6月6日に、蒲田孝代弁護士を講師にお招きして、市民ネットの平和部会で企画した学習会、「あらためて裁判員制度を知ろう」を、Youホールにて行いました。
蒲田弁護士に裁判員制度のしくみ、その問題点等についてお話しいただきました。以下は、学習会を終えてのまとめです。
人権よりも治安を優先する?裁判員制度
1990年代の日弁連の司法改革運動と、政財界の司法改革の動きを背景に、内閣に司法制度改革審議会が設置されました。
深刻な刑事司法の実情の改善が期待されましたが、それらについてはほとんど指摘されず、一方において改革の主要な構想として、「裁判員制度」が提案されました。
「構造改革」と呼ばれる一連の諸改革の「最後の要」と位置づけられ、国民の司法参加は「ルール違反に対する効果的な制裁」を実現するための、「強固な国民的基盤」を得るために、必要かつ重要な意義を有するとされています。
そして2004年6月、全党一致のもと、国会において「裁判員法」が成立、2009年5月施行の運びとなりました。しかし、直前の世論調査(読売新聞)でも80%の人が、できたら辞退したいという心のうちを表明しています。
「国民の司法参加」は世界の流れ、とはいえアメリカにおける「陪審員」ともヨーロッパにおける「参審制」とも異なり、「裁判員制度」は、被告人と裁判員双方に強制され、公平な裁判を受ける権利や、思想・良心の自由という憲法で保証されている人権を、「公判前整理手続」や「評議内容に対する重たい守秘義務」などで侵害する恐れがあります。
千葉県弁護士会は、被告との打ち合わせ時間が十分でないこと、守秘義務により裁判員評議の内容を裁判員が公開できないこと、以上の2点につき、改正を求めています。
新自由主義政策による競争原理の徹底と、経済格差の拡大は、社会の不安定化により犯罪の増加や治安の悪化をもたらすとされ、これに対して「処罰の強化」が求められます。そして重罰・刑罰化社会は、自己選択・自己責任という新自由主義的価値観により正当化されてゆきます。
そこでの国民は、「犯罪者」と「善良な市民」に2分割されてしまい、何らかの事情で誰もが犯罪を犯すかもしれないことや、犯罪者も罪を償い、更生して社会(市民)に戻ってくるという想像力や寛容さを失わせます。
このような刑罰化社会は、マスコミや世論の支持傾向により強化されてゆきます。このような強権的司法の運用に国民が動員されることに強い危機感を覚え、その道具になりかねない「裁判員制度」の定着を憂慮します。
(平和部会・高原)