ひとりぐらし

ミステリとか、SFとか

甲虫を喰い荒らす蟻の一匹として

2012年07月14日 20時00分00秒 | 綾辻行人

『どんどん橋、落ちた(綾辻行人)』読了。

フーダニット、そしてフェアプレイを強く意識した作品集。5つのうち4つに「挑戦状」が付いており(燃える)、パズラー色が強いながらも読者を驚かせるような内容ばかりで非常に読みごたえがあった。登場するものの名前は苦笑もの。個人的には「悩める自由業者リンタロー」がツボだった。何度かぶん投げたくはなったものの、この技術には感嘆せざるを得ない。物語性を極端に削った「問題編」と、無愛想とすら言える「解答編」はヒトによって好みが分かれるところではあると思うが、一読して損は無いだろう。(←むしろ是非読んでほしい)

(以下ネタバレ)













『どんどん橋、落ちた』…表題作。猿を人間に誤認させるトリック。U君の「本格ミステリの原点に」という台詞がまんま真相で笑ってしまった。もちろん あの作品 が元ネタである。人語「」と猿語『』の使い分けやH(uman)大学とM(onkey)村など、言われてみれば区別化がなされている。「解答編」に入る前に気づけなかった自分が不甲斐ない。
エラリイが犯「猿」である根拠は十分に示されていると思うが、一つだけ気になる部分が。メタレベルからの要請でリンタローは「」と証言するが、彼は~の姿を見ていたはずで、いくら作品の性質上仕方ないとはいえ(データ提供の段階で猿の存在を教えるわけにはいかない)、これは不自然である。

『ぼうぼう森、燃えた』…これは『どんどん橋、落ちた』とは逆で人間を動物だと誤認させるトリックを使用している。ぼくも犬は色盲であると思っていたため、犯人はペンキと血の色が区別できる人間、つまりユキトであると考えた。作中の綾辻行人と同じ間違いをおかしてしまったのである。
『死ね』という台詞が犬語『』で話されているため、犬語を話せないユキトは犯人では有り得ない。そこで「タケマルは犬に育てられた人間で、犬語も話せるため、犯人たりえる」という真相を開かされ、ぼくは綾辻行人のように椅子にぐったりと沈みこんでしまった。U君が言うように、(犬と比較して)「仲間たちに比べて運動神経が鈍く、健康を損なうことも多い」、「なかなかの知能の持ち主」という描写や、赤ん坊が誘拐されるという事件があったことへの言及など「ほら、ここに書いてあるでしょ?」とばかりの伏線がしっかりとはってある。ぐぬぬ。

『フェラーリはみていた』…フェラーリは車のことではなく、馬の名前だったというトリック。タイトルが秀逸。U山夫人にカサイさん(残念ながら笠井さんでなく葛西さんである)の飼い猿が殺されたという話をきき、登場人物達が推理をめぐらす安楽椅子探偵モノ。足跡をつけず「離れ(犯行現場)」に行くには「フェラーリの小屋」の前を通らねばならない。しかし犯行の夜、「飼い主以外には懐くことのない」フェラーリが騒ぐことはなかった。現飼い主のカサイさんには確実なアリバイがあるため、元飼い主の鈴木さんが犯人である、と綾辻行人は結論する。この結論を出すにはフェラーリが馬である、という事実に気づかねばならない。作者がこの作品にだけ「挑戦状」を付けなかったことにも納得できる。ラストのどんでん返しについては、「現実なんてこんなもん」というようなメッセージが込められているのだろうか。

『伊園家の崩壊』…超ブラックな作品。最初から最後まで笑いっぱなしだったが、読み終わって鏡を見ると、ぼくの目は暗く澱んでいた。笹枝も若菜も自殺であり、つまり「殺害事件」とはタケマル殺しを指す。その犯人は若菜だが、それを指摘する為には、脚の不自由な若菜が笹枝を殺すことはできないのだから、笹枝の死は自殺であるということに気づき、タケマル殺しに焦点を絞らなければならない。毒物Bばかりが使われた理由として「毒物Aを手にすることができなかったのではないか?」と仮定していたため、若菜の死が知らされた時点で「もしかして自殺?」と考えたものの、それを上手くまとめることができなかった。

『意外な犯人』…あの作品を思い出し、いとう、高津、比呂子が犯人では意外性が無いことから(合理的ではないが)、6人目としての「カメラマン」の存在を疑い始めた。コーヒーと懐中電灯の数を確認することでその考えに確信を抱いたが、挑戦状によると「犯人の氏名、それだけをお答えください」ということで、「カメラマン」という回答では不適なのだ。U君の「綾辻さん自身も劇中に出ていたりするんですけど?」という台詞には「出演したのに覚えてないの?」といったニュアンスがあるにも関わらず、劇中の「アヤツジ」は本人でないということに違和感を覚えたが、まさか「カメラマン」=「綾辻行人」であるとは思いもしなかった。


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