平方録

身辺をつれずれに

えっ ! これが師走の水族館 ?!

2014-12-31 05:18:23 | 日記
姫が水族館に行きたいというので、新江ノ島水族館に出かけた。
お気に入りの緑の帯を巻いたモノレールに乗る。

遊びに来るたびに連れていくものだから、習い性のようになったのか。
しかも、水槽に展示されているものにはあまり関心を示さず、じいじの手を引っ張ってどんどん奥へ奥へと進み、ほぼまっしぐらにイルカショーが行われるプールへ直行する。

屋根はあるものの、吹きさらしのため西風がまともに吹きこんできて、座っていると寒い。
晴れてはいたが、生憎富士山は雲に隠れていた。

しかし、何ということだろうか。
プールはショーの開始時刻が近づくと空席はなくなり、座席スペースの後ろに立ち見の人垣が出来るありさまで、これが師走の30日かと目を疑うばかりである。
どうなっちゃってるんだろうか。
これはニュースではないだろうか。
観光シーズンでもない師走のどん詰まりの水族館に、あんなに大勢の人が集まるなんて…

何か世の中に大きな変化が生じようとしているんだろうか。
吉なのか… それとも凶なのか。
知らなかっただけで、毎年こんな光景が繰り広げられているんだろうか。

そういえばモノレールは想像に反して混みあっていた。
海岸沿いのレストランはどこも行列が出来ていた。
故郷に向かう高速道路は恐ろしく長ーい駐車場と化しているが、故郷を持たない人びとは毎年、こうやって気ぜわしい暮をやり過ごし、新年を迎えているのだろうか。

姫はアシカの動きに、感に堪えないような声で「カワイィー」を連発し、イルカの次々に繰り出すジャンプに歓声を上げる。
こちらは確実に成長していて、会話の一つ一つ、端々から、幼児から脱却しつつあることをうかがわせる。
春になればピッカピカの1年生である。
春秋に富んでいるんである。

ピザを食べ、人生ゲームを買って家路につく。
バスも満員だった。



寒風吹きさらすイルカショーのプールサイド。ショーの開始20分前から観客席は超満員


イルカもアシカも大ハッスル!
コメント

湘南魚宇の閉店

2014-12-30 05:18:13 | 日記
腰越の江ノ電の電車通りにある「湘南魚宇」は馴染みの魚屋である。
家から往復すると8キロほどになって、ちょうど良い散歩コースなのだ。
地魚を並べる店先には四季が現れる。その季節を覗きに行くのも楽しみの一つである。
妻と散歩がてら魚を物色して、良いものがあると買って帰るのはもっと楽しい。

この魚宇が大晦日を最後に閉店するという。
「えっ!」と絶句してしまった。
目の前の相模湾で獲れる地魚を中心に鮮度の良いものを並べていただけに、残念の極みである。
なぜ? どうして?

切り盛りしてきた亭主は団塊生まれのようで、さして年が変わらないと思うが、息子はほかの仕事に就いて後を継がず、本人も腰痛でボロボロだという。
江戸末期に初代宇之助が店を開いて以来の腰越を代表する、というか鎌倉・湘南ではそれなりの魚屋だったのだが、残念なことである。
戦後70年。身近から馴染みの店が次々に消えてゆく。

ゆく川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず…
川の流れまで途絶えてしまうのは何とも悲しい。

立原正秋に魚宇を描いた随筆がある。
冬になると先代がアンコウの口に鉤を引っ掛けて臓物やら皮やらを捌いている光景を描写したものである。
アンコウが水揚げされる度に仕入れてきて、道路に面した、江ノ電の車内からも見える所で繰り広げられる、おなじみの吊るし切りであった。
あの界隈を歩く度によく目にしたものである。

先代は寡黙な人だったが、目利きはしっかりしていたし、仕事も確かだったのだろう。繁盛店であった。
ただ、細面で痩せぎすなおかみさんは愛想が悪く、時に怖く、それで随分損をしていたのではないかと、今にして思う。
その息子は吊るし切りはやらず、愛想が良いとも言えなかったが、口数は少ないものの、行けば目で挨拶してきたのだが…

腰越には別に4、5軒魚屋があるが、どこも帯に短しタスキに長しである。
新鮮な地魚をぶら下げていそいそと家に戻る、あの浮き立つ気分が味わえなくなってしまうと思うと、寂しい。






コメント

日がなFMラジオ放送を聞いて過ごす

2014-12-29 05:38:11 | 日記
ぎっくり腰になって昨日が4日目。
前日、句会に参加して寒風に身をさらしたせいもあってか、さして改善の兆しも見えず、安静にしておくことにした。
炬燵に入ってラジオのFM放送をかけながら、読書にふけったのである。

これは正解で、最近じっくり時間を割いて読むことが減っていたので、結構はかどった。
FMラジオからはカール・ベーム指揮のベルリンフィルによるブラームスの交響曲第1番が流れていて、新聞も隅から隅まで久しぶりにじっくり読んだし、やはり活字というものは良いものだなぁ、としみじみ思う。

お昼のニュースの後は「日曜喫茶室」という番組になってドイツ文学者の池内紀、ジャーナリストの轡田隆史、作家で慶應大教授の荻野アンナがはかま満緒の司会でのんびりおしゃべりしているのを聞いていて、ふーん、知識人のはしくれと言われている連中は今でも本を書いたりして仕事に精を出しているものだ、と感心させられた。
荻野アンナは現役だが、右のページに日本語で記述した落語を左のページでフランス語に訳した本を出版したそうで、パリのソルボンヌ大学で開かれた国際会議で居並ぶ世界各国の学者を前に講演し、寿限無をやったそうである。世界中を見回しても落語のオチという話法? はどの言語にも無く、話が終わった後、ポカンとしていた先生たちが10秒ぐらい経った後に大笑いの渦になり「私的にはとても気分が良かった」などと自慢話をしていた。
寿限無は最後に“ジュテーム”になるんだそうである。想像がつかない。

このあとが5時間ぶっ続けの「ソングアプローチ・スペシャル! 加藤ひさし・近藤サト・あおい洋一郎がお送りする生放送」というタイトルも放送時間も長ったらしい番組。日本のポップスを中心に歌詞をぶった切るという趣旨の番組のようだが、3人のうち知っているのは歌舞伎役者を略奪婚したとかしないとかで週刊誌をにぎわせたことのある近藤サトだけ。さすがアナウンサーだね、朗読が上手で驚いた。

他の2人はミュージシャンのようだが知らないし関心もなし。しかし、歌詞にあれやこれや難癖つけたりほめちぎったり、それなりに理屈が通っていて、他にする事もないから聞き流していただけだが、おかしかった。
しかも、知らない曲が一杯あって、えっ!こんな歌があったんだと思うような曲をいくつか耳にした。
ま、再び耳にすることもないんだろうけど…
ポップスの一期一会ですか。

テレビがアホらしすぎるのは言うまでもないが、ラジオっていうツールはテレビより数段上、っと言うことを再認識した。



掘りごたつに入って日がな一日ラジオを聞いた。聞きながら高倉健の著作2冊と雑誌、新聞に目を通す。左上の籠はリュウキュウスズメウリの実。







コメント

忘年句会

2014-12-28 05:38:07 | 日記
今年納めの「二合会」は横浜橋商店街で吟行を行い、関内駅前のお好み焼屋で忘年句会と相成った。

350メートルのアーケードの下に140軒近い店が並ぶ安さで知られる商店街である。
このあたりは横浜でも古くから人が住みついた埋立地で、いわゆる下町である。芝居小屋なども近くにあって庶民的な暮らしやすい街として知られている。
41年前、結婚したてのころこの近くに住んでいた。

深夜2階の窓辺で語り合っていた大学生2人が、男が酔っ払いに絡みついて財布を抜き取るところを目撃、男をひっ捕らえて交番に突き出そうとしたが、生憎交番に警察官の姿はなく、それに気付いた男が持っていたナイフで2人を刺して逃走。このうち1人の大学生が命を落とすという痛ましい事件があった。

前途有為な大学生の勇気ある行動が命を落とすきっかけになったことは大きな反響を呼び、開会中の衆院の予算委員会で「不在交番」の存在が問題となり、連日集中して審議される事態となった。

警察官の肩代わりをした青年が命を落としたとあって警察が血眼になって捜査した結果、10日ほどして犯人逮捕にこぎつけ、かろうじて面目を保ったが、今から30年ほど前の1985年ごろの話である。

この事件には秘話があって、犯人はナイフにかぶせていた鞘を落としていた。ノートの切れ端を丸めてセロファンテープで止めて作った鞘で、何とそのノートの切れ端から足紋が採取されていたのである。警察は容疑者を連れてくると身長を測るという口実をつくって、わざわざ靴下を脱がせて計測台に上がらせ、足紋を採取していたのである。終生不変・万人不同の足紋のおかげで犯人を逮捕できたのである。
事件現場で警察官が地べたにはいつくばって、何か犯人に結び付く手掛かりはないかと探しまわるのはおなじみの光景だが、手掛かりは落ちているのである。
この鞘の事実を知っていたのはウチだけであった。

この事件のあった場所がこの商店街の裏通りである。

歳末の昼下がり、人はそれなりに出ていたが、まだピークには程遠いようであった。
30日か大晦日になると投げ売りも始まって、それこそ大賑わいになるんだろう。

1人風邪をひいて出席できなかったが、侃々諤々8人で盛り上がった。

わが提出の5句

朔旦のめでたさ重なる冬至かな

歳末や賑わいよそに駒の音

木枯らしやぎっくり腰を置いてゆき

木枯らしやトロトロ柿をすすりけり

年の瀬やわが手に残る棘の傷



アジア系の外国人の経営する店もチラホラ見られるようになってきた横浜橋商店街


大通り公園の交番脇の日だまりでは路上将棋に人がたかっていた
コメント

腰騒動続編と猫騒動

2014-12-27 05:37:30 | 日記
ぎっくり腰は安静にして寝ていれば治るというわけでもなかろう。
これまでの経験ではそうであった。
適当に動かしていたほうが治りが早い気がする。
そのヒソミに習って朝食後、湿布薬を買いに遠回りしてきた。

数年前にゴルフで腰を痛めた時に1万円も払って購入したサポーターを腰に巻きつけてみたところ、案外いけるのである。
椅子からスッと立ちあがれるし、少しなら腰もかがめられる。
歩きだしこそ痛みを感じてぎこちないが、歩き続けるうちに違和感は消えてしまう。
おそらく他人が見れば健康な人間のゆったりした散歩姿である。

薬局までは片道15分の道のりである。
それではつまらない。天気は良くて風もない。
山道に分け入り、階段を登り、坂を下り1時間20分。これならサポーターの力を借りているものの“社会復帰”可能である。
昼前に家を出て、横浜まで出掛けて行って打ち合わせも済ませてきた。

夕方、30分近く風呂につかったところ、腰の痛みは相当軽くなった。
しかし、これまでの経験から行くと、油断は禁物である。
炎症の進行が止まっただけであって、消えそうになるまで引いてしまったわけではない。
炎症は簡単に火がつくのである。

案の定、今朝安静に寝ていたはずの睡眠から目覚めてみると、昨日よりは症状は改善されているが、イテテテッ…と起き上がるのは一苦労である。
騙し合いを繰り返さなければ。
29日には姫が遊びに来る。

横浜からの帰り道、バスを降りて家に向かう道で鎌倉消防の真っ赤な救助工作車が目に入った。
オレンジ色の服を着た隊員が車からパラパラと飛び降り、何やら茂みに分け入っていく。
何事?と近寄っていくと、中年の婦人が「猫が2日も降りて来ないんです」と心配そうに杉の木立を仰ぐ。
飼い猫が登ったきり降りられなくなったんだとか。
確かに頭上からニャーニャー鳴く声が聞こえる。

隊員が昇っていくと、猫はおびえてさらに細い枝の先まで後ずさりしてしまったようだ。
しばらく見物していたが、餌で誘おうかとか、棒でつついて下に落としたらどうか、などと話し合っている。
結末は見ないで帰ってきたが、どうなったやら。

やれやれ、依頼を受けた消防も歳末警戒の最中だろうに大変だねぇ。
市民のための消防だもんね。御苦労サマ。



飼い猫救出大作戦実行中
コメント