2016年3月に東京都千代田区にある講談社で行われた「ジャーナリズム・イノベーション・アワード2016」。「大津WEB新報」は、このイベントに初めて出展したメディアの1つで、オンラインの調査報道に取り組んでいる。【山下雄太郎】
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中心メンバーは2人。毎日新聞・共同通信の元記者で、現在は同志社大学メディア学部で教壇に立つ小黒純さん。そして大津市地域福祉計画の策定委員などを務め、大津市の自治連合会(町内会のようなもの)の運営に疑問を持ち、調べるようになった社会福祉士の大井美夏子さんだ。
権力監視の「ウォッチドッグ」
大津WEB新報は大津市民の税金がどのように使われているのか、情報公開制度を使い、調査・分析している。わからないことがあれば市の担当職員に直接問い合わせてみる…。自分たちの地域で、何が起きているのか、どんな問題があるのかを調査して、WEB上に公開している。
まさに権力を監視する「ウォッチドッグ」の役割。大手メディアへの情報提供も行っているという。新聞・テレビで報道しない地域のニュースの担い手となっている。
例えば、大津市民がボランティアで参加する「琵琶湖市民清掃」というイベントがある。主催の任意団体である「琵琶湖を美しくする運動実践本部」には、大津市の職員が役員として参加している。
補助金の垂れ流し 黙認する大津市
しかし、調査の結果、その団体の責任者が自分あての謝礼金を補助金から出しているばかりでなく、会食の費用もそこから出していることなどが次々とわかった。
さらに調査によって、大津市がパッカー車を1台も稼働せず、補助金を利用し、無許可業者に運搬させていた事実が明らかになった。しかも大津市はそれを黙認していた。大津WEB新報はこの件について大体的に報道している。
こうした行政に対する疑問を市民目線で報じている大津WEB新報。同媒体の調査記者で社会福祉士でもある大井美夏子さんにお話を伺った。もともと地域のボランティア活動をしていたものの、大津市の施策について疑問をもっていたという。
大井さんは福祉関連のイベントの際に、小黒純さんと出会い、市の情報公開制度を利用。市政や補助金について深く調べるようになる。またそこからおかしいと思う点が次々と見つかり、テーマによっては市の職員にその内実を直接聞くことになる。
「大津市の越直美市長は行政改革をスローガンにかかげていますが、実態は違うのでは」と大井さん。待機児童ゼロについての施策も不十分だとしている。
「市民の血税を有効に使え」
大津WEB新報が繰り返し批判したせいなのか、大津市は今年度から「琵琶湖市民清掃」の運営方法を大幅に変える方針だ。しかし、なぜ変えるのかを明らかにしていない。「説明責任を果たすべきです」と大井さんは語っている。
「市民感覚で『おかしい』と思ったことについて、調査して記事を書いています。『事実だけをきっちり書く』ことを肝に銘じています」(大井さん)。記事が感情的になっていないか、証拠に基づいて事実のみが書かれているか、小黒さんがデスク役でチェックしているという。
ただ、単なる「事実の追及」がしたいわけではない。「本当に有効にお金を使うにはどうしたらよいのか、まともな職員にきっちり考えてもらいたい」と大井さん。行政に収めた市民の税金を、公正に、どういうふうに使うのか、行政のプロとして考えてもらいたいという願いは強い。
小黒さんにも、大津WEB新報の取り組みを伺った。2014年の発足当時、「すでに大津市自治会に『様々な問題があるのでは』という声が上がっていた」と小黒さん。「本当に問題があるのなら情報公開制度も活用して、関連の公文書を集めて、分析したらどうだろうか」と大井さんに伝えたという。
大井さんは従来から福祉の問題にすでに関わっており、市民から預かっている税金が福祉に十分回っていないのではという問題意識があった。そこで小黒さんがライフワークにしている情報公開制度を使い、調査報道を行うという手法を提案、大井さんが「使い方」をマスターしていった。
書かない新聞 「誰かがやるしかない」
インターネットが日常的な伝達手段となったからこそ「WEBメディアで伝える」という手段が生きたといえよう。これまではマスメディアである新聞やテレビで報道してもらえなければ、声を届けることはできなかった。まさにネットの時代だからできるようになったわけだ。
「書かないなら、誰かがやるしかない。誰もやらないから私たちがたまたまやっている」(小黒さん)。ただ、こうした報道は、そもそも新聞・テレビといったメディアが問題として取り上げるべき内容だと言える。
「行政とマスメディアの関係」というのは古くからジャーナリズムの課題だ。取材先とどれだけの距離をとるかがメディアにとって大事となる。しかし「基本は是々非々」と小黒さん。良いことは良いと書けばいいし、問題になったときには「問題だ」と伝える必要があるというわけだ。
新聞やテレビといったメディアも「もう少し関心を持ってもらえたら」と小黒さん。マスメディアと対立しているわけではなく、パナマ文書のように多くのメディアが連携できればと考えているという。
今後の調査対象は、待機児童問題
WEBメディアであれば未来永劫、ニュース記事が残ることも大きい。マスメディアの反応が悪くても、何年後かには「この時代にこういうことを問題にしていた市民がいたんだ。新聞やテレビがほとんど報じなかったのに」という、価値のある記録になるだろう。当然「当時、行政や自治会には問題があった」という事実も記録として残されていく。
小黒さんは、「コツコツやっていきたい。エンタメ的な要素があるような話題ではない。しかし『硬い記事は硬い記事』で、読む人が読めばわかるはず。ただもっともっと様々な工夫はしなければならないと思う」と話している。
今後は、当面、大津市の待機児童など、「問題にすべきことは取り上げていく」方針。「おかしいことはおかしい」と説く、地域メディア「大津WEB新報」の一挙手一投足に今後も注目したい。
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