城東の甍

宗岳寺からのお知らせです。ときどき更新します。

東京出張から帰る

2010年06月19日 | 曹洞宗
月曜から梅花流の講習で東京の曹洞宗本部に行ってきました。当初の予定では日曜に空路東京入りし一泊してから臨む予定だったんですが、日曜に急用が入ったので、便をキャンセルし、寝台特急に乗って月曜の朝に着きました。その寝台特急は四国と出雲から出ている「サンライズ瀬戸・出雲」というのですが(わたしは岡山から乗車)、寝台ではなく指定席でも寝心地は最高によかったです。横になれるし、電車からの眺めもいいですし、次からは東京にでかける際はこれにしようかな。
5日連続の講習。もう4回目なのですっかり慣れてしまいました。あとは毎日のように練習を繰り返すのが大事です。いい先生に教えていただいて幸せ者です。

御授戒会

2010年05月14日 | 曹洞宗
 御授戒というのは、お釈迦様から伝わった仏法と戒めを、戒師から戒弟に授けるとともに、五日間の修行を行うことによって、自らの仏性に目覚め、身も心もほとけさまになっていただくという、宗門で最も重要な法要のひとつです。
 9日より大寧寺(山口県長門市)で始まった、報恩大授戒会では、大本山總持寺を代表して前貫首・板橋興宗禅師にお越しいただき、約170名の戒弟さんが五日間の修行を行いました。拙寺からもお二人が参加されました。
 わたしは直壇(じきだん)寮といって、戒弟さんの受付からお世話から、道場の加行が滞りなく終わるように進めていく、最も重要なポストで随喜させていただきました。授戒会の経験に乏しかったわたしですが、こんな重要な役をいきなりいただいて当初は戸惑ったりもしました。ほとんどずっと法堂に出ずっぱりで、ミーティングも毎晩ありましたので、朝早くから夜遅くまで、じゅうぶんに休む暇もなかったのですが、それはそれで良い修行をさせていただきました。1週間同じ寮で過ごしたみなさんの中には本山(總持寺)の授戒会で直壇を何年もされているベテランの方もいらっしゃって、いろいろ教えていただきましたし、戒会が終わるころには寂しさまで覚えたほどです。
 典座(てんぞ)寮のお坊さん方の精進料理も工夫がこなされていましたし、地元・湯本温泉で毎晩いただいた温もりのお湯。寺院方も戒弟のみなさんもたいへん満足されたことと思います。戒弟のみなさんにとっては、五日間朝から晩まで行持が続き、体調管理もたいへんだったと思いますが、よくついてこられたと思います。おめでとうございます。
 最終日の「完戒上堂」では、戒師禅師さまが須弥壇に上られ、禅問答が繰り広げられました。わたしも、禅師さまと直に禅問答ができる機会もめったにないだろうと思って、問者のひとりとして参加いたしました。
 二日目、三日目には雨も降りましたが、禅師さまをお見送りするころにはすっかり五月晴れ。後片付けまでお手伝いして、一泊してから8日ぶりに帰熊しました。
 また近くのお寺、ご縁あるお寺でお授戒が行われることがあれば、今回の経験を糧に、ぜひまた修行いたしたいと思います。

 ちなみに、この五日間の戒会中、写真は一枚も撮っていません。カメラは携えていったのですが、撮る暇もなかったというのが実情です。あしからずご了承ください。

法祖父忌

2010年01月19日 | 曹洞宗
1月19日は、うちの師匠の師匠の亡くなられた日です。法の上ではおじいちゃんになります。今日は本堂にてそのご供養をさせていただきました。参同契というお経をお読みし、丁寧に三拝しました。
残念ながらお会いしたこともありませんが、たいへん厳しい方だったそうです。しかし、わが師匠を子供のときから面倒を見て学校にも行かせ、本山(総持寺)にも修行に出し、一人前に育ててくださった大恩ある方で、その方の法を継いでいるのだという自覚を自分もいっときも忘れてはいけないと肝に銘じております。


七草粥と開山忌

2010年01月07日 | 曹洞宗
1633年の今日は、うちのお寺を開かれた「御開山」和尚の亡くなられた日で、「開山忌」といいます。仏法をひろめ、衆生をすくわんとし、仏法の根本道場としてのお寺の礎を築いてくださった方の命日です。蜜湯、お菓子、お茶などに加え、たまたま「七草」の日ですので、昨日から時間かけてこしらえた七草粥をお供えし、御開山への報恩の気持ちをこめました。
今日はわたし一人(とおまいりの檀家さん)で行いましたが、何年かに一度はもっと大規模に、御寺院さんたちによる「出班焼香」という丁寧な供養ができないかと思案しているところです。
ともあれ、この開山忌の法要をさせていただくと、「自分も御開山の法を継いだ者として、しっかりやらなきゃ」と気分が引き締まります。

大本山に参拝

2009年11月08日 | 曹洞宗
先週末、お檀家さんや他寺院の方丈様も一緒に大本山総持寺に参拝してきました。わたしにとっては数年ぶりの参拝です。夕方に到着して、雲水の案内で諸堂拝観。前回訪れたときもそうでしたが、いちばん印象に残っているのは「百間廊下」と呼ばれる長い回廊です。さすが一日2回雲水が丁寧に雑巾がけをしているだけあって、ピカピカに光っています。
二日目は朝3時半に起きて坐禅と朝課。朝課や供養が行われた、千畳敷きの「太祖堂」はとにかく広いです。永平寺の本堂と比べてもビッグサイズです。
再来年が、能登から横浜市鶴見に移転して100周年になります。宗祖の教えをここまで伝えてこられた歴代祖師の遺徳と、総持寺をここまで護ってこられた先人の功績に、ただ感謝の思いです。

総持寺参拝の前には群馬県の少林山達磨寺(黄檗宗)や茂林寺(曹洞宗)にも参拝してきました。茂林寺は、宗岳寺のかつての住職のお弟子さんが住職を勤めておられたことがあるという関係もあり、ゆかりが深いお寺ですが、一般には「分福茶釜」伝説のお寺として知られています。ご住職が温かくお迎えくださり、丁寧に説明もいただきました。山門の両側の狸の像が実にかわいらしく、いずれうちの子供を連れてまたお参りしたいです。



梅花流のお勉強

2009年06月19日 | 曹洞宗
月曜からの五日間、東京の曹洞宗の本部で行なわれた、梅花流詠讃歌の師範の養成所というところに行ってきました。
梅花流というのは、うちの宗門の仏教音楽で、お釈迦さまの教えを七五調もしくは短歌にまとめ、それを鈴(れい)と鉦(しょう)という楽器を使って、独特の旋律で歌うものです。
全国から80人のお坊さんが一堂に会し、朝早くから夜まで連続五日間特訓を受けるというやつです。それを何度か受けて二年間頑張ったら一定の資格を得られる
というシステムで、自ら希望して受講しました。
一日ずっと座りっぱなし、声を出しっぱなしでハードなところもありましたが、一日の講習を終わったときは充実感でいっぱいで、全国から集まった同行の仲間のみなさんとも交流を深めることができ、受講してよかったと思いました。
次回は10月です。今から楽しみです。

永平寺展

2009年03月29日 | 曹洞宗
こんど熊本市の鶴屋百貨店さんで「道元禅師の教えと永平寺展」というのが開催されます。
道元禅師にまつわるさまざまな遺品が展示されるほか、来場者のみなさんへの坐禅指導や法話、花祭り法要などが催されます。

聞いたところによると、16年ほど前にも同じイベントを開催し、大盛況だったとか。ぜひもう一度ということで鶴屋さんから打診があったみたいです。
わたしも何日間かはスタッフで会場に居ると思いますが、わたし自身がこういうイベント初体験ですので、けっこう楽しみにしています。
期間は4月4日から12日までの予定です。

永平寺に参拝しました

2008年11月16日 | 曹洞宗
昨日より、宗務所主催の団体参拝で、福井県の大本山永平寺におまいりしております。全体で50人以上、そのうち、うちのお檀家さんは6人、お坊さんはわたしを含めて5人という団体でした。
中部国際空港からバスをチャーターして永平寺へ。わたしにとっては5年ぶりの本山拝登です。

薬石のあと、引率の立場の住職たちは部屋でゆっくりできましたが、お檀家さんたちはさっそく夜から大講堂に集められ、坐禅に法話、ビデオ鑑賞。まさしくふつうの旅行と違った、「修行する旅」です。9時になってようやくお風呂に入って休むことができたようです。
次の日の朝は4時前に起床して、坐禅のあと、法堂にて大勢の雲水さんたちの読経による供養。この日はほかにも団体で参拝していたお寺さんが多くて、供養だけで1時間ぐらいかかったようです。
このあと、雲水さんの案内による諸堂拝観。外はまだ真っ暗で、空気も冷たい。しかし、そこが永平寺クオリティ。そんな早朝から雲水さんもいそがしそうに動きます。参加したお檀家さんに後で聞いたら、「夜はなかなか寝つかれなかった」とか「2時ごろ目がさめてしまった」とかいう声が聞かれました。本山におまいりして貴重な体験をすることができた喜びでいっぱいだったようです。

わたしはというと、夜は一緒に来たお坊さん仲間と一緒にすごしました。熊本のお寺から修行に入っている雲水さん数人にも会いました。次の朝もゆっくりしようと思えばできたのだけど、せっかく永平寺に来てるのだからと思って、修行僧が寝泊りし、坐禅をする「僧堂」の外単にて一緒に坐禅をしました。

小食、記念撮影のあと、永平寺を後にし、越前市にある御誕生寺へ。大本山総持寺の前貫首・板橋興宗禅師が建てられたお寺です。郊外の山野を切り開いてできたお寺で、一部伽藍がまだ建設中のところもありました。
禅師は運よくいらっしゃいました。お檀家さんたちも御法話を聴聞することができて幸せでしたね。

この晩は信州まで足を伸ばし、諏訪湖の湖畔のホテルに泊まりました。




教区会

2008年05月27日 | 曹洞宗
今日は教区のお寺さんが集まって会議があった。教区長さんから会場を貸してとお願いされておったので、うちのお寺のホールの一角を使っていただいた。
先代住職の代に落慶した会館が、多くのお寺さん方のお役に立ち、こういうときにはやはり喜びを感じる。

さて、人権学習のビデオを見る時間があった。テーマは内山愚童師。明治の末期の曹洞宗の僧侶で、神奈川県の林泉寺の住職、そして社会主義運動家でもあった。
時の桂太郎内閣が社会主義運動の一斉弾圧を進めていた折に、「明治天皇暗殺計画」が発覚し、刑法の大逆罪により、関わりが疑われる者を徹底して検挙しようということで、愚童師も連座、まともな取り調べもされないままに処刑されてしまった。そればかりでなく、当時の曹洞宗も国家の体制に迎合し、愚童師を教団から永久追放という厳しい処分を下したのである。
愚童師はお寺のある大平台村の村民の貧しさ、小作農民の生活の困窮を目の当たりにしていた。自らもお檀家さんからのわずかな援助のほか、内職と托鉢とで糊口をしのいでいたという。民衆の苦しみを自ら痛みとして背負う、同事行の実践者であった。
そんな愚童師が、戦後数十年もたった平成五年、時の林泉寺住職さんの「名誉回復を求める嘆願」によってようやく僧籍復帰がなされた。

わたしは以前から愚童師のことはかろうじて知ってはいたが、今回あらためて少し詳しく勉強できた。もし林泉寺住職さんによる嘆願がなければ、いまだに宗門でも復権がなされないままだったかもしれない。遅きに失したとはいえ、愚童師がされてきた、差別をなくし、人権を確立し、平和の実現のために動いてこられたその事績が評価され、顕彰費建立にまで至ったのは宗門の快挙であると思う。
お坊さんに限らず、人というものは、同じ行為をしていても、それをどう評価するかは、人により、時代により、環境により、国家の体制により違いが出てくるものだ。しかし、仏教者の歩むべき道はいかなる状況下でも「真実はひとつだけ」なのかもしれない。それを追い求めていくのが菩薩の姿であろう。

花祭り法要

2008年04月13日 | 曹洞宗
4月8日の花祭り。その当日は自坊でおつとめと法話を行いました。多くのお参りをいただき、感謝いたしております。花御堂と誕生仏を準備するのももう例年のことですからすっかり慣れました(そういえば去年は先住の葬儀やら何やらがあって中止にしました)。花御堂の荘厳には多少手間がかかりますが、一年に一度だけのお祝いの日。釈尊の児孫としての命をいただいたことに感謝し、心をこめてさせてもらいました。
今回は独りで法要を勤めましたが、規模が大きくなれば、いづれは教区寺院の方丈さま方にも随喜をお願いしないといけないなと思っております。

さて、13日の日曜は、隣町・宇土のお寺さんの花祭り法要。これまでにもお手伝いしたことはありましたが、3年ぶりにこのご縁をいただきました。こちらのご住職には、うちの師匠がまだ健在だったころから、たいへんお世話になり、かわいがってもらっています。
この日のスケジュールは、法要あり、お説教あり、ご詠歌あり、コンサートあり、詩の朗読ありと、「平和・人権・環境」をテーマにした、じつにユニークな内容でした。毎年来られるというエレクトーン奏者・新井田聡子さんは、3年前のこちらの法要がご縁で、うちのお寺の行事にもゲストで来ていただいたり、家族ぐるみのお付き合いをさせていただいております。この日は、5歳になる双子の坊やの演奏も聴くことができました。お参りのみなさんも拍手喝采。そのかわいらしい演奏に本堂は笑顔で満ちていました。
お参りのみなさんと、ゲストのみなさんと、お坊さんと仏さんとの見事なコラボレーションとでもいいましょうか。この和やかな雰囲気、お寺には欠かせませんね。私もまたひとつ思い出ができました。

梅花大会

2008年02月27日 | 曹洞宗
一夜明けて今日は梅花大会。九州中の大勢の寺院さん、講員さんが集まり、会場はおよそ1500人ぐらい(?)でいっぱいだった。
他県の知り合いのお坊さんにも数人会うことができた。梅花を通じて旧交を温めることができるのはいいことだ。熊本からの参加者がちょっと少なかったのが残念だった。

詠讃歌のおとなえ以外に、保育園児のコーラスあり、ピアノや笛や琴による詠讃歌のアレンジもあり、楽しめる内容だった。

昼過ぎに会場を出て、すぐに帰路に就くこともできたが、せっかくだから佐世保駅前まで行って「佐世保バーガー」を食べてきた。

明日から長崎へ

2008年02月25日 | 曹洞宗
曹洞宗に伝わる仏教音楽として「梅花流詠讃歌」というのがあります。お釈迦さまや祖師のみ教え、人を敬い、仏さまやご先祖さまを敬う心を、和歌や七五調のわかりやすい歌詞と穏やかな旋律でおとなえするものです。
あちこちのお寺には、それを勉強しておとなえする「梅花講」があり、多くのお坊さんや寺族(住職の奥さんなど)、檀信徒の方々が学んでおられます。明後日、九州地区の発表会のような催しが佐世保市で開かれるので、明日からわたしも出発です。
うちにも「梅花講」があることはあるのですが、メンバーも少なく、団体として十分な練習を積んできておるわけではないので、今回は不参加。住職の私だけ後学のために参加してきます。

九州各地のお寺さんが一堂に会して都道府県単位でそれぞれ課題曲をおとなえするのですが、そのなかには平和祈念の曲、戦争で亡くなったたましいを供養する曲、ご先祖さまを追善する曲、仏さまを讃嘆する曲など、さまざまです。みなさんが仏法にめぐりあえた喜びを胸に、明るい社会づくりのために、仲間との和睦のために、信仰心を発揚しておとなえするこの行事。それぞれの講員さんにとって、よき思い出になりますように願うところです。

次の機会にはそろって参加できるように、みなさんと一緒に勉強したいです。

数え108歳で遷化

2008年01月06日 | 曹洞宗
 昨日、うちの宗派の大本山である永平寺貫首の宮崎禅師が遷化されました。世壽108。
 熊本にも何度か来られ、お目にかかったことはあります。大きな病気にもかかられることなく、法務で全国を飛び回られるなど、まだまだお元気だったそうです。病気や事故などで若くして亡くなられる人が多い中で、老衰で涅槃に入られたというのは、すごいと思います。お釈迦さまも当時のインドでは高齢まで生きられた方ですが、宮崎禅師もまさに「生きた仏」そのものでしたね。
 おつかされました。                     合掌