「永遠のようなもの」
猫橋皇二郎は人間ではない。
猫橋は何千年も生き続けている。見た目は人間のように見えるが、中身はどんな生き物とも違う。
猫橋は人目を避けて生きているが、吸血鬼やゾンビの類でもない。人間の血を吸わないし、噛みついたりしない。太陽の光も平気だ。
猫橋は過去の記憶が消えている。自分が何者なのか分からない。親もいないし、戸籍もない。
自分のことはもう分からない。どうでもいい。諦めている。
猫橋には、「生きるのはもう飽きた。」という気持ちがある。
既にあらゆる生物の死期を大幅に過ぎているが、自分の寿命が見えない。
これまで、無数の命が産まれ、生き、死んでいく姿を見てきた。どんな生き物も全て同じである。皆、いつかは死ぬ。必ず終わりがある。うらやましい。
数百年前に一度大きな災害にあい、猫橋は頭部を含む身体の大部分を損失するケガを負った事があるが、死ねなかった。その時のケガもすぐに治った。(トカゲのしっぽのように損失した部分は再生した。)
このまま猫橋は千年生きるのか、万年生きるのか、億年か、全く分からない。猫橋に死の予兆はない。
「このまま死ねんかもしれん。」
終わりが見込めないのは、永遠と同じようなものだ。先のことを考えると気が重い。
博士にとって、猫橋は先生であり恩人であるが、興味深い「研究対象」でもある。
博士は猫橋の存在にいくつかの仮説を立てている。
それらの仮説は、いずれも確証は得られていない。ねこのじかんや猫橋のように他に類を見ない存在は、同類他者から得られる情報がない。そのため、客観的で精度の高い事実の積み上げが極めて困難である。
博士の仮説は以下のようなものである。
「猫橋皇二郎について(仮)」
・猫橋皇二郎の存在は、ねこのじかんと関係している。
・猫橋皇二郎の起源は異世界である。
・猫橋皇二郎の古い記憶が完全に消えているのは、偶発的なものではない。何らかの明確な理由がある。
博士によると、猫橋は複数の異世界を往来している漂流者、異邦人なのである。