goo blog サービス終了のお知らせ 

hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

方舟 (はこぶね)

2014年11月01日 | 散文詩
いつから、 人魚に なったか わからない  それも 二人 いる ようで、  足が あって
手の ない 方は どこか 深みへ 泳いで いって しまい、 もう 一人の こと など 忘れている
ようだ   深い 昆布の 森で、 浮き袋の 房の 中へ 指を 広げ、 痺(しび)れる ような
冷たさに 身を 任せている と、 青い 煙が 骨と 皮の 間を 伝わって、 足の いる 方へ
曳(ひ)き 摺(ず)られて いく ような 気が する   ふと  怖くなり  意識の 海面へ

急 浮上 しよう と もがく 時、 いまだ 一人で  手足が 同時に 動き、 窓枠に 掴(つか)まって
身を 乗り出し、 何かを 探して 海に 墜(お)ちた のが 想い出される ことも ある
墜(お)ちる 時、 水 飛沫(しぶき)と 泡の 中で  映像が 身体(からだ)の 中を 通り抜け
月が 一緒に 足を 連れて いって しまった ような 気も する    だが  結局
顔を 出して みると、 全部 忘れている    真っ暗な 天球に  欠ける ことを
止(や)めた ような 月が  皓々(こうこう) と 輝いている



昏(くら)い 昼 と、 暗い 夜 だけ の 永(なが)い 日々  海底 と 海面 の
どちら から も 遠く どちら も 幽(かす)かに しか 見えない、 見えなく も ならない
垂直な 岩場や 昆布の 森に 引っ掛かって 眠って ばかり いた   ある 時 仄(ほの)かに
明るい ような 気が して 夢から 覚め 海面に 上がると、 雲間から 月が 差し込んで いた

濁った 薄闇の 昼には、 厚く 冷たい 雲が どこまでも 途切れ なく 続き、 雨か 雪か
灰の ような ものを 絶え間 なく 落とし 続ける   雪は 水に 落ちると 融けるが
灰は 融けずに 海面に 厚く 溜まる   時々 長く 縒(よ)り 合わさって、 ゆっくりと
渦巻く ように 何本も 垂れてくる   その 間の 重く 冷たい 海中を くねり ながら 泳ぐ と
何か 呟(つぶや)く ような 聲(こえ)が 聴こえる ことも ある

今は、 月明り だけが ゆら ゆらと 海面に 映って、 その上を、 何か 房のような、 白く 小さな
塊(かたま)りが、 流れて来る のが 見えた   近づく 前から、 仄(ほの)かな 馨(かお)りが
辺りを 取り巻いた   月が そのために、 すべての 音と 匂いと 風を 消している のが わかった

植物の 白い 花だった  陸(おか)の  胸の 前まで 来て、 揺れている のを 見つめて いたら
胸の 奥で 卯(う) の 花 と 聴こえた   月影が 波の 上で 煌(きらめ)く ように

もっと 何か 話す かも しれない   掌(たなごころ)で 鳩尾(みぞおち)へ 抱いて 海の 底へ
引き返した のに、 いつの 間にか また 岩場に 逆様に 引っ懸(か)かって 眠ってしまい
目覚めてみると 夢の ように 失くしていた   でも  馨(かお)りは どこ まで も
つき 纏(まと)った   今度は 花に なる のか  それなら 陸(おか)に 行かねば



時折 流れてくる 氷山の 内側に、 小部屋が ある   坐(すわ)って 目を 瞑(つむ)る と
足の いる ところが ぼんやりと 感ぜられてくる   深い 海溝の 底に、 投げ出されている
延ばされた 二本の 足が、 くっきりと 白く 光り、 水圧が 激しい ためか 光景が 揺らめいて
ただで さえ 遠く 失われた 足が、 八本にも 十本にも ぶれて 見える    月は いつか
日輪となり、 天空を 駈(か)け 廻(めぐ)る 日の ために、 足を 集めている のか   それとも

もっと 遙(はる)かで 限りない 輝きから 守って くれている のか    そんな 時は 瞼を
開いて ぼうっと 明るむ 青い 氷の 凝集を 見つめ、 頭が 空っぽに なる のを 待つ   やがて
小部屋の 中には 誰も いなく なる   光が 弱まり、 全体が 蒼昏(あおぐら)い 残像 の ように
闇の 中へ 消えて しまう   ただ 闇の どこかで、 尾鰭(おひれ)が 叩いた 小さな 水面が
いつまでも 揺れている のが 伝わってくる



月明りの 氷山の 天辺(てっぺん)に、 青い 海星(ヒトデ)を 置いてくる 競争   弾丸の ように
赤道を 越えた   大きな 青い 海星(ヒトデ)を 毟(むし)り 採(と)って 一瞬の 後(のち)
いつ 果てる ともない 流氷の 群れの 下を、 光の 筋の  網膜の 染(し)み と なって  通過した

誰と 競争していた のか   見渡す 限りの 氷山に 海星(ヒトデ)を 置いて 戻って来ると
足が 海の底で 十本にも 十一本にも 延び広がり、 ふやけ 皺(しわ)だらけに なった
たくさんの 膝(ひざ)の 窪(くぼ)みの 一つ 一つに、 大きな 眩(まばゆ)い 真珠を 並べて
いた のが、 涙で 膨(ふく)れた 睫(まつげ)の 間から、 氷の 壁に 映って 見えた の だった



輝く 大きな 星を 天辺(てっぺん)に 灯(とも)し、 暗黒の 腕を 広げた あちこちに
小さく 耀(かがや)く 星々を 無数に 纏(まと)った 昆布の 木   目路(めじ)の 届く 限り
ずっと ある   映り、 遷(うつ)り、 繰り 返される ように   近くの 一本の 根元に
小さな 鏡のような 水溜りが あって、 縁に 誰か 坐(すわ)っている   そこから 出て

来た ような 気も し、 上を 見ても 下を 見ても、 下には 上が 映り、 同じ だけ
広がっている   一番 上の 光は、 一番 大きくて 遠い けれど、 それは 光 という より
すべての 光を 集め 曳(ひ)き寄せて 耀(かがや)く 小さな 深い 暗黒で、 重く 上に
向かって 開いている 孔(あな)   その先へ 往(い)った 光は 還(かえ)って来る
ようには 見えない が、 実は また 暗い 枝葉の あちこちで 生まれている   誰かが

話し掛ける   白い 灰の 縒(よ)り 合わさった 螺旋(らせん)   そこから
不思議な 房に なった 白い 花が 咲き出していく   幾つも   空木(ウツギ) の 花 の
蕾(つぼみ)は、 昆布の 浮き袋と 同じ、 夢 や 記憶 の 仄(ほの)かで 爽(さわ)やかな
馨(かお)りが 仕舞われていて、 星の ように 花咲く と 広がって 消える   すると

月の 歌が 聴こえて来る   瞬(またた)き 耀(かがや)く 笑顔に 彩(いろど)られた
懐(なつ)かしい 聲(こえ)   上は 下と 同じ   いつか 遠く 遠く 運ばれて
そこから  墜(お)ちる   すると  初めの 真ん中の 内側に  出る



氷山の 底に ある 小部屋に 入っていく 時、 水面から 小部屋の 方へ 頭だけ 出して
長く 縁へ 掴(つか)まって いると、 掴(つか)まって いた ところに 氷の 鎖骨 の ような
ものが できる   少しずつ 掴(つか)んで 肋(あばら)まで 作った   どうにも ならない
くらい 寒くなった ので、 手を 放し、 南の 海まで 一気に 泳いでいって

鼻から 細かな 泡を 出し ながら  磯巾着(イソギンチャク)に 顔を 突っ込んで
じっと 目を 瞑(つむ)っていた   しゅう しゅう と  身体(からだ) 中に 血が 流れ
気がついて  戻ってみると、 もう その 氷山は どこにも なかった   何でも 失くす
誰かが 要(い)る の だろう


真珠を すべて 振り落として、 海底を 歩き回った   尾鰭(ひれ)が なければ
右を 見ても 左を 見ても、 前が 見えない   躓(つまづ)き 這(は)い 擦(ず)る
真珠を いくら 集めても 違う   月の 光が 見たい   海面まで 上がれば 途中で

息絶える のか   厚い 氷に 鎖(とざ)された 海面に 頭頂を ぶつけて 潰(つぶ)れ
とうとう 前が 見える ように なる か   二つ の 眼(まなこ)の 一つ の 前(さき)
右と 左へ 向かった 視線が 最後に 廻(めぐ)り 逢(あ)う ところ
行き先、 行方(ゆくえ)、 未来   上へ 行かねば    懸命に 足を ばたつかせて

上へ 向かおう と したが、 これまで と 同じで 身体(からだ)が 傾き、 下へ 墜(お)ちた
では、 このまま、 もう 起きまい   目を 鎖(とざ)すと、 昏(くら)い 薄闇の 奥から
右でも 左でも ない、 上でも 下でも ない、 前か 後ろ かも 知れない、 どこか 内奥から
何かが 鼻先に 漂って来た    花の 馨(かお)りが    海の 底で    消えてゆく

眼(まなこ)を 開いても 見えない それを、 失われた 手で 拾おうと して
失くしてしまった   魚の 仮面を 永(なが)く 被(かぶ)った 内側で 何かが 熱く 流れた
ふやけ 腐り 果て 疾(と)っくに 失われた と 思っていた 顔が   すると  誰かが
上へ 運んでくれた   月の 光が   横たわり 目を 瞑(つむ)った まま、 夢の ように
ゆっくりと 上へ 昇っていった   花の 馨(かお)りが また 戻って来て、 夢なの か

どちら でも 同じ   どんなに 失くして も、 決して 失くされて いない のが、 わかる


(次回に 続く) (次回の 更新は、 11 月 半ばの 予定です)