ある日の気づき

国連総会でのロシア非難決議の違法性

表題で「違法性」という言葉を使ったのは、別に冗談や悪ふざけではなく、単に事実だから。
そう複雑な話でもない。

命題1:国連総会に個別の武力紛争に対し法的判断を行う権限や機能はない。
命題2:特に、安全保障理事会が担当中の案件については勧告できない(国連憲章第12条)。
命題3:ロシアのウクライナへの武力行使は、国連憲章第51条「集団的自衛権」を根拠として
 実行された(←武力行使開始直前のプーチン演説↑)。
命題4:国連憲章第51条により、ロシアは安全保障理事会に「集団的自衛権」発動を報告した。
命題5:ロシアの報告により、今次ウクライナ紛争は安全保障理事会が担当中の案件となった。
命題6:命題2と命題5から、国連総会は今次ウクライナ紛争に対して、いかなる勧告を行う
 こともできない。
以上で、証明終了。念のため、関連する条文を以下で確認しておこう。

国連憲章テキスト | 国連広報センター

国連総会の機能や権限は国連憲章第4章に定義されている。最も基本的な条文は下記第10条。

「第10条
総会は、この憲章の範囲内にある問題若しくは事項又はこの憲章に規定する機関の権限及び
任務に関する問題若しくは事項を討議し、並びに、第12条に規定する場合を除く外、この
ような問題又は事項について国際連合加盟国若しくは安全保障理事会又はこの両者に対して
勧告をすることができる。」

「第12条に規定する場合を除いて「勧告」をすることができる」つまり、「第12条に規定する
場合には、国際連合加盟国若しくは安全保障理事会又はこの両者に対して勧告をすることは
できない。」事になる。問題の第12条の関連部分を見よう。

「第12条
安全保障理事会がこの憲章によって与えられた任務をいずれかの紛争又は事態について遂行して
いる間は、総会は、安全保障理事会が要請しない限り、この紛争又は事態について、いかなる
勧告もしてはならない。」

第51条の関連部分も見ておこう。

「第51条
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障
理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の
固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに
安全保障理事会に報告しなければならない。」

(*拒否権を持つ*ロシアが同意するはずがない以上)「安全保障理事会が(総会に)要請」
してはいない。
単にアメリカが動議を提出しただけに過ぎない以上、国連総会が「討議」することは可能だが、
「いかなる勧告もしてはならない」という第12条の規定に反する決議(=勧告)は違法である。
この結論が理不尽に思われるなら、それは勘違いだと指摘しておこう。国連憲章第4章を見れば、
国連総会の機能や権限が「立法機関」型である事は明らか。個別案件の違法性判断は、意味的に
「司法」に属する事柄で、基本的に安全保障理事会や国際司法裁判所の管轄となる。

何より重要な点は、「司法」においては、適正な手続きで、事実関係と法的事項の両面について
専門家による入念な検討を経た後でなければ、判断を下せないということだ。安全保障理事会は
「大国の責任ある振る舞い」、国際司法裁判所は「国際法の専門家の能力」により、最終判断の
妥当性を確保する(あるいは、少なくとも、そういう建前には、なっている)。

「国連総会での多数決」は司法判断になじまない。司法判断に必ず法的根拠の説明責任が伴う
ことは、国内法での裁判の判決に際し「主文」の読み上げ後、必ず「判決理由」の説明が続く
ことを思い出せば、すぐ分かるはずだ。そして、今回のロシア非難決議では、事実関係の確認
すらまともに行わず、いきなり採決に入っている。いつもは国会での「強行採決」を非難して
いる人々まで、この極端な「審議軽視」を問題視していないのは、奇妙なことだ。先の議論は
国連憲章の条文の細部の字句に依拠しているが、「法の一般原則」に常識レベルで注意すれば、
「即時撤退を求めるロシア非難決議」が、違法な「吊し上げ」/「人民裁判(悪い意味)」に
他ならないことは明らかなはずなのに、これは一体どうしたことなのだろうか。

別の観点からも、国際法の法的判断を「国連総会での多数決」にゆだねるわけにはいかないと
指摘しておこう。豊かな大国が多くの貧しい小国に圧力をかけて投票行動を変えさせることが
できるのは、厳然たる事実だからだ。

国益と援助の陥穽を考える | ODAジャーナリストのつぶやき | 国際協力・ODAについて - JICA

「vol.416 19 February 2018
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏
昨年末、トランプ大統領がテルアビブにある米大使館をエルサレムに移す準備を始めるよう指示
したことで、アラブ諸国をはじめとする世界が揺れた。トランプ政権の決定に国連も反応、年も
押し迫った12月21日、緊急会合を開催してエルサレムの首都認定を無効とする決議を賛成多数
(日本も賛成)で採択している。
米大使館のエルサレム移転は、同氏の選挙公約(ちなみにクリントン、ブッシュ(子)、オバマ
各氏も選挙運動中は移転を公約していた)でもあったから、いつかやるだろうとは思っていた。
だが、国連総会緊急会合で無効決議が採択されることが確実になった前日(12月20日)、決議に
賛成した国への援助打ち切りを仄めかす発言をしたことには、正直、驚いた。「我々から巨額の
援助を受けながら、我々の意に反する投票をする国には、援助停止することも考慮する」と
けん制したのだ。
これに続いてヘイリー米国連大使も投票前の総会演説で、「本日の投票で賛成した国が、今後、
米国に援助を求める時、我々は今日の行動を思い出すだろう」とダメ押しの圧力をかけた。」
「“脅し”が効いたせいか、採決では中南米、南太平洋の9か国が反対、メキシコ、フィリピン
など35か国が棄権、ミャンマー、モンゴルなど21か国が投票に参加せず、全世界から袋叩きに
会う事態は免れた。トランプ氏はこの結果に満足しているという。」
「アメリカは、1月16日、エルサレムの首都認定に反発したパレスチナへの報復措置として、
国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)」に対する拠出金約半額の支払い留保を発表して
いる。最大の支援国アメリカからの拠出金が凍結されたことで、食糧、医療、教育支援などが
滞り、すでに難民の暮らしに悪い影響が出ているという。」
「アメリカの対外援助は、伝統的に外交・安保益に繋がることを優先してきた。
時代を遡ると1970年代はベトナム、インド、パキスタン、韓国、1980年代はエジプト、
イスラエル、トルコ、バングラデシュ、1990年代はイスラエル、エジプト、フィリピン、
エル・サルバドルなどが二国間ODAの上位に名を連ねており、国益優先の援助政策は明快だ。
流れは現在も変わらない。」
「多額の援助を続けているパキスタンに対しても、米国のアフガニスタン戦略に反する動きを
しているとして、1月4日、テロ組織に断固たる措置をとるまで、軍事援助の凍結を発表して
いる。」

堂々と記録に残るような形で「圧力」をかけた事を公言したのは、「トランプ大統領だから」で、
普通なら「外交ルートを通じて」コッソリ伝えれば済む話。つまり、国連総会での投票は「買収」が
可能なわけだ。そのような場の投票結果で「(国家に)固有の権利(前記第51条)」である自衛権
揺るがせられない。

買収の件はおいても、国内法で「*絶対多数で決めた法律でも*基本的人権は侵害できない」事と
同様に考えるべき問題であるとも指摘しておく。国際法の第一原則は、国家主権尊重なのだから。
ただし、国際法では全ての国家に対し絶対的な強制力をもつ存在は想定されていない以上、
基本的に当事者間の合意こそが、武力紛争を解決する手段である。「国際社会(といいながら
西側諸国のみを指す言葉の誤用の横行には困ったものだが)」のすべき事は、紛争当事者間の
対話を促進すること。
一方への武器援助、武器購入や国際金融機関への借金返済に使われる資金の援助、他方への
「制裁(と称する戦争行為)」、違法な「非難決議」などに、対話を促進する効果などあろう
はずがない。

update: 2022-04-19 00:41 : フォントサイズ
update: 2022-04-19 02:03 : 表現修正:「決議」→決議(=勧告)
update: 2022-04-19 20:39 : 用語の Wikipedia リンクを追加
update: 2022-04-19 21:08 : 用語リンクを追加 (略語UNRWAは国連広報センター記事)
update: 2022-04-21 20:33 : 表現修正:命題2:何も→勧告
update: 2022-05-24 17:50 : タグ #国際法 を付与。
update: 2022-09-23 03:09 : リンク動作修正

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「国際法」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事