マイケル・サンデル先生の新刊が出た。前著の「これからの『正義』の話をしよう」では現代社会で論争となっている主義主張がどのような道徳的哲学的根拠に立っているかを、具体的な論争例や架空の物語を通じて明確に分類してみせた。
これからの「正義」の話をしよう ― マイケル・サンデル
『本書の真価は、激しい論争となっている諸問題(戦争責任、中絶問題、課税問題など)において感情的議論に隠されて見失いがちな論拠を、「三大理念」としてクリアに抽出してみせたという点にあると思う。』
哲学の「三大理念」とは、幸福の最大化(功利主義)、自由と自律の尊重、そして善と美徳の涵養(アリストテレス主義)のことだ。前著でサンデル先生は功利主義や自由主義に反証しながら、最終的には連帯の責務(コミュニタリアニズム)の思想を提示する。このようなサンデル思想に賛同するかどうかは別として、現代の諸問題を考える上では、「サンデル式分析法」とも言うべき正義の考え方は僕の思考のベースとなった。何回でも読み返したい本の一つだ。なお、最近は文庫版も出て手に入れやすくなった。
さて、サンデル先生の新刊「それをお金で買いますか」においては、あらゆるものがカネで取引される「市場主義」に焦点が当てられる。
原題は「What Money Can't Buy」=「カネで買えないもの」である。友人やノーベル賞は、間違いなくお金では買えない。この時点で既にカネでは買えない善や価値が存在することが理解できる。しかし、自由市場の効率性に基づいて腎臓や子供をカネで買えるとしたら、果たしてそうすべきだろうか?
サンデル先生はお得意の分析法を駆使して、市場で売りに出されている数多くのモノや権利の例を挙げて、市場主義の欠陥を暴いてゆく。それは二つの観点に集約される。(1) 売買が自由意志ではなく必然的に不公平になってしまうという公正の観点と、(2) 売買されることによって本来の善や価値が見失われてしまうという腐敗の観点である。
以前ホリエモンが「人の心はお金で買える」と豪語していたような拝金主義が必然的に不公正に行き着くことは、以前本ブログでもテーマにしてきたことだ。
拝金主義の「正義」の話をしよう
それは、「お金で何でも買える」ところの自由市場が「不正義」の問題を本質的に含んでおり、拝金主義の背後に隠れているその不正義を我々が敏感に感じ取るからだ。それは「自由市場は本当に自由であるのか」という問題に係る。
サンデル先生はこの批判に加えて、お金で売買してはならない社会的善や公共的価値の存在を指摘する。そのものの本来の目的は何であるかを考えるというアリストテレス主義からの批判とも言える。そしてこのような公共善の考えはサンデル先生の主張するコミュニタリアニズムにも一貫して繋がる。
本書の結論は再び原題に帰る。「What Money Can't(=Shouldn't) Buy (お金で買ってはならないもの)」。市場主義 vs. 公共善の対立は、これからも様々な場面で登場するだろう。本書はそれを考える際の強固な足場を作ってくれる。