「神、現る」
「おはようございます。」
「わたくし、“神”と申します。」
肌寒いある日の朝、ねこのじかん博士の家に、自らを「神」と名乗る老紳士が訪れた。その日、雪は降っていなかったが、寒さで吐く息は白かった。
この老紳士は、博士が作った研究書「ねこのじかんについて」を、手に持っていた。
「この本を作られたのは、あなたですね?」
老紳士は「ねこのじかんについて」を手渡しながら、博士にまっすぐな声でたずねた。
博士は渡された本を、目をまるくしてまじまじと眺めた。確かにこれは自分が作った本だ。
おかしい。「ねこのじかんについて」は、世間に出まわっているものではない。この本を、誰かが個人的に所有するということは考えられない。
なぜ、この人物は自分が作ったこの本を持っているのか、博士は不思議に思った。
「ええ、そうです。」
「確かに、この本を作ったのは、私です。」
戸惑いながらも博士は、努めて冷静にそう答えた。
「ふむ……、ちょっと、あがってよろしいか。」
老紳士は、博士に尋ねた。
普段、博士は知らない人を簡単に家にあげたりしない。知らない人からの、電話や訪問に対しては、細心の注意を払っている。
しかし、博士は、老紳士に対しては、すんなりと
「どうぞ、お入りください。」と、答えてしまった。
博士は、この謎の老紳士を、思わず、じっと見つめた。とても奇妙な雰囲気だ。
この老紳士のしゃべり方、歩き方、お茶の飲み方、すべての所作が型にはまっておらず、とても自由で美しかった。
博士は、老紳士の立ち振る舞いを見ていると、思わずうっとりとした気持ちになってしまった。
「神……、神様?まさか。」博士は心の中で、いぶかし気につぶやいた。
「さて、あなたにいくつか、お伺いしたい事がありましてね。」老紳士にそう言われ、博士は戸惑った。
老紳士は博士に質問をした。ねこのじかんについてだ。
老紳士の問いは、端的でありながら、深く、広大で、細密だった。
博士は、答えをためらった。博士が持っているねこのじかんの話は、そのほとんどが仮説の話だ。
自分の説に自信はある。しかし、それは「それなりの裏付けのある架空の話」のようなものだ。その多くは、自信はあるが確信には至っていない。
博士は、恐る恐る自分が考えるねこのじかんに関する自説を、老紳士に話をした。
神は博士の話を聞きながら、面白いと感じた。
分からないから仮説を立てている。そこがいい。
神は完全な存在である。分からない事がない。
しかし、なぜか、ねこのじかんの事は、神にも分からない。未知の相手だ。覚束ない。
ねこのじかん博士は、分からない相手に向き合い続けている。未知に対するプロだ。学ぶ事は多い、と感じた。