お彼岸も過ぎれば大雪も降らなくなるのが普通だ。だが3月18日から19日にかけての大雪は全く驚きだった。18日の夜、雷の音が聞こえたので雨になったかなと外を見たら大粒の雪が降っていた。日本海側では雷が鳴って雪が降るという話を聞くが、太平洋側のこちらでは記憶がない。朝起きてみたら外がやけに明るかったので外を見たら大雪が降っていた。我が家のあたりで20cmくらいあったろうか、家の前の竹林(孟宗竹)の竹は先は地面まで付いていた。すごいしなりようだ。朝は電気は来ていたが、9時ごろから停電した。雪は止んでいたのでまさか停電するとは思わなかった。この地域一帯の広域の停電だったようだ。結局のとこ夜の12時過ぎまで停電していた。
今は生活で電気を使うことが多いので、停電は本当に生活に支障をきたす。冬なんかはファンヒータは使えないので暖房が困る。電気製品は役に立たない。第一、家の中が暗い。そこで暖房は古い電気を使わない石油ストーブを倉庫から出してしのいだ。明かりは仏壇のローソクと懐中電灯くらいだがら暗くていけない。ボイラーも動かないので風呂も入れないので我慢した。炊事は幸いなことにガスだったので何とかなった。ご飯はいつもは電気炊飯器だが、以前たまに使っていたガス炊飯器を使うことが出来た。まあオール電化の家はどうしたんだろう。電力会社はオール電化を宣伝するが万一の時困るな。電話はアナログ電話だったので普通につながった。IP電話は停電では使えない。
このように考えてみると、あまり一つに頼りすぎると万一の時どうしようもなくなる。古いものもいざというときに結構役立つ。あまりにも現代化してしまって便利になることも考え物だな。いい教訓になったよ。
先日、中学時代の同窓生と旅行にいった。伊勢志摩が行く先だったが十名ほどでマイクロバスで出かけた。途中に伊勢湾岸道路を通るのだが、改修工事中で大渋滞にはまってしまった。名古屋港のところで工事していたが、通常は片側3車線なのだが工事のところでは片側一車線になっていた。おかげでこの渋滞を抜けるのに2時間くらいかかってしまった。普通は10分くらいで通過するところだ。本当に疲れた。その先は大体順調だったがホテルに入ったのは午後4時を過ぎていた。ホテルはまあまあのところだった。夕食の時は気の置けない古い仲間たちと世話話に花が咲いた。バイキング式の夕食だったが料理は今一だったかな。だが料金がかなり安いのでまあリーズナブルといった感じか。それにしてもインバウンド客が多い。半分以上インバウンドだった感じだ。中国や台湾からの客が多い感じだな。食事をとっていても周りの話し言葉がいろいろだ。
同窓生たちだが、割とみんな元気にやっていて有難い話だ。前後の歳の連中はかなり亡くなっている。ただ自分の病気や親の介護などは皆が苦労している。介護のために常連だったのに今回は欠席したものもいる。まあ皆が間もな喜寿を迎えるので、同窓生旅行なども最後に近いかな、なんてみんなで話した。まあもう1回くらいは行きたいな。
庭木の剪定をした。庭師に頼んでやればうまくやってくれるのだろうが、なんせ年金生活者ではそんなに金がない。そこで自分で剪定をすることになってしまう。剪定ばさみや刈込ばさみ太枝切、鉈にチェンソーなど準備して作業だ。生垣(カイヅカイブキ)は電動バリカンで刈込、刈込が強すぎると変な枝が出てくるので面倒だ。一番苦労したのがピラカンサ(トキワサンザシ(常盤山査子)ともいうらしい)、あのすごい棘は刺さると本当に痛いし出血もする。3mくらいに成長して棘だらけ、大変だよ。チェンソーで上から短めに切って棘のある枝は鉈でそぎ落としていった。もうピラカンサを手入れするのは大変なので、思い切って根元から伐採してしまった。庭がかなりすっきりしたよ。刈り取った木や枝などは軽トラに積んで自分の畑に入れておいた。枯れてきたら焼却する。田舎なので近所からの煙の苦情もない。まあどこの家も田舎では畑で木や草を焼却するのでお互い様か。まあ焼却灰は畑の肥料にもなるので一石二鳥だ。
今年は寒いというが、実際に季節の実感は張るとは縁遠い。去年のことを思い出すと、3月1日にはフキノトウがもう出ていて、天婦羅にして食べてことを思い出す。今年は全く目が出る気配がない。
寒さもなかなか収まらずに、例年は外で仕事をしていたが、今年は仕事が進まない。そう言えば去年は2月の始めに竹藪の整理をしていた。今年は竹藪の整理は3月になってからだ。竹は孟宗竹で筍がとても美味しい。ただ、竹を除伐しておかないと筍が出ない。毎年の恒例行事だ。
除伐した竹は畑に積み上げて焼却するが、田舎なのであまり近所に迷惑をかけることもない。周辺に家が多いとこうはいかないな。竹を焼却するとすごい音がする。パンパーンという感じだ。結構大きな音なので害獣除けにはちょうど良いか。4月になると筍が出るので楽しみだな。