戯言

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あなたのしあわせ。

2008-09-22 03:14:37 | 書庫(アングラ本編)
フラン第7区。アンダーグラウンドと呼ばれるこの街で、一人の少女が走っていた。
この街では珍しくきちんと身なりは整えられ、纏う服も上等なものだ。
その腕には彼女の腕には持ちきれないほどの花束が抱えられていて、それによって前を見ることすら困難なように見える。
けれどそれでも彼女は歩みを止めることはなく、むしろどこか嬉しそうな笑みを浮かべながらぱたぱたと一生懸命走っていた。
彼女が思い浮かべるのは、愛しい彼のこと。今までの事を全く覚えていない彼女に全てを与え、慈しみ、全てを教えてくれた人のこと。
それが恋愛だと気付いたのはかなり前のことで、今は二人穏やかに同じ道を歩んでいる。それを友人に話したら、とある1つのエピソードと共にこの花束をくれたのだ。
逸る気持ちを抑えきれずに花束を抱えて彼の待つ家へと向かう。

「雪、ただいま!」
「・・・お帰りなさい、ティキ。・・・そのはな」

花束は、と問おうとした彼の口が動くより先に彼に駆け寄って、彼女は抱えていた花束を押し付けるようにして彼に渡す。驚く彼にプレゼントです、と告げてそのまま抱きつくと、バランスを崩しそうになりながらも彼は受け止めて彼女を抱き締めた。
彼女が抱えてきた花束は随分と大きなもので、何かと彼がその花を見れば、全て鈴蘭だった。彼がどう反応していいのか分からず彼女を見下ろすと、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべながら告げる。

「リズに、鈴蘭は愛しい人に送るんだって聞いたんです。」
「愛しい人・・・ですか。」
「はい。そうすると、その人にも幸福が訪れるんですって。」

無邪気に告げる彼女の笑みを見て、ようやく彼もいつもの笑みを取り戻して有難う御座いますといつもの調子で告げる。すると彼女は更に嬉しそうに、それこそ輝くように微笑んではい、ともう一度頷いた。
それからそっと花束を置いて、彼は改めて彼女を抱き締める。頭1つ分低い彼女はちょうど彼の腕の中にすっぽりと収まってしまう大きさで、それがまた愛おしく思えた。
彼女の方はと言えば、全て包み込まれるようなその温もりが愛おしく、抵抗などせずに自分から抱き締めるように背中に腕を回す。
そんな彼女の髪を彼はそっと撫でて、ティキ、と柔らかく名を呼んだ。素直に彼女は顔を上げ、彼と目が合う。二人の青の瞳が重なり合って、濃度の違うお互いの青に彼女が頬を緩めた、その瞬間。
彼はそっと屈むと、何の前触れもなくふっと彼女の唇と自分の唇を重ね合わせた。つまりは、キス。
一瞬あまりに突然の事に反応できなかった彼女もすぐに何をされているか察し、かぁっとその白い頬を一気に朱に染める。
その様子を目を細めて見やりながら彼は離れ、赤くなった彼女の頬をそっと指の甲でなぞるように撫でて、残酷な言葉を口にした。

「生憎と、私にはその花の効果はありませんよ?」

いつものように穏やかに微笑んで、柔らかく目元を緩め、愛おしそうに彼女を見つめながら、それとは正反対の言葉を口に上らせる。それを聞いた彼女が愕然と目を見開くのを楽しそうに見つめながら、そっと彼は再び彼女に口付けを落とした。
それでも未だ目を見開いて呆然としている彼女を見て、少し困ったように眉尻を垂らしながら彼は続いて告げる。

「貴方といられるだけで、私は幸せですから。私の幸せは、貴方が運んできてくれるんです・・・あの、花ではなくて、ね?」

緩やかに微笑んで告げられて、あまりの衝撃の、そしてストレートな告白に彼女の動きがぴたりと止まる。
5,4,3,2,1。
ぴったり5秒経ってからようやく彼女がはっとして何か告げようとして、それからかぁぁぁぁっと一気に顔を真っ赤に染める。
その様子をまた可愛らしいと笑みを浮かべて見つめながら彼女の背中に腕を回し、優しく抱き締める。
しばらく何か言おうとしていた彼女もやがて観念したのか顔を隠すようにして彼の胸に顔を埋め、ぎゅっと先程よりきつく抱きついた。
この人は、本当に何もかも敵わない、と改めて感じながら――。

+++
雪ティキ。
何か書きたかった。
鈴蘭はティッキーのイメージフラワーです。

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