「太平洋の向う側 4」 固ゆで料理人
Chapter3 深夜プラス缶 Part2
ドンから依頼の電話があったのは1週間も前の箏だった。
仕事は豆腐屋のジョニーとその秘書で会計士のフェリックスをカンザスに連れて行くことだった。
俺の役回りはドライバーで、いざと言うときは護衛。
もう一人護衛専門の男でハーヴェイと言うガンマン。ハーヴェイはナビも担当する。ボディーガードとして危なそうな道を回避するというより、このヴィンテージカーにはカーナビゲーションシステムが付いてないからと言う理由だ。
俺たちは空路でカンザスに行くと見せかけて、二日ばかりかけて陸路を往くことにした。
仕事の内容はシンプルだが、仕事の理由は複雑だった。
ドンとジョニーが始めた秋刀魚の缶詰とオカラのヘルシーフードの店は大当たりに当たったのだが、二人は商標登録やレシピの保護を忘れていた。
そのうちに、全く関係の無い他人に「ジョニー・ザ・ハンサム ヘルシーレストラン」の商標登録やレシピの特許の申請をされてしまったのだ。
ドンはまさかマフィアのドンである自分に、そんな大それたことをする奴がいるとは考えていなかったので寝耳に水のことだった。
やった連中はチャイニーズマフィアのコウ兄弟で、どんなもののニセモノでも作り、そのニセモノの商標登録をして、ニセモノを法的にホンモノにしてしまうというやり口でのし上がってきた連中だ。
文句を言えば力にモノを言わすことも厭わない連中だから始末が悪い。
もっとも俺の雇い主のドン・コレステローレも似たり寄ったりではあるが・・・・
そんな訳でドンはコウ・ニョウサンとコウ・ケツアツ兄弟の商標登録の無効を訴えると同時に損害賠償の訴訟を起こしたわけだ。
只、カンザスで登録されたので、裁判もカンザスで開かれることになったのはドンの誤算だった。
ドンはパートナーのジョニーと証拠品の缶詰をカンザスに送らなければならなくなった。
証拠品の缶詰とは、特注で日本で作らせた秋刀魚の蒲焼ではなく、アメリカ人にも分かり易くしたネーミングの「SANMA TERIYAKI=Pacific saury Teriyaki」と印刷した缶詰で、製造年月日がコウ兄弟の登録以前になっているので、証拠として採用されたものだ。
原告と証拠を運ぶのをコウ兄弟が邪魔するのは確実だから、俺たちに仕事がきたという訳だ。
それにサンマ缶詰とオカラのヘルシーレシピは俺が作ったから、俺は証人としてもカンザスに行く必要がある。
ドンは俺たちを本チームとし、別に相談役のヘイガン、ドンの実の兄のフレド、それにジョニーのソックリさんのチームをもう1チーム作り、ドンの兵隊達に守らせながら空路を派手に出発させて囮にして敵の目をくらませている間に、俺たちはコッソリと陸路を往く計画だった。
俺たちは今は「いにしえ」の国道66号線を東へ向かうことにした。
バーストウあたりで66号線に乗り、そのままカンザスへと向かう。2日で着ければ良いが、余裕を見て裁判の4日前に出発する。
4日見たことは正解で、ハーヴェイは良く道を間違える。すぐに妙な側道に入るのだ。
その度に少しづつ遅れがでてしまう。
それでもハーヴェイは気にする様子もなくニコニコとしていられるから不思議な男だ。
兎に角、そういいながらもルート66をメインにカンザスへと向かう。
乾いた土地をまっすぐ貫くルート66。
ハイウェイを使わないのは尾行の車や襲撃してくる車を見付けやすいし、前方の道路封鎖にもすぐに気付くからだ。
ハイウェイの発達で国道は時代遅れになり、国道沿いの町も廃れていった。
車はガソリンで走るので、ガソリンスタンドを見付けたら必ず給油しなければならない。
もし一つ見落としたら、次のスタンドまで何百マイルも走らなければならないことにもなりかねないからだ。
給油以外で止まることはあまりしたくない俺たちにとって、食事は豆の缶詰が便利だ。
何んといっても食器はスプーンしか必要ないから、車の移動中にしっかり食べられるし、空いた缶は路肩に置いて拳銃射撃の標的にして眠気覚ましにもなる。
缶詰は偉いだろ?
バーベキュービーンズは、南部に良くある、ドラムカンを半分に切ったバーベキューコンロでスペアリブのバーベキューを売っている屋台なんかで人気のメニューで、ポークリブのサイドにたっぷりと盛りつけられる豆料理だ。
こいつは甘めのバーベキューソースで煮込んであり、ポーク&ビーンズやチリビーンズとは違う豆料理だが・・・・味はどれもさほど違わないように思える。
いくら便利でもこればかり食べているのはゴメンだ。
給油するときにスナックのようなものが売っていればそれを買うことにする。
国道沿いのガソリンスタンドは必ずと言っていいほど小さな雑貨屋が付いている・・・と、言うよりもガスポンプの付いた雑貨屋と言う方が正しい。
俺たちは「小さな旅」に出てきそうな古い雑貨屋で止まり、給油することにした。
都市部では見られなくなったが、田舎町では今でもこういう雑貨屋やドラッグストアに、ソーダファウンテンと呼ばれる飲み物売り場のカウンターが作られている店がある。
チョコレートソーダにアイスクリームを載せた飲み物なんかを今でも売っている。
中に入ると、ソーダファウンテンのカウンターに置いてある古くて小さな日本製のトランジスターラジオから、古いカントリーミュージックが流れている。
給油のついでにここで休むことにした。
フェリックスと言う会計士は神経質な男らしく、始終文句を言っている奴だ。
今も野球帽を被った店の親父に先ず手をよく洗って、それからソーダのグラスをもう一度良く洗ってから使用しろと言っている。
ソーダファウンテンの親父はブツブツ言いながらフェリックスに従っている。
反対にジョニーの方はなんに対してもあまり頓着が無さそうで、食べ物を扱っているとは思えないような気がするだらしなさで、彼のシャツには一昨日こぼしたソーダの上に昨日こぼしたソーダがかかり、その上に今こぼしたソーダが地層のようになっている。
フェリックスはそのことをガミガミと注意するのだが、ジャニーは何か唸りながら否定の仕草で手を降り、フェリックスに取り合わない。
汚いシャツのジョニーと完璧なビジネススーツのフェリックス。こいつらは良いコンビなのか?随分とおかしな二人だ。
車の中でずっと寝ていたジョニーがあくびをしながらソーダを啜るという器用なことをしつつ訊いてきた。
「ここはテキサスか?」
ハーヴェイが言った。
「もう15時間前からテキサスに入っている」
「じゃ、あと15時間くらい走らないとテキサスから出られないな・・。」
フェリックスは20ドル札を親父に渡して、自分が使う前にトイレをピカピカにして来いと注文を付けている。
俺たちはコーラにアイスクリームを載せたもの呑みながら古いラジオから流れる古いカントリーを聴いていた。
窓の外を見ると2台の古いルノー4cvが東に向かって走って行った。
ヴィンテージカーの集会でもあるのかもしれない。
それなら俺たちのシトロエンも参加資格があるかもしれない。
そのときハーヴェイが独り言を言った。
「・・・OK、判った・・・」
俺はハーヴェイが誰かと話しているのかと思い、彼を見た。
ハーヴェイはカウンターの下に手を入れ足首に付けていた予備の拳銃を取り出し、ズボンのバンドに鋏んだ。
俺は訝しげにハーヴェイを見ると、
「今走って行ったルノーが、この先で待ち伏せしているそうだ・・・・」
「・・・待ち伏せしているそうだ?・・そうだって・・一体誰と話しているんだ?」
ハーヴェイはちょっと気まずそうな表情を浮かべ、
「後で説明する」
とだけ言った。
「いや、今だ。今説明して貰おう。俺はオマエが正気かどうか知らなければならないんだ」
ハーヴェイはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「俺には誰にも見えない友達がいるんだ。それはいつもマズイことが起こりそうなときなんかにアドヴァイスしてくれる・・・・守護霊みたいなもんだ・・・・そして・・」
彼の話が切れた。俺は先を促した。
「そして?」
「・・・・そいつがハーヴェイと言う名前の・・・兎なんだ・・・」
俺は愕然とした。
「・・・・・・なんてことだ・・・」
ドンから依頼の電話があったのは1週間も前の箏だった。
仕事は豆腐屋のジョニーとその秘書で会計士のフェリックスをカンザスに連れて行くことだった。
俺の役回りはドライバーで、いざと言うときは護衛。
もう一人護衛専門の男でハーヴェイと言うガンマン。ハーヴェイはナビも担当する。ボディーガードとして危なそうな道を回避するというより、このヴィンテージカーにはカーナビゲーションシステムが付いてないからと言う理由だ。
俺たちは空路でカンザスに行くと見せかけて、二日ばかりかけて陸路を往くことにした。
仕事の内容はシンプルだが、仕事の理由は複雑だった。
ドンとジョニーが始めた秋刀魚の缶詰とオカラのヘルシーフードの店は大当たりに当たったのだが、二人は商標登録やレシピの保護を忘れていた。
そのうちに、全く関係の無い他人に「ジョニー・ザ・ハンサム ヘルシーレストラン」の商標登録やレシピの特許の申請をされてしまったのだ。
ドンはまさかマフィアのドンである自分に、そんな大それたことをする奴がいるとは考えていなかったので寝耳に水のことだった。
やった連中はチャイニーズマフィアのコウ兄弟で、どんなもののニセモノでも作り、そのニセモノの商標登録をして、ニセモノを法的にホンモノにしてしまうというやり口でのし上がってきた連中だ。
文句を言えば力にモノを言わすことも厭わない連中だから始末が悪い。
もっとも俺の雇い主のドン・コレステローレも似たり寄ったりではあるが・・・・
そんな訳でドンはコウ・ニョウサンとコウ・ケツアツ兄弟の商標登録の無効を訴えると同時に損害賠償の訴訟を起こしたわけだ。
只、カンザスで登録されたので、裁判もカンザスで開かれることになったのはドンの誤算だった。
ドンはパートナーのジョニーと証拠品の缶詰をカンザスに送らなければならなくなった。
証拠品の缶詰とは、特注で日本で作らせた秋刀魚の蒲焼ではなく、アメリカ人にも分かり易くしたネーミングの「SANMA TERIYAKI=Pacific saury Teriyaki」と印刷した缶詰で、製造年月日がコウ兄弟の登録以前になっているので、証拠として採用されたものだ。
原告と証拠を運ぶのをコウ兄弟が邪魔するのは確実だから、俺たちに仕事がきたという訳だ。
それにサンマ缶詰とオカラのヘルシーレシピは俺が作ったから、俺は証人としてもカンザスに行く必要がある。
ドンは俺たちを本チームとし、別に相談役のヘイガン、ドンの実の兄のフレド、それにジョニーのソックリさんのチームをもう1チーム作り、ドンの兵隊達に守らせながら空路を派手に出発させて囮にして敵の目をくらませている間に、俺たちはコッソリと陸路を往く計画だった。
俺たちは今は「いにしえ」の国道66号線を東へ向かうことにした。
バーストウあたりで66号線に乗り、そのままカンザスへと向かう。2日で着ければ良いが、余裕を見て裁判の4日前に出発する。
4日見たことは正解で、ハーヴェイは良く道を間違える。すぐに妙な側道に入るのだ。
その度に少しづつ遅れがでてしまう。
それでもハーヴェイは気にする様子もなくニコニコとしていられるから不思議な男だ。
兎に角、そういいながらもルート66をメインにカンザスへと向かう。
乾いた土地をまっすぐ貫くルート66。
ハイウェイを使わないのは尾行の車や襲撃してくる車を見付けやすいし、前方の道路封鎖にもすぐに気付くからだ。
ハイウェイの発達で国道は時代遅れになり、国道沿いの町も廃れていった。
車はガソリンで走るので、ガソリンスタンドを見付けたら必ず給油しなければならない。
もし一つ見落としたら、次のスタンドまで何百マイルも走らなければならないことにもなりかねないからだ。
給油以外で止まることはあまりしたくない俺たちにとって、食事は豆の缶詰が便利だ。
何んといっても食器はスプーンしか必要ないから、車の移動中にしっかり食べられるし、空いた缶は路肩に置いて拳銃射撃の標的にして眠気覚ましにもなる。
缶詰は偉いだろ?
バーベキュービーンズは、南部に良くある、ドラムカンを半分に切ったバーベキューコンロでスペアリブのバーベキューを売っている屋台なんかで人気のメニューで、ポークリブのサイドにたっぷりと盛りつけられる豆料理だ。
こいつは甘めのバーベキューソースで煮込んであり、ポーク&ビーンズやチリビーンズとは違う豆料理だが・・・・味はどれもさほど違わないように思える。
いくら便利でもこればかり食べているのはゴメンだ。
給油するときにスナックのようなものが売っていればそれを買うことにする。
国道沿いのガソリンスタンドは必ずと言っていいほど小さな雑貨屋が付いている・・・と、言うよりもガスポンプの付いた雑貨屋と言う方が正しい。
俺たちは「小さな旅」に出てきそうな古い雑貨屋で止まり、給油することにした。
都市部では見られなくなったが、田舎町では今でもこういう雑貨屋やドラッグストアに、ソーダファウンテンと呼ばれる飲み物売り場のカウンターが作られている店がある。
チョコレートソーダにアイスクリームを載せた飲み物なんかを今でも売っている。
中に入ると、ソーダファウンテンのカウンターに置いてある古くて小さな日本製のトランジスターラジオから、古いカントリーミュージックが流れている。
給油のついでにここで休むことにした。
フェリックスと言う会計士は神経質な男らしく、始終文句を言っている奴だ。
今も野球帽を被った店の親父に先ず手をよく洗って、それからソーダのグラスをもう一度良く洗ってから使用しろと言っている。
ソーダファウンテンの親父はブツブツ言いながらフェリックスに従っている。
反対にジョニーの方はなんに対してもあまり頓着が無さそうで、食べ物を扱っているとは思えないような気がするだらしなさで、彼のシャツには一昨日こぼしたソーダの上に昨日こぼしたソーダがかかり、その上に今こぼしたソーダが地層のようになっている。
フェリックスはそのことをガミガミと注意するのだが、ジャニーは何か唸りながら否定の仕草で手を降り、フェリックスに取り合わない。
汚いシャツのジョニーと完璧なビジネススーツのフェリックス。こいつらは良いコンビなのか?随分とおかしな二人だ。
車の中でずっと寝ていたジョニーがあくびをしながらソーダを啜るという器用なことをしつつ訊いてきた。
「ここはテキサスか?」
ハーヴェイが言った。
「もう15時間前からテキサスに入っている」
「じゃ、あと15時間くらい走らないとテキサスから出られないな・・。」
フェリックスは20ドル札を親父に渡して、自分が使う前にトイレをピカピカにして来いと注文を付けている。
俺たちはコーラにアイスクリームを載せたもの呑みながら古いラジオから流れる古いカントリーを聴いていた。
窓の外を見ると2台の古いルノー4cvが東に向かって走って行った。
ヴィンテージカーの集会でもあるのかもしれない。
それなら俺たちのシトロエンも参加資格があるかもしれない。
そのときハーヴェイが独り言を言った。
「・・・OK、判った・・・」
俺はハーヴェイが誰かと話しているのかと思い、彼を見た。
ハーヴェイはカウンターの下に手を入れ足首に付けていた予備の拳銃を取り出し、ズボンのバンドに鋏んだ。
俺は訝しげにハーヴェイを見ると、
「今走って行ったルノーが、この先で待ち伏せしているそうだ・・・・」
「・・・待ち伏せしているそうだ?・・そうだって・・一体誰と話しているんだ?」
ハーヴェイはちょっと気まずそうな表情を浮かべ、
「後で説明する」
とだけ言った。
「いや、今だ。今説明して貰おう。俺はオマエが正気かどうか知らなければならないんだ」
ハーヴェイはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「俺には誰にも見えない友達がいるんだ。それはいつもマズイことが起こりそうなときなんかにアドヴァイスしてくれる・・・・守護霊みたいなもんだ・・・・そして・・」
彼の話が切れた。俺は先を促した。
「そして?」
「・・・・そいつがハーヴェイと言う名前の・・・兎なんだ・・・」
俺は愕然とした。
「・・・・・・なんてことだ・・・」
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