記憶が、めぐる。
忘れようにも忘れられない、あいつ。
その長い髪が、強気な瞳が、いつまでも住みついて。
「ねぇリカルド、神様って信じる?」
ある日の唐突な問い。ゆっくりと夏を迎えた少し攻撃的な日差しが部屋に差し込み、僅かに空いた窓からは爽やかな風がぱたぱたと書類をはためかせる。
仕事机に行儀悪く腰掛けて、興味なさ気に一枚の書類を手に取りながら少し濃いレッドブラウンの髪を右手で掻きあげる。
質問したと言うのにその目は全く俺を見ていなくて、だから俺も手元の書類を見ながら口を開く。
「信じてないな。特定の宗教には興味がないし・・・、神よりは人間を信じている。」
「リカルドらしい答え。」
くすくすと笑いながら彼女が書類を文鎮の下へと戻す。
そのまま机に手を疲れて上から覗き込まれ、ペンに軽く髪が絡んでそれを払った。
「私はね、信じてるわよ。神様。」
「・・・そうなのか?そういう風には見えないぞ。」
「あら失礼ね、これでも信心深いのよ?」
そう告げながら彼女は邪魔するようにペンの先に指を走らせてきて、しばらくはやめさせようとしたが降参してペンを置く。銃を突きつけられたかのように両手を軽く肩の辺りまで上げれば、またくすくすと微笑まれた。
「だって、私の神様はリカルドだもの。貴方が私の全て。」
「・・・、」
「リカルドが死ねって言ったら死ぬかもね?」
「そういう冗談は止めろ。」
本気のような口調に半ば慌てながら顔をしかめて却下する。けれどそれでもロクサーナはくすくすと笑っていて、笑いながら距離を詰めてくる。
折角のドレスだというのに汚してしまいそうで、下りろと言っても聞かない態度に軽く息を吐き出してから実力行使で下ろさせる。
すると、そのまま倒れるように俺にもたれかかってきて、ちゃっかりと膝の上に座っていた。
「ねぇ、リカルド。」
「何だ。」
「貴方は、神様を信じる?」
まるで悪戯をしかけた幼子のように覗き込まれて。
先ほどの答えがある以上、まさかその通りには答えられず。
ずるい問いかけだな、と笑って告げて、頬に口付けた。
死んだのよ、ときっぱり告げられた。強い口調で、無慈悲な瞳で。
「神は死んだわ。」
「ロクサーナ・・・。」
少し前までは、隅々まで手入れの行き届いていた、小さいけれどそれなりにきちんとした家。
けれどそれが今では床に埃が溜まり、空気は淀み、人の気配すら殆どしない。
それもその筈で、雇われていた者は全て解雇され、今この家には目の前の彼女と彼女の母親が残るのみ。
俺に似ている、と笑って気に入っていたらしい色をした長髪は艶が失われ、ドレスも質素なものになり、けれどそれでも尚彼女自身は尊く気高い。
相変わらずの強気な笑みで、まるで何かの勝利宣言であるかのように勝ち誇って告げる。
「神は死んだ。確か、洪水前の哲学者の言葉よ。洪水前はキリスト教信者が殆どだったっていうから、それから考えると随分な言葉よね。」
あくまで笑いながら、遠くを見ているような彼女の瞳に俺を写そうと名を呼ぶ。けれどそれはあっさりと無視されて、どこか楽しそうに彼女は告げる。
「私にとっても、神は死んだのよ。」
「ロクサーナ。」
「神は死んだのよ。」
繰り返しきっぱりと告げられて、その拒否の姿に眉をしかめる。
彼女の家をここまで追い込んだのはどうしようもないことで。俺にそれを止められるはずも無かった。けれど、お前の所為だと責められれば、否とは言えない。
あくまで強いその瞳がそれでも尚美しくて、黙ったまま見ていると彼女はふっと笑うのを止めて、近付いてくる。背伸びをして服を引っ張られて、いつもの合図に屈むと口付けられる。
そのまま抱き締めようとすると、ぎりっと唇を噛まれて痛みが走った。
「愛してるわ、リカルド。」
最後まで、その瞳は強く。尚も、愛しく。
ふ、と目を覚まして瞳を開く。最初に目に入ってきたのは見慣れた金の髪で、それから白い肌、そして顔に視線をゆっくりと落とす。
未だ眠っているらしいその姿に安堵のようなものが湧き上がり、そっと頭を撫でる。
アリスを愛している。その気持ちに嘘はない。多分これ以上、どうしようもない程に愛している。
けれど、いつまでも忘れられず俺の中にロクサーナが住み着いていることもどうしようもない事実で。
いつか、話したほうがいいのだろうか。
いずれ、夜会なり何なりでその噂は耳に入るだろう。アリスがそれを、気にしない筈が無い。
けれど未だ、話す決心がつかないのもれっきとした事実で。
『愛してるわ、リカルド。』
耳に残るその声を追い払うことも出来ず、黙ってアリスの身体を抱き締める。
こんなにも、愛しいのは事実だというのに。
+++
リカアリ+リカルド×ロクサーナ(追想)。
昔の恋人の存在って、聞かれない限り隠しておきたいよなあ、って。
アリスが愛しいのも本当。ロクサーナさんが愛しかったのも本当。
どちらにしろ兄ちゃんはヤンデレが好きだね!
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忘れようにも忘れられない、あいつ。
その長い髪が、強気な瞳が、いつまでも住みついて。
「ねぇリカルド、神様って信じる?」
ある日の唐突な問い。ゆっくりと夏を迎えた少し攻撃的な日差しが部屋に差し込み、僅かに空いた窓からは爽やかな風がぱたぱたと書類をはためかせる。
仕事机に行儀悪く腰掛けて、興味なさ気に一枚の書類を手に取りながら少し濃いレッドブラウンの髪を右手で掻きあげる。
質問したと言うのにその目は全く俺を見ていなくて、だから俺も手元の書類を見ながら口を開く。
「信じてないな。特定の宗教には興味がないし・・・、神よりは人間を信じている。」
「リカルドらしい答え。」
くすくすと笑いながら彼女が書類を文鎮の下へと戻す。
そのまま机に手を疲れて上から覗き込まれ、ペンに軽く髪が絡んでそれを払った。
「私はね、信じてるわよ。神様。」
「・・・そうなのか?そういう風には見えないぞ。」
「あら失礼ね、これでも信心深いのよ?」
そう告げながら彼女は邪魔するようにペンの先に指を走らせてきて、しばらくはやめさせようとしたが降参してペンを置く。銃を突きつけられたかのように両手を軽く肩の辺りまで上げれば、またくすくすと微笑まれた。
「だって、私の神様はリカルドだもの。貴方が私の全て。」
「・・・、」
「リカルドが死ねって言ったら死ぬかもね?」
「そういう冗談は止めろ。」
本気のような口調に半ば慌てながら顔をしかめて却下する。けれどそれでもロクサーナはくすくすと笑っていて、笑いながら距離を詰めてくる。
折角のドレスだというのに汚してしまいそうで、下りろと言っても聞かない態度に軽く息を吐き出してから実力行使で下ろさせる。
すると、そのまま倒れるように俺にもたれかかってきて、ちゃっかりと膝の上に座っていた。
「ねぇ、リカルド。」
「何だ。」
「貴方は、神様を信じる?」
まるで悪戯をしかけた幼子のように覗き込まれて。
先ほどの答えがある以上、まさかその通りには答えられず。
ずるい問いかけだな、と笑って告げて、頬に口付けた。
死んだのよ、ときっぱり告げられた。強い口調で、無慈悲な瞳で。
「神は死んだわ。」
「ロクサーナ・・・。」
少し前までは、隅々まで手入れの行き届いていた、小さいけれどそれなりにきちんとした家。
けれどそれが今では床に埃が溜まり、空気は淀み、人の気配すら殆どしない。
それもその筈で、雇われていた者は全て解雇され、今この家には目の前の彼女と彼女の母親が残るのみ。
俺に似ている、と笑って気に入っていたらしい色をした長髪は艶が失われ、ドレスも質素なものになり、けれどそれでも尚彼女自身は尊く気高い。
相変わらずの強気な笑みで、まるで何かの勝利宣言であるかのように勝ち誇って告げる。
「神は死んだ。確か、洪水前の哲学者の言葉よ。洪水前はキリスト教信者が殆どだったっていうから、それから考えると随分な言葉よね。」
あくまで笑いながら、遠くを見ているような彼女の瞳に俺を写そうと名を呼ぶ。けれどそれはあっさりと無視されて、どこか楽しそうに彼女は告げる。
「私にとっても、神は死んだのよ。」
「ロクサーナ。」
「神は死んだのよ。」
繰り返しきっぱりと告げられて、その拒否の姿に眉をしかめる。
彼女の家をここまで追い込んだのはどうしようもないことで。俺にそれを止められるはずも無かった。けれど、お前の所為だと責められれば、否とは言えない。
あくまで強いその瞳がそれでも尚美しくて、黙ったまま見ていると彼女はふっと笑うのを止めて、近付いてくる。背伸びをして服を引っ張られて、いつもの合図に屈むと口付けられる。
そのまま抱き締めようとすると、ぎりっと唇を噛まれて痛みが走った。
「愛してるわ、リカルド。」
最後まで、その瞳は強く。尚も、愛しく。
ふ、と目を覚まして瞳を開く。最初に目に入ってきたのは見慣れた金の髪で、それから白い肌、そして顔に視線をゆっくりと落とす。
未だ眠っているらしいその姿に安堵のようなものが湧き上がり、そっと頭を撫でる。
アリスを愛している。その気持ちに嘘はない。多分これ以上、どうしようもない程に愛している。
けれど、いつまでも忘れられず俺の中にロクサーナが住み着いていることもどうしようもない事実で。
いつか、話したほうがいいのだろうか。
いずれ、夜会なり何なりでその噂は耳に入るだろう。アリスがそれを、気にしない筈が無い。
けれど未だ、話す決心がつかないのもれっきとした事実で。
『愛してるわ、リカルド。』
耳に残るその声を追い払うことも出来ず、黙ってアリスの身体を抱き締める。
こんなにも、愛しいのは事実だというのに。
+++
リカアリ+リカルド×ロクサーナ(追想)。
昔の恋人の存在って、聞かれない限り隠しておきたいよなあ、って。
アリスが愛しいのも本当。ロクサーナさんが愛しかったのも本当。
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