
少し前までその感覚がずっと身体の表面を覆っていた。身にまとう物がなにもない辛さを味わいながら、僕は寒さに身を縮めていた。浅い眠りと寒さに縛りつけられ、心身の不協和音に満たされるあてもなく耐えつづけた。
しかしどうやら寒さは遠のきだしたようだ。辺りに日差しと暖かい空気が満ちてきだし、身体が徐々に温もりだした。縮かんだ身体の皮膚や指先が少しずつほぐれだしたのがわかる。
眠りの中で氷の敷き詰められたような部屋にいる感覚にずっと付きまとわれていた。ピコはどうして布団もないようなこんな場所に僕を連れてきたのだろう。理由をといただそうとしても声も姿も見せなかった。彼女は平気でも自分は寒さに弱い。湿気の充満したあの部屋の反動だとしてもこれじゃあまりにひどすぎるんじゃないか、なんて彼女に恨めしい思いを抱いたりした。
だけどどうやらこれでひと安心だ。
夢が寒さにやられず、待望の朝を迎えられそうなのが嬉しい。
安心したら本当の睡魔が急に襲ってきた。ここがどこだってかまわない。休日の朝のように、あともう少しだけ寝ることにしよう。横にころがってしまいそうな自分をかろうじて抑えながら、組んだ腕をぎゅっと引きしめなおした。
「あと少しだけ・・・」
そしてうつらうつらと朝の夢に見舞われだした頃、僕のまわりが何だか騒がしくなった。その騒がしさは目の前を通過していく感じではない。嵐で寄せてくる大波のように自分めがけて迫ってくる感じだ。
騒がしさが恐怖にかわって目をあけた。僕はあんぐりとなった。思わず目をこすった。目の前に生じている状況はのんびり寝ているどころではなかった。
見知らぬ人たちが列をつくり、何やら言い交わしながらこっちに好奇の目を向けているではないか。この連中はいったい何なのだ。どうして僕の前に集まり列をなしている?
地べたに座り込んでいる自分に顔が赤くなった。周囲を見回し、これらの事情を理解しようと必死になった。
見覚えのない建物、見覚えはあるがわからない文字、目の前では見知らぬ人々がだんごのように顔を並べている。
「どこの子供だ」
「ててなしごのような感じもするが」
彼らが話すのを耳にして、あっ、と思った。さっぱり、わからない言葉をしゃべっているのに、その内容がわかるというのも妙なことだ。
「さては、目的地に着いたのか」
身体の底の方から、喜悦に似た感情が染み出てくるのを覚える。
残るエネルギーの関係でよほどのことがない限り、自分はしゃしゃり出てこない、しゃしゃり出てきたところでおじちゃんの運命はかえられないから、とピコは言った。
ピコは現れず、僕が何の異変も覚えないのは、行程が順調だからに違いない。
通りから斜めにさしこんだ日差しが足もとを照らしている。日差しの強さは初夏のものだ。それなのにどうして僕は眠りの中で寒さを覚えていたのだろう。大陸の夜は特別な寒さを持っているってことなのか。
目の前の連中は相変わらずぺちゃくちゃやっている。
「ここで夜を過ごした感じだ。ストレートチルドレンかもしれんな」
「いや、そんな感じではないぞ。着ているジャージを見ろ。洗い立てのものを着ている」
「女の子か? 赤いフリルに青い薔薇のついた帽子をかぶってるぞ」
「そうじゃないだろう。母親の趣味がこの子に反映しているんじゃないか」
「しかし・・・ほんとに子供なのか? 何だか、顔がひねているようにも見えるぞ」
「子供だろうよ。こんな小さな大人がいるもんか。しかし待てよ。年のいったジジィってこともありえない顔じゃないな」
どっと笑い声があがる。
図星を指された僕は下を向いた。頭にかぶった帽子を取ると、やっぱり子供じゃないか、とどよめきに似た声があがった。僕はハゲじゃなかった頭にほっと息をつく。
帽子を握った自分の手を見つめた。ふっくらとして白い、小さな手だ。静脈も手の甲に浮き上がることはなく、皮膚の下に沈んでいる。僕は自分の置かれた状況を少しずつ飲みこみだした。
ひょっとして写真のあの時代に戻ったところからピコは僕をこの旅に送り出したわけなのか。
まったく、こんな幼い姿で僕は本当に彼女に会えるのだろうか?
あれこれ考えをめぐらしながらも、僕は連中の話を聞き続けた。何、好き勝手なことをいっているんだ、と思ったりもしたが、黙って無表情をつらぬき通した。
するうち、夫婦連れみたいな男女が僕に近づき、女の人が話しかけてきた。
「坊や、どうしたの? 親とはぐれてしまったのかい?」
僕は女の人を黙って見つめ返した。
「おや、なんだい・・・口がきけないのかい」
今度は男の人が話しかけてきた。
「おい、坊主。何とか言ったらどうだ。そこはパン屋さんでもうじき店があくのだ。そうしていては店の迷惑になるぞ」
僕はびっくりして後ろを振り返った。この目にキムヨナ選手の大きなポスターが目に飛び込んできた。
軽い興奮に見舞われながら僕は上気した声を発した。
「僕、キムヨナ選手に会いにきたんです」
すると、目の前の人たちの顔は驚きで唖然とした表情に彩られた。
ややあって、一人の女が笑いながら言った。
「坊やは一人で日本からやってきて、ここで夜を明かしたというのかい?」
「違うよ」
僕はそう答えて立ち上がった。 お尻の汚れを手で払った。
この人たちとのんびり対話している時間などはない。ともかく彼女に会いに行くことを始めねばならない。
「僕、用があるのでこれで失礼します」
僕はつかつか進んで人混みを分けた。通りを向こうにわたった。そこから町中の様子を感じ取り、ピコがアンテナだといった気持ちの働く方向めざして走り出した。
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