一湧水や観音平、そのあと清里に行きましたがポールラッシュが布教活動と地域農業や医療、教育、スポーツの振興のため70年前に開拓した清里は、今や八ヶ岳山麓の避暑地としてあまりに有名になってしまったためか都会からおおぜいの人々が押し寄せる観光地となっていました。GWの最中だったので清里界隈はスーパー銭湯のような大混雑でレストランやKEEPソフトクリームはすごい行列でした。大阪から400k以上を高速道路を乗り継いでやってきましたが大都会並みの車と人ごみでたいへん疲れました。ポールラッシュ記念館は、静かな雑木林の中にあって来場者も少なくやっと落ち着いた気分になれました。博士が遺した偉大な足跡や晩年を過ごした居宅を見学、コーヒーもサービスでついていてお薦めスポットでした。暑い一日も終わり日が沈む頃には日帰り客は帰り、爽やかな空気に戻って清泉寮のアンデレクロスが夜空に輝いて印象的でした。

三分一湧水
観音平
清里
ポールラッシュ
ポールラッシュ
KEEP協会
清泉寮
アンデレクロス

長谷寺

2006-04-23 | journey
万葉集や源氏物語などにも登場。初瀬寺とも言われてきており、古い歴史を持ち、幾度も兵火や火災に見舞われ、その度に再建されている。牡丹の名所として室生寺の石楠花と並んで有名な花の寺だ。回廊式の緩やかな399段の石段を登る。登廊を取り囲んで咲くその数は7000株とあるが、4月下旬というのにまだ蕾で一輪も咲いていなかった。そのためか人も少なく閉門も近い静まりかえった登廊で写真を撮った。

住所=奈良県桜井市初瀬町731-1
電話=0744-47-7001
拝観料=500円

東海道土山宿

2006-04-23 | journey
通行料金を節約するため奈良県香芝ICから西名阪に入り1時間ばかり走り、伊賀の上柘植ICで降りて甲賀市土山町という田舎町まで遠出をした。大阪から奈良、三重を通過しここは滋賀県だ。姫路の菓子専門学校を卒業して4月からパン工場に就職した甥のyukinori君の寮を訪ねました。「おじさん、近くに撮影ポイントあるよ、丘一面の茶畑がすごく見晴らしいいよ。その茶畑から奥に行くと青土ダムがあって浮き橋があるよ。その先で桜祭りがやっているよ。その先に国民宿舎かもしか荘があって先輩につれて行ってもらい温泉に入ったよ。国道一号線には東海道53次の土山宿があって松並木が残ってるよ、その先には道の駅があって・・・」yukinori君の観光ガイドは次から次へと続きどこまでいっても止まらなかった。

やどり温泉

2006-03-08 | journey
和歌山県橋本市北宿。橋本から高野山への裏道、やどり温泉は丹生川の渓流のすぐ側にある鄙びた温泉です。高野山からの帰りもう日が暮れてあたりは真っ暗だ。浴室の灯りが貯水池に映っている。湯気で曇ったガラス窓の灯りが暗闇の中に浮かんでいる。食堂のカウンターで料金を払って脱衣所に入ると竹篭が棚に並んでいる。ロッカーなどはなく貴重品は脱いだ服の下にしまう。浴室に入ると小さな湯船が一つあるだけだ。洗い場の水がチョロチョロでとても悪い。近頃の温泉にあるサウナやジャグジーなどはもちろんない。汲み上げている温泉も水量が少ななく循環させている。しかしそんな素朴さが何とも言えない。薄汚れた食堂では猪肉を食べている客がいた。客といっても一組だけだ。近くで捕獲したのだろうかシカの角が置いてあった。