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(=^・^=)私と暮らした猫たち

ー失敗を重ねて7匹めー

そして自分の老後を考える

2025年09月03日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

老いていく母、認知症になった母。

私の中ではもう「お母さん」はいない。

いるのは「知らないばーさん」

 

読み返していると、ブログ内でもいつのまにか「ばあさん」という呼称に変わっている。(笑)

まあまあ仲のいい親子だったと思う。

「どんなお母さんだった?」と聞かれたら「おもしろい、楽しい人」と答える。

父が倒れたのは私が3才の時。

苦労したはず。なのにどこか楽天的で、親戚から頼りにされる、まとめ役みたいな人だった。

それが認知を抱えた時、裏目にでた。

まとめ役が混乱して返事がちぐはぐになる。

親戚はまだいい。私は何度も近所の母の「友人」たちに頭を下げて回ったよ。

母には私がいる。子供を産めなかった私はどうしよう。

本気で老後を考えなければならない。

自分ができるうちに、すべてを片付け、上手にこの世から消えなくてはならない・・・。

抱かれるのだ嫌いなネコだったのに、母の老いた手にあごを乗せている。

 

 

 

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ネコと認知症③

2025年09月02日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

母の認知症は進んでいったけれど、自分の身の回りの事ができてしまうので・・・。

他人から見たら、ただ少し老いてしまったから、ちぐはぐしてしまっているお婆さん。

これが家族にとって一番やっかいなんだと、初めて知った。

よく言われる「子供になっていく」という、ほのぼのしたものとは全く違う、母は壊れていくのだ。

妹はこの「壊れる」と言う言葉を嫌った。

でも・・・認知がすすんできた母を見るうち、妹も親戚も私を責める事もなくなり、少しは救われたけど。

 

私と暮らした最後のネコは、母がショートステイに行っている間に虹の橋を渡った。

何度も「病気なんだ、もう長くないんだよ」と言っても母には通じない。

「この子はいくつになった?年とったねぇ。」と言いながら痩せた背中を撫でていた。

ネコを送った後、きっと母がそれを理解しないだろうと思っていたから「今日はネコが下りて来ないね」

と言うに違いない。

私は何度ネコの死を母に言わなければならないんだろう。

 

・・・がショートステイから帰ってきた母に、玄関で

「猫、死んじゃったよ」と言うと、目を見開いて「死んじゃったか」と言ってその後一度もネコの事を聞いてこない。

まるで最初からいなかったかのように。

ショートステイにでかける前日、温風ヒーターの前で一日ずっと愛おしそうに背中を撫でていた。

 

そして留守の間にネコは旅立った。

老いた母を混乱させないように、飼い主が心置きなく自分を送れるように。

何て上手に逝ったんだろう。

温風ヒーターの前、ショートステイに出かける前日。母がずっと横にいた。

二人はお別れをすませていたんだね。

 

 

 

 

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ネコと認知症②

2025年09月01日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

東日本大震災の年は・・・地震の一日前に伯母が急死、4月に先代ネコ、5月に伯父を亡くしたとんでもない年だった。

そして伯母のお葬式の時「あれ?お母さんどうした?」と母の異変に気付いた。

始めは『言ってる事が2転3転する。修正がきかない。勘違い?が多い』からだった。

「身近にいる『娘』だけが気付く小さな変化を見逃すな」と言ったのは私の高校時代からの友人で、

お父さんのMCI(認知症の前段階)を見抜き、早めの受診で進行を遅らせた子。

同居していたお兄さんも兄嫁さんも気付かない、小さな変化に気付けるのはだよ、と彼女は言った。

 

ダンナも妹も気付かない、ちょっとした異変と言うより違和感。

親戚中を敵に回し、妹と一年以上絶縁状態になる私の母との戦いの始まりだった。

 

そんな時、小さなネコを拾った。

先代ネコを亡くして一年、色々な後悔、罪悪感から立ち直れなかった私の前に

「やり直せ」とでも言うようにもっともっと小さな子猫が現れた。

 

母のちょっとした違和感は・・・気にならなくなった。

二人でダンボール箱に入れた小さなネコを覗き込む。

先代ネコの時は一人暮らしだった母。

今回は同居した私達夫婦がいるので、ネコは2階。

ダンボール箱からケージに移してからも何度も覗きに来た母。

アニマルセラピーってあるんだねぇ。

2階の和室に放されて、ヨタヨタと歩き回るネコ。

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ネコと認知症

2025年08月30日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

これは楽しく書くはずのネコブログなので、今まで書かずにきましたが、

もうこのブログは終わりになるので・・母の認知症について少し書いておこうと思います。

 

現在「要介護1」の母のちょっとした異変に気付いたのは東日本大震災の年。

だからもうこのブログを書き始めた時にはMCIという認知前症状始まっていたのだな。

 

そして、それよりももっと前・・・。地震の10年くらい前・・・。

先代ネコが我が家に来た頃、何故か同じ質問(出かける時間は何時だった?みたいな)を何度もされるようになった。

今思えば、もうMCIが始まっていたのかも知れない。

そこに先代ネコが来た。

親戚の子が拾って、困って我が家に連れてきた。

当時独り暮らしだった母は、子猫を育てる事になったのだ。

そして、誰かの(ネコ)の面倒をみる、というのは一人暮らしのおばあさんのとても良い刺激になったのだと思う。

 

その子猫育てはみごとに失敗し(甘やかし過ぎ)りっぱな『噛みつきネコ』が育ったけれど、

このネコがいなければ母はもっと早く認知症が始まっていたのかも知れない。

我が家に来たばかりの先代ネコ。

キョーボーネコよりは大きかった。捨て猫らしく親戚の子の通学路に急に現れたらしい。

足をケガして、とても痩せていた・・・。

 

 

 

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もう一つの共通点

2025年08月29日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

私には好きな物がたくさんある。

登山だったり、マラソンだったり、旅行だったり、乗り物全般、遺跡、博物館・・・。

自分とはかけ離れた世界、たとえば自衛隊や皇族とか元華族な人たち・・。

色々なものに興味があって、好きだ。

 

ブログを通じて知り合った、相互フォローをしている人達。

ネコの他にもうひとつ共通点がある事に気付いた。

もしかして、と思っていたけど同業者だったとか、

お庭に同じ花があるな、だったり、

ひいきの野球チームがいっしょだ。

私の『色々が中途半端に好き』な性格のためもあるだろうけど・・・

人ってこうして引き合う物があるのかな。

年齢も近いんだよね。

不思議だな、と思う。

人の縁、ネコの縁・・・仕事先の現場にいた多分近所の外飼いのネコさん。

 

 

 

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手探りで続けてきたブログ

2025年08月28日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

書きたいときに書く。

でも、、、ずぼらな私は放りっぱなしになるんじゃない?

 

そのうち編集画面の『訪問者』数が増えてきた。嬉しかった。

せっかく来てくれても何も書いてないのはマズイか・・・。

アドバイスしてくれた人は「毎日書くといいよ」って。

無理だろそれは・・・。

 

いつのまにかリズムができた。

月~土に書いて日曜休み。お仕事みたい(笑)

日曜日の朝フォローしてある皆さんのを読ませてもらう。

 

そのリズムは最適だった。

夕飯のあとPC開いたついでに書く。書けない日もあるけど気にしない。

日曜日はなかなかダンナが起きて来ないし、朝は喫茶店でモーニング。

朝食の用意もお弁当もいらないから朝ゆっくりできる。

みなさんのブログをまとめてゆっくり読める。

 

楽しかった。

イカ耳。多分ダンナ相手に遊んでいて負けそうな時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年10月16日に初めて投稿

2025年08月26日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

2015年10月16日に初めて記事をアップした。

と、いう事はこのブログをパソコンの先生に教えてもらいながら作ったのはもう少し前だから・・・。

10月の初め頃・・・ちょうど10年で新規投稿が終わるのか。

ネコの話を書き続け、今年の1月『最後のネコ』を亡くした。

その年にgooのブログサービスが終了。

偶然なんだけども・・感慨深いなあ。

 

今、記事を読み直すと、まるで小学生の作文だ。

そして今もまったく進歩のない駄文だ。

特に読者を増やそうとせず、ひっそりと書いていた。

『gooのスタッフにアピールする』だけはチェックしていたな。

ちょうど『猫』がブームだったせいか、編集画面にある訪問者数が少しづつ増えていった。

 

誰かが読んでくれている・・・それがとても嬉しかった。

最初の頃のフォルダには拾ったばかりの300gの小さなネコばかり。

 

 

 

 

 

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このブログは人の力を借りて立ち上げた。

2025年08月25日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

10年前・・・個人的に苦手分野だけ教えてくれる「パソコンの先生」の家に友達にくっついて行っていた。

「パソコンの先生」というのはその友達のお母さんの知り合いで、もう一線を退いた何だかすごい人らしい。

だから、遊びに行く感覚でお菓子を持ってお邪魔するだけで授業料もいらなかった。

普通のパソコン教室はワードやエクセル、画像の加工とかの基礎。

個人的に今困ってる事を聞けるのはありがたかった。

数回通ったけれど、友達と予定が合わなくてやめてしまった・・・。

もしも先生が、例えば毎週一回時間をを決めて、ちゃんと授業料を取って教室を開いてくれたら通いたいな。

 

その数回の間に「ブログを開設したい」と言って教えてもらいながら始めたのがこのブログです。

何を書こうかと考えている時、我が家には『これが最後のネコ』と決めたキョーボーネコがいた。

そうだ、書くならネコだ。

私と暮らしていたネコ達だ。

私には高校生の頃からのネコ史があるじゃないか!

先代ネコ、お前の事も書くんだよ。

へぇ・・・。

 

 

 

 

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そしてブログというツールに出会った

2025年08月23日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

パソコンでネットを見るようになって、ブログを知った。

普通の人が普通に書いて、知らない人達が読む。

PCさえあれば、読むのは無料。最初の1行だけでやめてもいい。

あれ?なんか図書館の本に似ている?

それでいて、書いたものを公開するのは簡単だ。

自費出版なんて難しい事をしなくていい、書くのだってそんな大げさな物じゃなくていい。

活動家じゃなくても、麻薬と関係なくても。

自分史なんて何もないぞっていう普通のおばさんの、今日のおかずとか、お庭の花の話でいいんだ。

 

気軽に、何か書いてみたいと思った。

こんな雑草の花がとてもかわいいんだよって、それだけでも書いてみたいなと思った。

 

 

 

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私がブログを書こうとしたわけ②

2025年08月22日 | 日記

ご訪問ありがとうございます。

 

図書館に並べられた本は無料で読める。

タイトルで興味を持って借りて行って、つまらなければ1ページ読んだだけで返してもいい。

作者はペンネーム。知らない人。

感想を伝える事なく、通りすがりの読者・・・。

 

そこに並べられてる自費出版の本、お父さんが書いた子供の看病日記。「みゆきは星になった」・・・だったかな。

「二十歳の原点」は・・・確か学生運動家だった娘さんが残した日記だった。

「15歳の遺書」はアメリカの麻薬に溺れてしまった娘さんの日記の翻訳だったか・・・。

随分昔読んだのだから、覚え違いもあるだろうけど、彼女達の赤裸々な言葉を誰かに知ってもらおうと遺族が出版した。

 

他にもエッセイとか、自分史とか、「小説」ではない読み物が並んでいる。

そのいくつかは自費出版されたもの。

図書館なら・・・無料だから気軽に手に取ってもらえて、面白くなくてもそんなにがっかりされなくて、

これって書き手にとってもいいな。

 

まあ、私なんて自分史書けるような人生じゃないし、一生自費出版の本なんて書けないけどね。

知らないネコさん。

 

 

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