Dream story 「夢の島」
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インド洋の南方〇km~オーストラリアの西方〇kmのところに浮ぶ小島があります。面積は約500km²でほぼ円形をしており、日本にある屋久島の外形図を想像してもらえればほぼ間違いないであろう。
この島はオーストラリアの領土であるが自治管理下にあり、特別な事情環境のため誰でも自由に立ち入りできるわけでないのだ。勿論、島の住民親族などの関係者は自由立ち入りできるが、それでも島の町民議会への事前連絡・許可を得なければならない。島自治領から本国オーストラリアへの上納税は他に比べてかなり多いので本国であるオーストラリア政府は黙認しているのである。
島には空港はなく、立ち入りは唯一連絡船による海路だけである。フェリーの接岸可能な水深15mの立派な岸壁があるものの、原則として島内への車の乗り入れは禁じられている。島内唯一の入り江の港<船着き場>周辺は左程広くはないものの、その設備たるや最高級といっても過言ではない。
平地は港周辺地域の8km四方だけであるが、そこには広大な3階建ての町役場ビルがあり、その隣には25年前に建設されたプールと植物園併設の4階建て高級ホテル「Dream Island Hotel」(部屋数70室)がある。
ホテルの宿泊料金は全室ツインルーム共通で3食付1泊1名7万円である。そのうち50室は原則として1か月以上の長期滞在型ホテルであり、それでも8割以上は常に満室になっている。食事は決められた時間自由に立入できる1FのVIP ROOMでできるバイキング方式であり、アルコール類以外の飲料は全てフリーである。
このホテルの経営管理は全て町役場が行っている。つまり公営なのだ。町役場の職員はほぼ全員この島の住人である。従ってホテルの従業員も殆どが島の住人なのだ。料理人の一部だけは外部者であるが。
この島の住民世帯数は現在222であり人口は3100名であるから、1世帯当たり平均14名ほどになる。どの世帯も2~3世代同居であり、中には4世代同居も数世帯あるとか。
特筆すべきことに島の住人は平野である港地域には住んでおらず、平地の港地域から300~500m高い高台地域に住んでいる。主食であるパンおよび肉や加工品以外のものは自給自足の生活をしているのである。それぞれの世帯は台地である高台に広大な畑を持っており野菜と果樹類は十分に自給できるのである。この地方は極めて温暖な気候なので作物が不作になったことはここ200年以来ないのだ。
ここの島が「夢の島」として各国のメディアに取り上げられるようになったのはつい最近のことである。自給自足の質素な生活をしている離れ小島という程度の認識しかなかったのである。最近のWEB情報社会の波に乗せられたというところだが、何といっても高級ホテル建設に伴って本国オーストラリア・バースからの海底ケーブル埋設事業~5万kmにも及ぶ海底ケーブル埋設費用の殆どを島の町議会・自治会連合会が負担したことに世間はあっと驚いたのだ。
なかなかにわかりにくいこの島の現状と内情であるが、島の高台に住んでいる若い年頃の娘さんキャシー・ルポンさんの日常から類推してみようと思います。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日も気持ちの良い秋の天気である。家族12人との楽しい朝食をすませたキャシーは、日課である家じゅうの観葉植物の水遣りをほぼ済ませてお洒落な真鍮製のじょろを片手に居間に戻ってきた。
「ご苦労様でしたキャシー、今日は少しおめかししとかないと連絡船に乗ってバースで挙式のお買い物をするんでしょ~」母親のローラが声をかけた。
「そうよ、お父様の蘭の花に水を上げたら買い物帖のチェックをするのよ~」
「ロイと2人だから大丈夫でしょうけど、パースでは挙式の最終打ち合わせもあるし大変よ~」
「その辺は全部ロイに任せてあるの。それよりも私船酔いしやすいから酔い止め薬そろそろ飲んでおかないと~」
そこに入ってきた弟のジョーイがキャシーに言った。
「帰りにはロイのご両親やご親戚の方など10人以上は一緒だし、港でお迎えする僕も楽しみだな~」
「フロントマンだから粗相のないようにしてよ」母親のローラがジョーイに言った。
「わかってるよ~マスターが付いてるから僕なんか何もしなくても大丈夫。では、ぼちぼち出勤しようっと~~行ってきま~す。」
「行ってらっしゃい~キャシーもロイが待ってるだろうから早く準備しなさいよ~」
母親のローラにせかされてキャシーが「ハイハイ!~」と答えると「ハイは1回でよろしい!」とたしなめられた。
おめかしを済ませたキャシーは軽い手荷物を持って、高台にある自邸から昇降リフトを使うことなくアカシヤ並木の坂道をルンルン気分で駆け降りた。途中で追い抜いたヨークシャーおじさんに「えらく楽しそうな速足だね、キャシー!」と声を掛けられた。
「ロイが待ってるの!~午後の連絡船に乗るのよ!」と笑顔で答えるキャシーだった。
港に近いドリームホテルのフロントで待っていたロイとキャシーは笑顔のハイタッチ挨拶を交わした。
「連絡船の出航までには1時間近くあるから、私は役場のお父さんに挨拶しておくわ。今朝は寝坊しちゃったからまだ朝の挨拶もしていないのよ~」「じゃぁいつものティールームで待ってるよ~」二人は2度目のハイタッチをして別れた。
ホテルの続きにある町役場ビル3階の1室がキャシーの父親ダンカンの仕事場ルポン財団である。1室といっても20人ほどの精鋭を従えるかなりの広さを持つ事務所であり、その一隅のガラス張りルームがダンカン理事長の部屋である。
キャシーが入って行くと気付いた2、3人は手を挙げて笑顔の挨拶をしたが、殆どの精鋭たちはデスクに置いてあるPC画面とにらめっこしたりヘッドホンで何やら真剣に話し合いをしている。
父親のダンカン理事長が娘のキャシーをガラス越しに呼び入れて言った。
「バースに行ったらロイのお父さんゴーヤン学長のところへ出向いてロイの料理学匠授与は彼の実力によるものであって、決して身内贔屓ではない事を強調しておいてくれよ。本当のことなんだからな。」「ありがとう~お父様!ロイも喜ぶわ。」
ほかにも2、3の要用を娘に伝えるなりダンカン理事長は秘書のジュディ女史との会話に移って行った。
キャシーはホテルのティールームで待っているロイのところへ戻ってきた。ロイはホテル滞在のオーストリア人夫妻と話し込んでいた。「キャシー、こちらのオーウェンヘルトご夫妻は我々と同じ連絡船に乗ってバースに行き、来週にはヘルシンキからオーストリアのザルツブルグまで帰るんだって。」「まぁ~こちらの滞在期間はどうでした~よい収穫はありましたか。」キャシーの問いにオーウェンヘルト夫妻が交互に答えた。
「丁度40日でした。」「とてもいいお天気と、素晴らしい自然で私の画題がたくさんあって、写真に撮ったりスケッチしたものを帰って仕上げるのが楽しみですわ」オーウェンヘルト夫人は東洋的な黒髪を後ろで束ねて大きな瞳を輝かせていた。「家内は中国画の制作が本業なのです。日本人なのですが~中国画の勉強をしていた中国・台湾生活時代にプロポーズしたのですよ」オーウェンヘルト氏は野性的な風貌で自慢げに語った。
「いいですね!~続きは船内でゆっくりお聞きするのが楽しみです。ぼちぼち連絡船の乗船ができますから桟橋に行きましょう。」ロイとキャシーそれにオーウェンヘルト夫妻の4人は連れ立って桟橋に行き、連絡船へ乗船して行った。
見送りに来た母ローラや弟のジョーイと叔母ナンシーとデッキで手を振ってしばしの別れをしたキャシーはロイとともに船尾デッキにあるチェアーで離れてゆく島の風景を見ながら心地よい海風にあたった。
目的地のバースの港に到着するのは丸一日あとの明日の昼過ぎである。バースの港ではロイの母キャロルが出迎えてくれるとか~キャロルはバース高校の校長先生でありロイの一家は殆どが学者である。ロイだけが料理関係に興味を持ち、留学先のロンドンで料理研究家転じて本物の料理人になってしまった。ヘルシンキの一流ホテルで修業した後30歳の若さでドリームホテルの副料理長に抜擢されたのだ。キャシーとはバース大学の絵画同好会の先輩後輩として知り合った仲であり、当時からお互いに好意を持っていたが3年前から急速に愛を実らせて遂に来月のゴールインとなったのだ。
キャシーとロイはオーウェンヘルト夫妻と一緒に楽しい会話をしながら船上のディナーをしていた。船内の窓から見える夕暮れの景色は正に海上パノラマである。
「あなた方は挙式を間近にされてるご予定なのね。いいわね~島のホテルなの~」オーウェンヘルト夫人の問いかけにキャシーは笑顔で答えた。
「はい、島のドリームホテルです。特別な事情がない限り島の住人の結婚式は島内ですることになってるのですよ。私の場合は相手のロイがバースだからそれほどでもないですけど、遠いい国の人だったら大変ですわ。結構その様な例が多いんですのよ~」
キャシーは言葉をつづけた。 「オーウェンヘルト奥様は日本の方とか、オーストリアのご主人との結婚も大変だったでしょう」
「ええ、でも主人が日本での留学生時代から知っていましたので、そんなに大変でもなかったのよ~」オーウェンヘルト夫人が笑顔で言う横からオーウェンヘルト氏が横やりを入れた。
「それはそうと失礼ですがキャシー・ルポンさんは、ルポン財団理事長さんの娘様だとか聞いておりますが・・・」
「そうです。父は島内のルポン財団事務所に毎日のように通っています。何をしているのか私にもよくわからないのよ~」
「ルポン財団は芸術世界でのノーベル賞ともいえるルポン芸術文化賞を4年に一度授与されていますよね。芸術文化の世界ではノーベル賞よりも格調が高いとみられています。特に埋もれた真の芸術家の発掘に貢献していると評価されています~」
「ドリームホテルに滞在するのも、芸術文化的な目的がないといけないと言われていますよね。私がドリームホテルの料理関係に携われたのも、ロンドン大学に発表した料理文化の研究論文が効果的だったと父から聞きました。」ロイが横から相槌を入れた。
「私たちが今回初めてドリームホテルに滞在できたのも妻のカズコが中国画の東欧地域支部長であったことが効果的な要因だったのです。私はビジネス世界の人間ですが、家が代々芸術文化遺産の保存に貢献してきたからでしょう。」オーウェンヘルト氏は満足げな眼差しを夫人に送りながら答えた。
「ご主人は奥様にぞっこんホの字よ~!」キャシーのからかいにオーウェンヘルト夫人は大きな瞳を笑顔に変えた。
「あなた方のようなお熱い時期は過ぎちゃったけどね~」
4人は美味しいディナーを楽しみながら和気あいあいの時を過ごした。
食後のチョコアイスとコーヒーが締めくくりであった。キャシーは幾分ためらったようだが、意を決したように言葉を続けた。
「40日間の滞在中に耳にされたかもしれませんが~私の父の先祖~といっても4代前の曽々祖父になるのかしら~は、かの悪名でならしたアルセーヌ・ルパンではないかと言われていますの。勿論アルセーヌ・ルパンそのものは小説上の架空人物なのでしょうが、私の曽々祖父アヌール・ルポン以前の先祖は謎に包まれていますし、その莫大な遺産がどうやって確立されたのかも謎に包まれています。」キャシーの言葉はオーウェンヘルト夫妻に向かっているというよりもロイに発せられているかのようだった。
「私達の滞在中にそのような話を聞いたことはありませんが、何だか夢物語のようね~」オーウェンヘルト夫人は興味ありげに相槌をうった。キャシーは更に続けた~
「私の父ダンカン・ルポンが運営しているルポン財団が芸術世界を標的にしていることや、謎に包まれた莫大な資金の源泉などがアルセーヌ・ルパンとの関連・結びつきの元になっているようです。私の4代前の曽々祖父アヌール・ルポンこそアルセーヌ・ルパンのモデルだったのではないかとまことしやかな影の噂話があります。」
「本当に夢物語のようですね。」オーウェンヘルト氏も興味津々といった様子で次のような話題を切り出した。
「そういえば私が30歳頃の20年程前のことですがルポン財団関係者の方が、今は故人になりましたが当時オーストリア国立美術館の館長をしていた私の父に連絡をされてきて~館の倉庫に寝ている美術品の一部を見せてほしいとのことでした。後日見に来たその方が18世紀に描かれた大して名のない画家の女性肖像画を強く所望されたそうです。確かハプスブルゲ家の所蔵品だったとかでした。ある程度の所望価格だったし父の美術館で他にほしいものもあったとかで、大して重要な所蔵品ではなかったこともあって結局手放したそうです」オーウェンヘルト氏は宙をにらんで思い出すように話をつづけた。
「それだけなら特別なことでもなかったのですが、父が美術館館長をしりぞいて10年ほど後のことでしたか、例の女性肖像画のモデルがフランス皇帝ルイ16世の若かりし頃の愛人~それもルイ16世が強引に手に入れた愛人であり、ルイ16世によって引き裂かれた愛人の元恋人男性が描いた肖像画であることが判明して当時のトピックニュースになったのです。そしてその肖像画の下絵にはルイ16世を未来永劫呪うとの暗号文が書かれているというのです。これらのことが元恋人の子孫である遺族から日記として公開されたのです。このようないきさつもあってか、例の女性肖像画をルーブル美術館が是非ほしいとのことで、結局ルーブルの手に渡ったのです。ルーブルへの贈与価格は明らかではありませんが~10億とも20億とも噂されていました。父はこのことを死の床で自分の生前の最大ニュースとして私に訴えておりました。」
「とても興味深いお話ですね。お父上に会いに行かれたルポン財団関係者のお名前はご存知ですか~」それまで黙って聞いていたロイが笑顔で静かにオーウェンヘルト氏に向かって聞いた。
「いえそこまでは聞いておりませんが、父は知っていたでしょうね何回も面会したようですから。」
「キャシーの父上であるルポン財団理事長さんにも、このお話はされたのですか~」
「はい、ちょっとだけですけどね。島のホテルでの先月の滞在者歓迎食事会のときにお会いしました。この話をご披露しましたが、ダンカン・ルポン理事長さんは微笑しながら私に2つの質問をされました。」
「どのような質問だったのでしょう。」
「今のあなたの問いと同じように、父に会いに来られたルポン財団関係者の名前が何かに記録されているだろうかというものでした。先ほども申し上げたように私は男性か女性だったのかすら聞いておりません。でも理事長さんが知らないはずはないと思うので、確認のためだったようですね。」
「なるほどね。他の質問というのはどうようなことだったのですか。」
「う~ん、肖像画の確認・買付以外のことで父がなにか言っていませんでしたかというふうなことだったと思います。これも特別に生前の父から私は何も聞いておりませんしお答えする内容もありませんでした。それからダンカン・ルポン理事長さんは私の隣にいたカズコとの挨拶談笑に移られたのでお話もそこまでで済みました。」
「主人とのお話はチンプンカンプンでしたが、私の中国画について話が変わると~とても深い鑑賞眼を持っていらっしゃるのでびっくりしましたわ」オーウェンヘルト夫人は我が意を得たりというふうな表情で笑った。
「お父様もオーウェンヘルトご夫妻の印象は強く残ったでしょうね。何といっても前オーストリア国立美術館の館長様の御子息様ですし~更に素敵な奥様とご一緒ですもの」
キャシーの言葉にオーウェンヘルト夫妻は満足げにうなづいた。
「私の父方先祖は代々オーストリア系ハプスブルゲ家の繋がりが強いようです。私の家の別宅倉庫には今でも何やら訳のわからない古文書があります。私がカズコとの結婚を機に一部を処分しようとしたのですが、亡くなった父の遺言もあるとかで母親に大きく反対されたのですよ~」
「何やら謎めいたお話ですね。オーウェンヘルトさんはその古文書とやらにお目を通されたことはあるのですか~」
「1,2度見たことはあります。先祖がハプスブルゲ家の書記官をしていたということですので、宮殿の日記帳みたいだったようです。謎めいているといえば、所々暗号みたいなものもありましたが余り長い文章でもないようでした。」
「本当にミステリーのような楽しいお話ですね!、一度その文書とやらを見たいですよ。」ロイは半ば冗談のような本気のような素振りで言った。
「うちのウィーン郊外の別宅倉庫の中で眠っていますよ。祖父の時代に一度だけ公的機関に見てもらったそうですが全くチンプンカンプンで何のことやらわからなかったそうです。多分宮殿の作業日記の一部だろうとのことでしたよ。オーストリアに立ち寄られることがありましたら、連絡いただければご案内しますよ。」
「ありがとうございます。その気になったときはよろしくお願いします。」
「私達の新婚旅行はヨーロッパ3週間よ、自由工程だからオーストリア・ウィーンを工程にいれたらいいわ!カズコ様の中国画アトリエや作品も見せて頂きたいわ」横からキャシーが楽しそうに言った。
「そうだね~何だか楽しい旅行計画になってきたね。」
「是非是非いらっしゃいよ!大歓迎ですわ~!」オーウェンヘルト夫人のカズコさんも嬉しそうに同調した。
翌日、連絡船がバースの港について下船したオーウェンヘルト夫妻とキャシーとロイは再会を約束して別れた。
港で待ち受けていたロイの親戚おばさん達に挨拶をしたキャシーとロイは、すぐにバース大学のロイの父親のところに行った。
その夜のディナー会食はキャシーとロイの歓迎を込めて盛大であった。ディナー会食のあとのパーティを通して結婚式の打ち合わせも細かく出来上がった。新婚旅行はロイの要望もあってオーストリア・ウィーンを中心とした3週間のヨーロッパ旅行とすることで決定した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから2か月後に、キャシーとロイの結婚式が島のホテルで執り行われた。キャシーの父親であるダンカン・ルポン理事長の要望もあって、挙式はお互いの両家の親族を中心とした60名ほどの内々の挙式であった。しかしその分、お互いの親族同士の紹介挨拶に多くの時間が使われて絆が一段と深まっていった。
キャシーとロイのヨーロッパ新婚旅行は結婚式の1週間後であった。二人はバースの空港から直接パリの空港に向かった。
アイリン不二子登場!!をお楽しみに!!
<LupinⅢ JAZZ><ルパン三世テーマ>
屋久島面積504.88km²