平方録

身辺をつれずれに

味覚の秋が連れ立ってやってきた!

2018-09-23 06:43:23 | 随筆
もう一週間も前の話だが、徳島の友人から特産のスダチと鳴門金時がドッサリ届いた。

ありがたい話で、スダチが届くと普段は安ワインの赤を愛飲している身なのだが、この時ばかりは焼酎のロックにスダチを絞り入れて飲む。
こうすると実に不思議なのだが、焼酎そのものがまろやかになり、しかも何杯飲んでも悪酔いしないという信じられない効用をもたらす。
それゆえに飲み過ぎに注意しなければならないのだが、一升瓶は瞬く間に減っていくのである。

そして何より、スダチを絞り入れたグラスからはさわやかな秋の香りが立ち上ってきて、夕餉の食卓にいつもと変わらないものが並んだとしても、数倍美味しくなること請け合いなのだ。
2、3日前、温度が下がり冷たい雨にも降りこめられて寒冷アレルギーで鼻がぐずぐずしていた時には焼酎をお湯割りにして、そこにスダチを絞り入れたのだが、身体が暖まると同時に鼻腔に届くスダチの香りがアレルギーを抑えるのだろう、ピタリと収まってくれるから不思議なのもである。

鳴門金時に至っては鮮やかな黄色が特徴的で〝九里四里美味い十三里半〟どころか、十五里も二十里もはるかに美味しい。
出来ることならアルミホイルにくるんで焚火の火に放り込み、焼き芋にして食べたいのだが、情けないことに都会で焚火でもしようものなら白い目で見られてしまう。110番とか119番されかねない。
我が家ではしばらくするとカツラやヤマボウシ、ナンキンハゼの落ち葉が大量に出るから焚火にはおあつらえ向きなのだが、切ないことである。
こんな日本に誰がしたのさ!

怒りを鎮めるためにさらにスダチ入り焼酎の酒量が増えてしまうではないか。
気分を変えたい。変えなくては。

そこで連想ゲーム。
スダチ……焼酎……さわやか……秋……魚……秋と魚なら…秋刀魚!
そう、サンマなのだ。サンマ苦いかしょっぱいか…のサンマ。
そう思い浮かべていると玄関のチャイムがピンポーンと鳴る。
急いで出てみるとそこにはトロ箱を抱えた宅配便のお兄ちゃんがニコニコ顔で立っている。

おぉ、待ってたところよ秋刀魚ちゃん…ってなもんで、今度は岩手の友人からの心遣いが届いたのだ。
あの2人、決して示し合わせているという訳ではないのだろうが、毎年計ったように数日違いで「お見えいただいている賓客」なのである。
トロ箱を開けると体長30センチを超える丸々と太って脂の乗った特大サンマが十数本も!
あんな立派なサンマ、そんじょそこらのスーパーじゃついぞ見かけない。さすがは大船渡港直送便だけのことはある。

サンマはまず塩焼きだね、やっぱり。わが家では初サンマなのだからなおさらだ。
そこに大根おろしを添えて、熱々のサンマにスダチを絞るとジュッという音と共にあのさわやかな香りが立って、もう食欲の秋のまぎれもない代表選手である。
当然そのわきにはスダチ入りの焼酎が添えられる。

網元オススメの食べ方ってパンフレットもトロ箱に入っていて、油を敷かずにフライパンを熱したところに三枚におろした秋刀魚の皮の部分を下にして10秒から15秒焼き、すぐに冷水とって熱を取り、水気をとって皿にきれいに並べたところにネギや大場、ミョウガ、ショウガのみじん切りを大量に乗せ、冷凍庫に入れて10分ほど落ち着かせた後食べるのだが、これが絶品で1人で軽く2~3本は食べてしまうくらいおいしい。
これにもスダチ入り焼酎がよく合い、わが世の春じゃなくて、食欲の秋を堪能できるのという寸法なのである。

秋は好きな季節ではないが、実りの秋とか、味覚の秋、食欲の秋というのは許せる。
これも友人がいてこその贅沢なのだが、そういうことなら全国各地に親しい友人を作っておけばよかったなぁ…



まずは何と言っても塩焼きですナ


トロ箱にドッサリ


どれも30cm超の特大ばかり
コメント

秘薬は既に効なく、わが鼻腔の堰は消失し…

2018-09-22 06:08:20 | 随筆
琥珀色の秘薬の力をもってして午前中はどうにか鼻水の栓は閉まってくれていたのだが、午後になるともういけない。
秘薬の効き目はもう届かず、おまけに昼を過ぎても雨は降り止まず、それにつれて気温の上昇も無いものだから、ますますわが鼻腔は寒冷にさらされ続けることとなって鼻水は垂れ流し状態となってしまった。
ティッシュの山を築きつつ、鼻の両脇を真っ赤に染めながら何とか夜まで持ちこたえ、前夜は午後10時にベッドに入ると、ほどなくして身体が暖まったせいか鼻水もクシャミもピタリと止まり午前4時までぐっすり寝ることが出来た。

それがまた今朝起きてみると、ものの10分も経たないうちにくしゃみの連発に全身を揺さぶられ、それを合図に鼻水の栓が決壊し、とめどなく鼻水が垂れ流されることとなった。
秘薬にも手を伸ばしてみたのだが、悲しいかなもう効き目はないのだ。
鼻腔そのものがマヒしてしまったらしい。秘薬にも反応しなくなってしまった。おのれ!

経験上、こうなってくるとマスクを着用すれば何とか収めることはできるのだが、過保護に染めてしまうとわが鼻腔は今度はマスクを外した途端に暴れ出し、以前に増して激しく反応することになるのだ。
ならばマスクを外さなければよかろうという声も聞こえてきそうだが、ご飯を食べるときどうするのさ?
第一、マスクはうっとおしくて好きではないのだ。

今日は幸いにして南風が吹いて気温は25~6度まで上がるという。
そうなれば鼻腔も一時の安寧を得ることだろう。
納戸に行ってフリースを引っ張り出してきた。南風を待つ間を耐えねばならない、真冬に活躍する衣装だが、これを羽織りながらキーボードに向かっているとようやく体が暖まってきたと見えて、少し鼻水の栓も閉まってきたようである。
これで南風が吹くまでじっと耐え忍ぶのである。なんとも情けないことだ。

かくして夏大好き人間は、北の大王がフゥッとついたため息ひとつで寒冷アレルギーに見舞われ鼻水垂れ流しとくしゃみの嵐に見舞われることになってしまうのだ。
源泉かけ流しなら大歓迎だが、何なんだこの差は! コンチクショウめ。
何とも因果なことなのだが、この北の冷たい空気に慣れるまでの間、大騒ぎを繰り返すことになる。
ボクが秋が嫌いな理由は、日の長さが短くなることもさることながら、主たる理由はこの寒冷アレルギーのせいである。

昨日の繰り返しを書いてしまった。能のないことである。……ヤケのやんぱちの句が浮かぶ。

 名月やクシャミの音を乱反射  

 ハナ水の流れに揺れし夜話の月

何をかいわんやだ。まったくイヤになっちまう。



わが家から見えた今年の夏の夜明けから






















コメント (2)

琥珀色の天使のささやき

2018-09-21 06:41:53 | 随筆
秋の明け方の雨って、こんなに寒々としていたっけと思わず身震いしてしまうくらい陰気な雨が降っている。

室内だから寒暖計のデジタル表示は22.7度を示してはいるが、素足の足先は冷たいし、体感温度は完全に20度を割っていますな。
そして、寒冷アレルギーのボクの鼻はやはり布団の中との温度差を敏感にとらえ、起きてほどなくすると鼻水の栓を「全開」にしてしまった。
お陰でゴミくず入れの中にはティッシュの山が出来つつあり、ボクの鼻の両脇はもうすでに赤くなりかけている。
おまけに合間には体中が大きく揺れるほどのクシャミが数発、早朝のしじまを破るのだ。

こういう時には秘薬というものがあって、書斎から持ってきたのは隠しておいた秘蔵の…、と言っても国産のちょっと人気のシングルモルトウイスキーだが、これをショットグラスに注いでクイッとあおると、これが「あ~ら不思議! 」ってな具合で鼻がス~ス~通るようになり、鼻水栓も止まるのである。
かつてはスコットランドにあるアイラ島のヨードチンキの匂いが独特の、好き嫌いがはっきり分かれるシングルモルトを愛飲していたのだが、バイ・ジャパニーズにしてみようとスコットランドで最初にウイスキーづくりの修行をして帰国した「まっさん」に敬意を表しているのだ。

秘薬の効果は抜群で、鼻水は止まることは止まる。
ただこれが1杯で済めばいいが2杯飲んでもでもダメ、3杯でもダメ…となると、今度は酔っぱらってしまうことも考慮に入れなければならず、良薬過ぎるのもチト問題アリだなぁなどと思いはするのだが、不快な鼻のありようにも我慢がならず、あぁどうしたらいいのさと「鼻」と「花」の一字違いながら、その違いのあまりの大きさに愕然とする花咲爺なのである。
1杯目を飲み干した今、ティッシュの山の出来上がる速度こそ若干遅くなったようだが、わが鼻水はまだだらしなくじわりじわりと垂れつつあり、未練たらしいことおびただしい。
えぇい、往生際の悪い奴め!
仕方ない、2杯目をあおるとするか…

2杯目はグイッと一気にはあおらず、様子を見ながらちびりちびり行くとするか。
何はともあれ、面倒なことである?

カチャカチャ…トクトクトク……ゴトン、コトン ?!

カチャカチャはショットグラスの淵とボトルの首が触れ合う音。トクトク……はこれはもう酒飲みにはたまらない、ボトルの中から我先に出ようとする琥珀色の流体の〝天使のささやき〟。
そして最後のゴトンとコトンは注ぎ終えたボトルをテーブルに戻す音とショットグラスを置く音。つまり、準備完了の合図ですナ。
ん? これじゃぁ朝から酒盛りの様相だなぁ。調子が出てきちゃったかしらん。

フム、幸い2杯目の途中で鼻水の栓が閉まってきたような。イイゾ、イイゾ!
グラスの底にまだ少し残っている琥珀色の液体を、もったいないから飲み干して…っと。
お後がよろしいようで、今朝はこの辺で。
ウイ~ッ! ウソです、朝っぱらから今の擬音、ウソですったら!



一昨日、山梨県身延町の美術館まで木喰さんの展覧会を見に行った際の車窓から。中央線で笹子トンネルを抜けてしばらくすると、進行方向左手に甲府盆地を見下ろしながら列車は下ってゆく


今はブドウの最盛期。春が少し進む頃には列車の両脇の窓の外がピンク色一色に染まる。桃の花の盛りには車内から歓声が沸き起こるほどなのだ


おっと、ブドウ畑だ。シャインマスカット様だろうか


身延町にある「なかとみ現代工芸美術館」の建物


美術館の前庭と周りの風景


身延線での帰り道に見えた富士川


身延駅で30分余りの特急の待ち合わせの間に駅の外に出て眺めた富士川の流れ


コメント (2)

木喰の「微笑仏」

2018-09-20 07:22:31 | 随筆
江戸時代の後期に今の山梨県身延町に1人の僧侶が誕生した。
56歳になって全国を回る旅に出、立ち寄った各地に自ら彫った仏像を残してきた。
80歳で1000体、90歳で2000体の造像を誓願したとも伝えられ、現在そのうちの720体余りが確認されているという。
微笑みを湛えているのが最大の特徴で「木喰の微笑仏」と呼ばれ、一目見ればなかなか心から離れない、それくらいに魅かれるところのある仏像である。

世にモナ・リザの微笑があり、アルカイックスマイルと呼ばれる微笑も存在する。
しかし、この仏たちに現れた微笑はまた一味違ったもので、それこそ人間味あふれていて、とにかく懐かしさを覚えるほどだ。そして、その懐かしさに包まれる優しい感覚がまたとても心地よい。
気に入った1体を持ち帰ってわが家に置いて日夜眺めることが出来たらどれだけ素晴らしいか、などと思わせるくらい親しみやすさというものも併せ持った仏像なのだ。

木喰と呼ばれる人が仏像を彫ったその人である。
NHKテレビの「日曜美術館」で生誕300年を記念した展覧会が故郷の身延町で開かれているのを知り、矢も盾もたまらなくなって、あの微笑みに会いに出かけてきた。


この人が木喰さん。「自身像」の顔部分(東京都目黒区・日本民芸館)


これも「自身像」(京都府南丹市・蔭涼寺)


子安観音菩薩(愛知県新城市・徳蔵寺)


恵比寿(名古屋市・宝蔵院)。右手に盃、左手に大きな鯛を持っているのだが、左手の鯛の尻尾が徳利にも見えて、木喰さん意図的か?


如意輪観音菩薩(新潟県長岡市・寶生寺)


近寄って見ると……ふくよかで何とも言えない温かみを湛えた微笑み


一方でこの閻魔大王(静岡県浜松市・得泉寺)、怒っているようだが、あんまり恐ろしくもないのだ


これも「自身像」だが、顔はすり減ってのっぺらぼうになってしまっている。村のお堂に安置されていた何体かの木喰像と共に
子供たちの遊び道具にされ、冬はソリに、イネの終わった田んぼでは泥田の上のソリ代わりに使われるうちにすり減ってしまったの
だそうな。村人も特に注意もしなかったようで、子どもたちは遊んだ後ちゃんとお堂に返して又使っていたらしい。こどもの遊
び相手にもなっていたわけである


左上に写っているのがひっくり返したところの写真で、お腹の部分に子供が入って坐り、ソリの代わりに使っていた


薬師如来(新潟県柏崎市・某所)


地蔵菩薩(日本民芸館)。木喰の魅力を最初に発見し、全国に散らばる木食物を研究しその魅力を世に伝えた最初の人が柳宗悦。
彼が山梨を訪れた際に偶然、個人宅の蔵の前に置かれていたこの仏像を見ていっぺんに虜になった


もうちょっと近づいてみると〝ほっこり〟という言葉がぴったりくるような…


三面馬頭観音菩薩(長岡市・寶生寺)


近づいてみると、この表情もまた得も言われぬ…


柿本人麿(日本民芸館)。なぜ人麿が? 木喰さんは和歌もたくさん詠んでいて師匠として仰いでいたのかも…
幾つか直筆の和歌が展示されていて、その中に「みな人の 心をまるく まん丸に どこもかしこも まるくまん丸」というのを見つけ、
どこかで見た記憶があるなぁと首をひねったのだが、会場で流れていた映像に小泉首相が在任中にメルマガでこの歌を引用していたと
聞いて、あぁそれで覚えていたのだが木喰さんの和歌だったのだと、思わぬところで線が繋がった

注 写真はいずれも「生誕三百年 木喰展 故郷に還る、微笑み。」の図録から
コメント (2)

青い空に白い雲、黄金の波に紅の帯

2018-09-19 06:25:10 | 随筆
慶応大学の湘南キャンパスの南側、藤沢市や茅ケ崎市、寒川町にかけての一帯には水田が広がる一方、低いながらも盛り上がるように続く丘の至る所に果樹園や畑が広がり、牛や豚を飼育する酪農家の家が点在する懐かしい田園風景が広がっている。

前日は定番の湘南海岸のパトロールに出かけたところ、珍しく白波の立つ荒々しい相模の海に出くわし「ほぉ~! 」と感嘆符と共に見物してきたのだが、2日続きでは能がない。
で、好天につられて昨日は内陸に足を向け、田園地帯をさすらってきた。

視界が効けば遠くには富士山が浮かび、そのわきで丹沢山塊が屏風のごとく連なる景色もまた懐かしさを誘うところである。
過ぎし真夏の炎天下にもこの辺りは2、3度訪れて広々とした水田の上を渡って来る青々とした空気を胸いっぱいに吸い込んでうっとりしたものだ。
このイネの香りの混じった空気に包まれながら、ゆっくりゆっくり味わうようにペダルを漕いでいると、これまた懐かしい匂いが漂ってくる。

牛だって豚だって食事をすれば当然出るものは出る。
その匂いなのだが、確かにうっとりするような香しさとは縁遠いものがあるとはいえ、鼻がひん曲がって息も出来ないというほどのものでは決してない。
「あぁ~! あの匂いだな」とすぐにピンとくる例の匂いであって、ボクにとっては一種の懐かしさを感じるほどと言ってもよいくらいの匂いでもある。

でも、夏の間はそれほどと思わなかったが、昨日はツゥ~ンと鼻を刺激してきた。
さすがに家々が窓や戸を開け放つ季節には生産者が気を遣って消臭に力を入れていたのかもしれない。それが涼しくなって緩み、匂いがきつく感じられるようになったものか。
その辺りはトンと分からないが、あいつら自分たちの存在を主張して十分ではあった。

とまぁいろいろと懐かしさに包まれていると水田の向こうにぞろぞろ続く人の列が見えた。
? 傘をさしている人もいて、水田の草取りにしては変である。
近づいてみると小出川という小さな流れのほとりに彼岸花が咲いていて、どこまでも続く見渡す限りの土手の上を覆っている。
人の列は彼岸花を見に訪れた見物客の列だったのだ。

小さな橋のたもとに看板が建てられ「この流域の彼岸花は上流の里山などから大水によって球根が流れ込み、古くからこの地域に自生してきたが、2013年ころに流域にヒガンバナ保護団体が相次いで組織され、増殖・保存活動に努めています」というようなことが書いてあった。
花は今月下旬ころが最盛期らしく「上流の大黒橋から下流の追出橋までの両岸3キロが『紅の帯』に染まります」とも書かれていた。

「小出川彼岸花まつり」の最中なんだとか。ここまで来る途中に「臨時駐車場」と書かれた看板を幾つか見かけたのはそのためだったのだ。
青い空に白い雲がぽっかり浮かび、黄金色に色づいて首を垂れる稲穂の脇に続く「紅の帯」は懐かしさとともに、なかなかの光景ではあった。


曼珠沙華抱くほどとれど母恋し  中村汀女


小出川の土手3キロにわたって「くれないの帯」が現れる







まだツボミがたくさん。最盛期は今月下旬だとか














ヒガンバナの脇でツルボも


近くの水田の一角で見つけたイネ科の植物。野菜のスタンドに摘んできたばかりの野菜を運び入れていた農家のおばちゃんに聞くと
黒米か黒米のもち米だろうという。「田んぼアートって言うので田んぼに絵を描く時などにもにも使われるのよ」と言っていた。なるほどね
コメント (2)