チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ

人生の半分を過去に生きることがクラシック音楽好きのサダメなんでしょうか?

ショパンがユダヤ人?(初耳)

2014-06-23 18:25:20 | 音楽史の疑問

「音楽現代1979年6月号」では「ショパンに関する48章」という特集が組まれており、その中に有馬茂夫氏(2011年に82歳で亡くなられました)による「ショパンはユダヤ人か?」という記事があってびっくり。

要約すると、ショパンの父であるニコラ・ショパン(1771-1844)が次の4つの疑問からユダヤ人ではなかったかと推論されているのです。

1.ニコラは16歳の1787(1788?)年フランス革命の前年にフランスからポーランドへ移った。革命直前のフランスにおいて、革命近きがゆえにフランスを逃れる必然性は何があったか?しかもなぜ家族はそのままで一人だけ?

→近づく革命によって何らかのインパクトを受けたのであろう。車大工(ニコラの父親、つまりショパンの祖父の職業)は当時ではユダヤ人に特に多い職業であった。ところで当時のポーランドはユダヤ系の人々にとってもヨーロッパで最も住み易い場所の一つで、多くのユダヤ人がそこに集まっていた。宗教的政治的インパクトが少なかったからである。当時ポーランドへ移ることが、ロレーヌあたりの社会で何を意味していたのか、の背景を調べる必要がある。


2.ニコラがポーランドへ移った理由は伝記によると革命軍にとられるのを避けた、あるいは家庭の事情ということになっているが、「家庭の事情」の実態とは?

→ニコラがワルシャワからフランスのロレーヌの実家へ一度だけ手紙(1790年9月15日付)を書いたところ(彼は故国を捨てた、と理解されていたが、この手紙の発見によってそれは覆された)、家族はそれを握りつぶし、ニコラの父親(ショパンの祖父)は彼を除いた娘二人に遺産を相続させた。この手紙の握りつぶしは遺産を相続させない為の手段とされているが、果たしてそうであろうか。前の問題とからめて、「家出」をした息子がポーランドへ転出したことで何かがバレる、それがバレると家族がそれまで営々と築いてきた地位が崩れる、という不安と配慮があったのではないか。身元の割れているユダヤ人とそれを隠しているユダヤ人との間の葛藤は、想像を絶するものがあるのである。


3.ニコラの宗教はその母親の強い希望にもかかわらずキリスト教でなく自然宗教だった。何故か?

→キリスト教を基調としたヨーロッパ、カトリックを基調としたフランスで、自然宗教というのは何を意味するか。簡単に言うと、信じないのではない、信じている、しかし、隣人と同じ神であるか否かについては言わない、という、消極的な表現である。ユダヤ人はキリストの父といわれるヤーヴェは信ずるがキリストは信じない。キリスト信者にとってもユダヤ人にとっても共通に理解できる部分はこの世を、自然を、摂理をつくった創造主の存在である。そういえばハイドンの「天地創造」のテーマがそうであったし、ベートーヴェンも自然宗教の徒であった。キリスト信者ではないという部分を自然宗教という表現で主張しているのである。この主張をキリスト教に対してヨーロッパで行う必要のある立場の人は、ユダヤ人しかいない。切羽詰まった表現なのである。


4.音楽家ショパンは少年だったある日、父の部屋で偶然にフリーメイソンの服を発見する。なぜ父ニコラはフリーメイソンに属したのか?

→なぜか?それは何を意味するのか?【がくっ】


。。。ということで有馬氏は結論として、ショパンの父親の家系をキリスト教に帰依することによってフランスの社会に順応してきたが内面でのユダヤの信仰は失っていなかったユダヤ人だとしています。
さらに、こうも書かれています。「ポーランド生まれの二世であった音楽家ショパンは恐らくそれを意識していなかっただろう。しかしショパンがウィーンやパリでメンデルスゾーン、シューマン、ハイネなどユダヤ系の人々に異常に支持されていたのをみると、何かの脈略がそこに通っていうたのではないかと想像するのである。」


えーっ、シューマンもユダヤ人だったんですか!?それこそ初耳。ハイドン、ベートーヴェンまでユダヤ人になっちゃいそうな勢いですね。他の書籍でブラームスもBrahmsという名前がAbrahamから来ているとか、晩年のヒゲ等を根拠にユダヤ人説(※)があることを読んだことがありますが、誰でもかれでもユダヤ人にしたがる一派が存在するんでしょうか。まー、音楽が素晴らしければ別に何ジンでもいいどぅえす。

どっちにせよショパンはいまだに確定できない生年月日とか謎が多いですね。。最近の研究成果をちょっと調べてみます。

 

(追記)※ネット情報によるとこの説も有馬氏によるようです。