夜になって冷え込んでいる。湯に落として温めたぼんし餅に醤油をちょっとつけて夜食にした。
ヨモギの入ったぼんし餅は今日の昼間、Iさんに運転をお願いして田舎にある墓所の掃除に行った帰りに、村の特産物センターで買ってきたもの。子どものころ、私も食べたおぼえがあり、田川のほうの伝統食らしい。
買ってきたぼんし餅はうるち米を粉末にしているので滑らかだが、私の小さなころに家でついていたぼんし餅はうるち米を粒のままもち米といっしょに蒸してついたもので、食べるとぷちぷち、ざらっとするような餅だったと記憶する。ヨモギも入れなかった。うるち米の玄米の色が残った、黄色いような餅だった。
そういった昔のことをたしかめられる父も母ももうこの世にない。
父、母、私、弟、妹の一家5人で田舎を出てから50数年が過ぎた。18年前に両親が小倉から東京へ移り、11年前に母が亡くなり、父がひと月前に亡くなった。父が弟夫婦に伴われてこちらへ帰ってくる。
私が墓所にやってきたのは11年ぶりのこと。母に無沙汰をわびるつもりだった。来たかね、と言って山の中で青く苔むした墓がおだやかに迎えてくれた。
Iさんが村の温泉センターのようなところに行かれ、2時間のあいだに持参した水とたわしでできる範囲で墓を磨き、あたりを掃いた。
Iさんが温泉センターで仕入れてきた情報により、特産物センターで買い物のあと、となりにある休憩所でおかわり自由の300円カレーをいただいた。にぎわっていた。おいしくて、おかわりした。
赤村はよかとこよ、とIさんが言われた。
辺鄙(へんぴ)な村への旅を終えて小倉へもどり、Iさんがドトールのスタンドでガソリンを入れているとき、父が向こう側の歩道にあらわれた。
顔はいうまでもなく、かぶっている帽子といい、気に入りだったセーターといい、まちがいなく父だったのに、一瞬のちには見知らぬご年配の男性にかわった。
父が今日のことを喜んでくれたのかと思った。