作品の肝(きも)であると思われたH成分が減退。
変身バンクしかその要素が無くなってしまった。
その代わり、この作品の描きたい事がぼんやりとながら
見えたような気がする。
指輪は継承されなければならないはずなのにそれを頑なに
拒む嬉子。刺客の如く現れたブルガも結局指輪を奪えず
その指輪の力に圧倒される。指輪は少女であり尚且つ
それを受け止める為の力が必要で嬉子にはそれがある。
ただ問題は嬉子は既に少女では無いという事でキスを拒む
ことにより少女であり続けようという姿勢だ。
一方、巽は仕事で「大人のやりとり」を見せられ、
子供っぽさというか大人になれていない自分を気付かされる。
作品の中では巽は大人にならなければならない。
少女であり続けようとする姿勢、大人になりたいという願望。
過去の多くの魔法少女ものではその辺りのカタルシスを変身という
形で昇華していたが、この作品では変身シーンはあるが、子供から
大人になったりしている訳では無い。という事でその辺りをどう描く
かが注目所であると思われる。
・・・いや、もちろんHなシーンで喜ぶのもアリですよ?w
変身バンクしかその要素が無くなってしまった。
その代わり、この作品の描きたい事がぼんやりとながら
見えたような気がする。
指輪は継承されなければならないはずなのにそれを頑なに
拒む嬉子。刺客の如く現れたブルガも結局指輪を奪えず
その指輪の力に圧倒される。指輪は少女であり尚且つ
それを受け止める為の力が必要で嬉子にはそれがある。
ただ問題は嬉子は既に少女では無いという事でキスを拒む
ことにより少女であり続けようという姿勢だ。
一方、巽は仕事で「大人のやりとり」を見せられ、
子供っぽさというか大人になれていない自分を気付かされる。
作品の中では巽は大人にならなければならない。
少女であり続けようとする姿勢、大人になりたいという願望。
過去の多くの魔法少女ものではその辺りのカタルシスを変身という
形で昇華していたが、この作品では変身シーンはあるが、子供から
大人になったりしている訳では無い。という事でその辺りをどう描く
かが注目所であると思われる。
・・・いや、もちろんHなシーンで喜ぶのもアリですよ?w