ねこのじかん

その27 逃亡者



「逃亡者」

 猫橋は、逃げた。

 超スピードで、逃げた。

 不意打ちだった。油断していた。

 今なら、まだ逃げ切れる。山田広高に時間稼ぎをしてもらおう。

 自分が何から逃げているのか分かっていない。しかし、逃げなければならない。絶対に。

 瞬刻を永遠に変える速さで飛び回りながら、同時に相手をかく乱させるための魔法を無数に仕掛けた。

「これだけやれば、なんとかなるはずだ。」そう思った。




 猫橋は、突然、強烈なめまいに襲われた。

 稲妻に打たれたような衝撃だった。

 目前の視界は大きく歪み、上下左右が判別不能になった。

 足がもつれ、身体の自由を失った。「やられた。」と思った。

 悪寒がして、頭痛がして、吐き気がした。震えが止まらなくなった。気分がひどく悪い。フラフラだ。





 身動きができなくなった。身体が潰れそうだ。

 自分の現状を把握できない。どうなっているのだ。

 涙や鼻水やよだれが、とめどなく溢れてくる。

 目が見えなくなり、息ができなくなった。苦しい。





 私はずっと、「何」から逃げているのだ?

 一体、私は「何」を恐れているのだ?

 苦痛の中、過去の記憶がフラッシュ・バックする。

【決して犯してはならない罪を犯した。】

 根拠不明の罪悪感。

 消えてしまいたい。ずっとそう思っている。しかし、どうやっても消えることができない。

 身体中の皮膚が激しくかゆい。頭がつぶれそうに痛む。身体が内側からねじ切れそうだ。

 苦痛でどうすることもできない。

「もう、どうでもいい。」

 猫橋にできる事は、自分が自分であるという事実(それこそが苦しみの根源であると思われる。)から逃げるように、その場で目をつぶり、無になるように寝てしまうだけだった。


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