白血病闘病記は(1)で一旦終了します。

白血病闘病記(2)「再発編」は、後日掲載予定です。
少しの間、撮り溜めた写真をアップしていきます。

普通に生活できる幸せ。

2022-02-06 15:32:31 | 日記
 2017.9月

  従来の生活を早く取り戻すべく、日々がリハビリの連続だった。

  普通に生活できることがいかに幸せな事か、一日一日思う。

  加えて傷病手当の申請、会社とのやり取り、銀行、管理会社、

  インターネットの開通手続き等、やる事は結構あった。

  自宅療養といってもやはり病院とは違って、つい気が緩んでしまう瞬間は

  多々ある。

  今まで30年以上は、まず見る事のなかった時間帯、テレビ番組である。

  出勤時にはいつもの、おはよう系の番組をBGMに、朝食を済ませ

  歯磨きを終え鏡に向かう。

  持ち物は目をつぶっても取れる位置にある。

  中身は知れている。

  大したものは決して入っていないのである。

  一連の動作が細胞に刷り込まれたような生活を送っていた。

  そのBGMが以前とは異なり、今度は映像となって目の前に大きく

  広がった。

  ついつい引き込まれて終わりまで動けない。

  気づけばお昼前。

  そんなことは頻繁にあった。

  もちろんメディアはテレビだけではなく、ラジオ、音楽プレイヤー、

  撮り溜めた録画、そして何と言ってもインターネットである。

  今までは、仕事上の調べもの、休憩時間の楽しみ、帰宅後の旅行の検索、

  グルメの検索など、必要に駆られて向かっていたパソコンの周辺が、

  その時は畳1畳分のオフィスに変わっていた。

時給 ” 0円 ” の仕事

2022-01-31 05:34:54 | 日記
 2017.8月

  退院後の自宅療養は、自身の体力との勝負だった。

  筋力の超低下に加え、ちょっとした動作でも疲労感が半端ではないのだ。

  気晴らし、運動を兼ねて外出はするものの途中で疲労感が襲ってきて、

  へたりこみたい衝動に駆られる。

  座り込んでは歩き、また座りと休み休みである。

  ウインドウショッピングでもと思うが、たどり居つくころにはもう体力は

  残っていなかった。

  それでも休み休み歩く。

  帰宅するころにはなだれ込む様にソファーへ崩れる。

  最初の頃の食欲は久しぶりに対面する食べ物たちに遠慮はなかったが、

  慣れてくるとやはり体が反応するのか、便の出ぐあいがおかしくなって

  きた。

  退院時に処方されていた下剤、ピコスルファートナトリウムの出番が

  やって来た。

  お腹に溜めこむと、腸内菌がまだ免疫不充分な体を攻撃してくるのだ。

  極力溜め込みを防ぐため数滴を服用する。

  そんな事の繰り返しだった。

  その時の自分の仕事と言えば、時給 ” 0円 ” でいかに普通の生活を

  早く取り戻すこと以外なかったのである。

歓喜のダブルチーズバーガー。

2022-01-21 10:36:40 | 日記
 2017.08.16

  延べ5ヶ月に及ぶ入院生活が終了した。

  入院期間 2017.03/21~2017.08/16

  退院後は月1回のペースで、自宅療養と並行して通院が続いた。

  長期入院と投薬等の影響で、全身の筋肉が落ち(特に両足の筋肉)

  少しの動作で翌日の筋肉痛が酷くなる。

  外出は杖を突いての歩行が必要となり、3か月くらいはその状態が

  続いた。

  退院と言ってもあくまで治療の途中段階で、病室から自宅へ移動した

  だけのことである。

  ただ風景が変わるため、やはり気分的には開放感が半端ではない。

  完治したのだと勘違いしそうになるが、あくまで自宅療養である。

  朝昼夕の検温、血圧測定、尿・便の管理、薬の仕分け、服用と、

  することが山ほどある。

  運動を兼ねて食料品の買い物等、外出は楽しみの一つだ。

  そのほか医療保険の手続き、傷病手当の申請、見舞品の整理等も

  日課のひとつだ。

  そんな中、数か月ぶりに食べたマクドナルドのダブルチーズバーガーには

  全身の細胞組織1個1個が一斉に反応し歓喜の声を上げていた。

下界のフィールドアスレチック

2022-01-09 06:31:44 | 日記
( 昨年末からの微熱続きでお正月はほぼ冬眠状態。

 長い倦怠感のトンネルからようやく抜け出し、気づけばオミクロンの嵐。

 基礎疾患者には住みにくい世の中になっていた。)


 2017.08.14

  敗血症の心配をよそに、着々と退院に向けての準備がなされているような

  気がする。

  気のせいか、体が少し楽になっていた。

  多分気のせいだ。

  自分の意思とは関係なく、この日から主治医は不在になった。

  一週間ほど居ないまま途中下車での退院だ。


 2017.08.16

  晴れて?退院。

  この時は何故かほぼ平熱におさまり気分的に楽になっていた。

  (多分、気のせいとは思うが…)

  主治医に挨拶もできないまま病室を後にするのは、何か違和感があったが

  副主治医とお世話になった看護師さんたちにはお礼が言えた。

  仮退院の時とはまた違った感覚で、もうあの無機質で寂しい部屋に

  戻らなくていいのだ。と清々しい気持ちで病院をあとにした。

  家に向かう途中、タクシーの後部座席から外を眺めていた。

  やっと退院できた…もう病室に戻らなくていいんだ…

  病院食じゃないんだ…

  いろんな思いが頭の中を巡った。

  何故か、ごく普通の景色が新鮮に映り、建物、車、人、信号機、空、

  いろんな風景を確かめるように見ていた。

  病室から見る感覚とは違い、下界に降り立ったという感じがした。

  いつも上から見下ろしていたのと、ほぼ雑菌のない病室に置かれている

  自分の状況から、そこを勝手に下界と呼んでいた。

  免疫がまだ完全ではない体はすごく不安定で、杖なしでは歩けない。

  ましてや階段などは一段も登れる気がしなかった。

  やっと到着した家の中は、その時の自分にとってはまさに

  フィールドアスレチックだった。

スーパー菌の活躍。

2021-12-17 22:25:29 | 日記
 2017.08.11

  敗血症…意味が分からなかった。

  軽度ならまだしも、重度の敗血症にかかると死に至る場合もある。

  キーワード検索をすると、出てくる内容が恐ろしくて読めない。

  自分の血中に何かしらの菌が紛れ込んでいるのか…

  でもどこから紛れ込んだのか。

  食事?

  いや、毎回栄養士さんが考えて出してくれているレシピだ。

  そんな事あるはずがない。

  持ち込んだ飲料系?

  いや、これは持ち込む度にしつこいくらいに、看護師さんに確認を

  してもらっている。

  ペットボトルの水、お茶は必ず紙コップに注いで飲む。

  24時間以内に飲み干し、飲み残しは廃棄する。

  これを徹底している。

  (一度キャップを開けると、空気中の菌がキャップに付着し、

   それが体内に入り込むのである。)

  まず問題はない。

  持ち込んだ食料品?

  カップラーメンなど捕食系は、製造過程で菌の入り込む余地など無い為

  問題はない。

  持ち込んだ通信機器系?

  これも持ち込む度にアルコール綿で機器全体を払拭し、付着した菌を

  そこで死滅させるのである。

  本、雑誌、マット類などは持ち込み禁止だ。

  紙面に付着した菌が舞い上がる。

  マット類は、空気中の浮遊物が舞い落ちてそこに付着し、それを

  吸い込んで体内に取り込んでしまう。

  これだけ神経を使い、徹底しているのだ。

  まず菌の入り込む可能性は少ないだろう。

  それともよほど運動神経のいいスーパー菌が、様々な難関をクリアーして

  目的地に辿り着いたのだろうか。

  ただどれほど運動神経のいいスーパー菌であっても、その宿である体が

  運動神経ゼロだと力を発揮できないだろう。

  あらゆる菌の感染経路を模索する。

  副主治医から2~3日後に、ひとつの可能性の説明があった。

  カテーテルを抜く際に一瞬挿入口との間に隙ができる為、そこから雑菌が

  侵入したのではとの見解だった。

  びっくりしたのと同時に、そんな事で菌は侵入するのだと痛感した。

  退院日に変更の兆しはなく、ただただ点滴による抗生剤の投与で、菌が

  衰退するまで頑張るしかなかった。

  これに輪を掛けるかのように、主治医が不在になることを告げられた。