「逃亡者」
猫橋は、逃げた。
超スピードで、逃げた。
不意打ちだった。油断していた。
今なら、まだ逃げ切れる。山田広高に時間稼ぎをしてもらおう。
自分が何から逃げているのか分かっていない。しかし、逃げなければならない。絶対に。
瞬刻を永遠に変える速さで飛び回りながら、同時に相手をかく乱させるための魔法を無数に仕掛けた。
「これだけやれば、なんとかなるはずだ。」そう思った。
猫橋は、突然、強烈なめまいに襲われた。
稲妻に打たれたような衝撃だった。
目前の視界は大きく歪み、上下左右が判別不能になった。
足がもつれ、身体の自由を失った。「やられた。」と思った。
悪寒がして、頭痛がして、吐き気がした。震えが止まらなくなった。気分がひどく悪い。フラフラだ。
身動きができなくなった。身体が潰れそうだ。
自分の現状を把握できない。どうなっているのだ。
涙や鼻水やよだれが、とめどなく溢れてくる。
目が見えなくなり、息ができなくなった。苦しい。
私はずっと、「何」から逃げているのだ?
一体、私は「何」を恐れているのだ?
苦痛の中、過去の記憶がフラッシュ・バックする。
【決して犯してはならない罪を犯した。】
根拠不明の罪悪感。
消えてしまいたい。ずっとそう思っている。しかし、どうやっても消えることができない。
身体中の皮膚が激しくかゆい。頭がつぶれそうに痛む。身体が内側からねじ切れそうだ。
苦痛でどうすることもできない。
「もう、どうでもいい。」
猫橋にできる事は、自分が自分であるという事実(それこそが苦しみの根源であると思われる。)から逃げるように、その場で目をつぶり、無になるように寝てしまうだけだった。