hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

明星 と 篝火  (3)  (承前)

2014年10月22日 | 絵画について
5 世紀 ギリシャ の ムーサイオス の 詩 に、 女神 アプロディーテー (ビーナス) を 祀 (まつ) る
セストス の 神殿 の 巫女と、 対岸の アビュドス (へレスポントス) から アドニス 復活祭 の ため
に やって来た 青年 が、 一目で 恋に おち、 海峡を 越え、 逢瀬を 重ねる という 物語 が ある
夜ごと ダーダネルス 海峡 を 泳ぎ渡って来る 恋人のために 巫女は 塔に 灯火を 掲げた という
やがて 季節は 移り、 嵐の 晩、 塔の 灯も 吹き消され、 天地も 沸き返る 高波に 力尽きた 恋人
の 遺体が 濱に 打ち上げられる と、 巫女は 塔から 海へ 身を 投げ、 後を 追った と される

Wikipedia に よると、 フランツ・リスト の 「バラード 第 2 番 ロ 短調」 (S. 171) は、 (少年 時代
リスト の 直 弟子の 一人である、 マルティン・クラウゼ の 教えを 受けた) クラウディオ・アラウ
に よれば、 この 神話を ベースとしている ことが、 リスト の 専門家 の 間では 知られている
レアンドロス が ヘレスポントス を 泳ぐ 様子を 表す、 うねる ような テーマ と、 ロマンティック な
ヘーロー の テーマ が 交互に 現れ、 曲が 進むに 従い、 嵐のように 激しさを 増していく
終結部では 同じ テーマ が がらりと 雰囲気を 変えて 表わされ、 レアンドロス への 追悼の
哀歌を 思わせる という (ジョーゼフ・ホロヴィッツ 「リスト」 『アラウ との 対話』 みすず 書房)

Claudio Arrau - F. Liszt Ballade no.2 S.171 B minor
チリ 出身 の ピアニスト 80 歳 の 記念 リサイタル の 演奏で、 翌日が 誕生日 だった そうだ
基と された 神話に 異論も ある ようだが、 演奏は アラウ には 太刀打ち できない ように 思える

海峡は その辺り でも 5 キロ は あった というが、 紀元前 30 年 頃 の ウェルギリウス
『農耕詩』 にも 言及された、 この逸話 の 真相 を 巡り、 19 世紀 英国の 詩人 バイロン が、
自ら 泳ぎ渡って みせた こと でも 知られる

ダーダネルス海峡 の 明かり   Çanakkale’de Boğazın Işıkları   Lights of Dardanelles

開催中の ホドラー 展 で、 初めて 出逢った 作品に、 「傷ついた 若者」 が ある
比較的 最初の ほうに あり、 階を 移動する 前に、 戻って もう 一度 観た
後に なって、 ヘーロー と レアンドロス の 物語 を 描いた 絵が 何か ないか と、 探していた 時
いずれも この 「傷ついた 若者」 を 想起させ、 ホドラー に 相 前後する 画家たち に よる、
海辺に 場面を 置いた、 二つの 作品に 出逢った
一つは、 題に レアンドロス の 名を 冠し、 ホドラー に より 近いが、 もっと 血の気の 失せた
白い肌の もの で、 「傷ついた 若者」 に 二年 先立つ、 ホドラー より 6 年後に 生まれ、 6 年後
に 亡くなる J. A. G. Acke という スウェーデン の 画家による、 1884 年 制作のもの だったが、
心に 残った のは、 6 歳 違い の 彼らに 対して、 更に 20 歳 以上 年長の 不詳の Ferdinand
Schauss という ベルリン 生まれ の ドイツ の 画家 の 作品
だった  ホドラー と 同じ名を 持つ
シャゥス は、 Weimar Saxon-Grand Ducal Art School という 1860 - 1910 年 まで
ワイマール に あった ザクセン 大公 美術 学院 で 1873 - 76 年 の 三年間、 教鞭を 執った
記録が 残る  同 美術学院 の 建物は、 今では バウハウス 大学 の 校舎と なっている そうだ
嵐の後 (の 静けさ) と 題された シャゥス の 作品では、 捻じ曲げられた 右足の 翳に 包まれた
描写が 痛々しく、 遠い水平線の 静謐な耀きが 遠ざかる嵐と 共に 去った 魂の 残光を 思わせる




フェルディナント・ホドラー Ferdinand Hodler (1853 - 1918) 傷ついた 若者 Wounded Youth
1886 油彩・カンヴァス Oil on Canvas 102.5 × 172.5 cm ベルン美術館 Kunstmuseum Bern




J.A.G アッケ Johan Axel Gustaf Acke (1859 - 1924) 渚に打ち寄せられた死せるレアンドロス
Leander's body washed ashore 1884 油彩・カンヴァス Oil on Canvas (108.0 × 168.0 cm?)




フェルディナント・シャゥス Ferdinand Schauss (1832 - 1916) 嵐の後 (の静けさ)
Peace after the Storm 油彩・カンヴァス Oil on Canvas 109.2 x 195.6 cm


更に、 偶々 (たまたま) 注文した CD が 届いた ので、 開梱し、 少なからず 驚いた ジャケット
聊 (いささ) か 摩訶 不思議な 共感覚性 とも いうべき ものも 感じられた ので、 記しておく
Bat for Lashes - The Haunted Man

小泉 八雲 が (静岡県) 焼津 に 取材した と される、 熱海 沖の 端島 (初島) の 娘の 話
では、 漁師の 娘が 網代 の 男と 恋仲に なり、 夜ごと 数里を 泳いで 逢いに 行っては 朝方
泳いで 戻って来た という   地図で 見ると 5 キロ 以上は あり、 水道 では なく
大洋上を、 夜ごと 泳ぎ渡っていく のは 娘の ほう である   男は 道標と なるよう 濱で
火を 焚いていたが、 ある夜、 その火を 忘れた か、 風に 消されて しまい、 娘は 方向を 見失い
昏 (くら) い 海に 命を 落とす   男が その後、 どうしたか は 伝えられて いない

再び Wikipedia によれば、 小泉 八雲 は 短編集 『霊の日本にて』 (In Ghostly Japan 1899 年)
の 一篇 「焼津にて」 (At Yaidzu) に、 宿の お内儀 から 聞いた 端島 の 娘 の 話を 書いている
漁師の 娘が 何里か 離れた 網代 の 男と 恋仲になり、 夜毎 泳いで 逢いに 行っては
朝方 泳いで 戻って来る という 話で、 やはり 男は 道しるべに 火を 燃やしていたが
ある夜 その火を 忘れたか 風が 消してしまった ために 娘は 溺れ死んでしまう   筆者は
「では 極東では ヘーロー の方が 泳いで レアンドロス に 逢いに 行くのか」 と 同情する

新潮文庫 の 上田 和夫 訳 小泉 八雲 集 の 最後に 載せられていて、 高校生 位で 読んだ
のだったろうか、 改めて 読むと、 上記 Wikipedia に 掲載されている 数行しか、 端島 の 娘 の
物語には 言及されておらず、 圧巻は、 冒頭の、 焼津の漁村の 描写、 中程の、 沖へ 遠ざかる
精霊舟を 追って、 盂蘭盆の 夜半の海を 抜き手を 切って 泳ぎ、 仄光りながら 漂い去る 精霊舟
を 詳細に 観察する 筆者の 姿であり、 翌日、 荒れて 咆哮する 昏い海の 轟きを 眺め 聴いて
「淵淵 呼びこたえる」 (旧約 聖書 詩篇 第 四十二 篇 七 節) との 想いに 到る 叙述 である

詩篇 第 四十二 篇 を 探し、 ルター の ドイツ語 訳 による メンデルスゾーン の 楽曲に 出逢った
Mendelssohn - Psalm 42-1 Wie der Hirsch schreit nach frischem Wasser
Mendelssohn - Psalm 42-7 Was betrübst du dich meine Seele & bist so unruhig in mir?
1 は 画面に、 7 は 下の 解説欄 に、 それぞれ ドイツ語 訳 が 掲載されている
1 鹿が 爽やかな 潺 (せせらぎ) に 鳴く ように、 神よ 私の 魂は あなたを 称え謳う
7 神よ 何故 私の魂を 嘆き悲しませられるのですか、 何故 心の奥で 煩悶させられるのですか ?

鹿の 鳴く声 と 水で、 想い出してしまう のは、 解釈の違いで 異なる光景が 呼び覚まされる
万葉集 巻七 一四一七 挽歌 大坂 羈旅歌  たいへん 繊細 稠密な 訳注 解説 にも 出逢えた

名兒乃海乎 朝榜来者 海中尓 鹿子曽鳴成 怜其水手

名児の海を 朝 漕ぎ来れば 海中に 鹿子ぞ 鳴くなる あはれ その水手 (漕手) 
なこのうみを あさ こぎくれば わたなかに かこぞ なくなる あはれ そのかこ

名児の海を 朝 漕ぎ来れば 鹿の 鳴く声が 海を 渡っていく
心して 聴くべし 海中に 眠る 水手の 霊魂の 澄み切った 声を



古くなった 白黒 写真  雨の 降りしきる 夜明けの 濱で 渚への 砂を 掃き清めている ような
姿が 見え隠れ する  脚を 曳き摺っている  髪は 灰色で 片側が 焼け焦げている
伊弉冉 (いざなみ) の 末子が 顔を 持っていたら  そんな 風貌 だった かも しれない
生まれる ことで 傷つけてしまった 母が  彼が 来た 焼け爛れた 途を 去ってゆく のを
去りつつも 去り難く 顧みる のを  いまだ 開かぬ 瞼に 焼き付け いまだ 出ぬ 聲で 呼ぶ
伊弉諾 (いざなぎ) が 叩きつけ  砕ける までの 僅かな 間    月の 明るい 晩に 渚で

波に 触れている と  波のようで 波ではない  水のように 指の間で 解けない ものが 海から
上がって 近づいて 来て  温かな 翳りを 帯びて 傍らに 立った  見えないのね と 海からの
聲は 言い  聴こえるよ と 渚の 翳は 言った  嗄れ 声で  海からの 聲は 笑った  波間に
巻き 転がる 泡の ように  貝から 聴いた  という  不思議な 遠い  昔の 想い出 話を
語ってくれた  聲は 掌に 置かれた  様々な 貝 から 解けて  海へと 帰っていく  色のない
白黒の  少しずつ 異なる  翳りを 持った 風の すじを  朧に 白く たなびかせ  耀き たゆたふ
月の いる 空に 結び 解け 弧を 描き ながら  波へと 長い 髪のように 浸され  打ち寄せる 砂に
遠く 円く 弓なりに 重なってゆく 痕を  残す   話が 聴きたく なったら 火を 焚いてね と

冷たくなった 手が 眠りに 落ちていく 額に 触れ ず に 微かな 上を 舞う  火には 全ての
色が あるのよ  近くへと やって来る 時の 色 は 青  遠くへ 去って 行ってしまう 色 は
赤  夜の 限りない 闇の 中へ 大きな 光の 球が 去っていく 時  最後に 境界を 越えた
向う側から あなたを 顧みる 光は 緑  光の 色は 全部 混じると 消える  あなたには
それ だけが 見えている  目に 見える 色は 吸い込まれて 無くなり 跳ね返され 去っていく
光を 見送る 影の 色   火は 光なの と 聲は 言う   光は 時間なの  風の ように
言葉の ように 早く 速く 舞っている のが 光で あなたは 知らず 知らず それを 発し
発されている  水の ように 血の ように ゆっくりと 遅く 流れている のが 火で  あなたは
知らず 知らず それを 灯し 灯されている  砂の ように 貝の ように 小さく 遠く 触れている
のが 時間で あなたは 知らず 知らず それを 生み出し 生み出されている  それらは
皆 同じもので 最初は 皆 あなたの すぐ 側に いて  いつしか 皆 あなたから 離れていき
去っていく けれど あなたは そこから 来た ので 最後には 皆 居なくなって しまった
と 思ったら 不意に 皆の 中に あなたは 居て あなたは そこへ 帰り着いている

夢には 色が ある  夢では ない 全て には 色が ない  それで 夢と 判る  聲は どちらでも
なく  色は ある のに 形が なく  貝 ばかり が 渚に 円く 並んで 聲に 耳を 傾けている
貝 たち は 彼の 夢の 中で いつも 話が 終わる 前に 眠り込んでしまう 彼を 笑っている
波も 辿り着く のに 何年も 何年も かかる という 遠い 遠い 国の 彼 や 彼女 の 母 の 母 の
母 の 母 が 生まれる ずっと 前の  どんな 波よりも 高く 目眩 (めくるめ) く 上の ほう まで ある
灯台 から 何人もの 大人の 両手に やっと 持てる 程の 奇蹟的に 見つけられ 大切に されて
いた 鏡を いずこ よりも 深く 果てし ない 水底へ 投げ捨てた という 男も そんな 貌 (かお) を
していた かも しれない  なぜ そんな ことを した のか という 彼の 問いに 海上よりも 水底で
辿り 着けぬ 者たちを 導く もう一つの 月の面 (おもて) が 必要だった から  と 聲は 言った

無明の 群れが  彼女が 嵐の 海を 渡って 来るのを 待って  彼の 焚火を 熾した  夕べ
その炎を 消したのは どちらの 月 だった の だろう  砕かれた 身は 深い 火傷を 負って 倒れて
いた   水平線に 真っ暗な 山脈を 拵えながら 渦巻く  嵐の 長い腕の 一本が 不意に 解かれ
濱へと 伸ばされて 土砂降りの 大粒の 雨を 叩き落した  無明の 群れが 嵐の 向かう 村外れへ
と 逃げ帰っていった 後  誰も 居なくなった 濱に 彼女が 遺した 貝殻の 群れが 彼の 身体を
下から 持ち上げ 転がし 曳き摺り 押し遣って  渚まで 運び 波間へと 沈めた
嵐の 遠い 轟きの 鳴り渡る 夜半 胸騒ぎに 苛まれ 家を 飛び出すと 焚火が 見えた  少年が
灼かれている  来ては いけない と 閃く 灼熱の 沈黙が 澄んだ 透明な 眼差しのように 耀き
燃え 響いていた  なぜ 見えたのか  遮二無二 飛び込んだ  遠い 轟きに 引き裂かれていく
水の 峪間  昇り下る その先に 燃える 炎の孔が  いつしか  叩きつける 大粒の 雨に
煤よりも 黒く 冷たく 粘り付く 水の向こうには 燻る煙が 闇に 融けて 燃え盛る 孔は 消えていた

少年の 鹿の ような 呼び声が 海の底の 鏡のような もう一つの 光る 水面から 響いて来る
そっち じゃ ない  そっちへ 行っては いけない  どうしても 来てくれる なら  昔 投げ捨てた
鏡 の ところ  そこから 行こう  遠い 昔の 国へ 一緒に 行こう  そこなら あなたの 聲が
見える  耀いて 幾つも 色を 吐き 重ね 引き揚げて 弧を 描く あなたの 眩い 聲が  私も
あなたの 目が 私の 聲を 映すのが 見える  私の 聲が あなたの 目から 耀くのが 見える
着いた   海の 底は とても 静かで 少年と 娘の 目は 鏡の ようで 鹿の ように 笑っていた
  


嵐の 晩に、 籠に 乗り、 岩棚へ 命綱を 下して 漁を する 夫を、 迎えに 来た 妻が、 風に
負けじと 呼ばわる と、 いつに なく 大漁 だから、 もう 少しだけ 獲って から 帰る、 先に
帰り 待て と 言う のが 聴こえる ので、 持ってきた 二本の 松明の 一つを、 近くの 枝に 挿して
帰り、 温かい 食事の 支度を して 待つ 間に、 その松明が 燃え落ちて、 命綱を 焼き切り
夫を亡くす 『北越 雪譜』 の 逸話も ある  その話は 前に 書いた

アプロディーテー (ビーナス) の 星、 金星 は 時期に よって 宵の 明星 とも 明けの 明星 とも
なるが、 父 ゼウス (ジュピター) の 星、 木星 と、 間近に 会合 する ことも ある
最も 近くに 寄れば、 一つの 大きな 星のように 見える ことも ある かも しれない
これから 冬に かけては 太陽の 東に 位置し、 晩方に マイナス 4 等級 代の 明るさ と なる
逆巻く 波間や 沸き立つ 雲の 切れ間の 低い 水平線上に 急に 覗くと、 灯火と 見紛う ばかりに
輝く こと だろう   自らの 神殿の 巫女と 逢瀬を 重ねる 青年に 業を 煮やした 女神が
行く手を 見誤らせた と 考えられなくもない   ゼウスも その様子を 眺めていた かも しれない

私たちの 星々の 棲まう 太陽系は 天の川 銀河 の 渦の 腕の 縁の 一つの 端に 位置している
が、 天の川 銀河 自体は 外側も 内側も 同じ 速度で 渦巻き 自らの 中心へ と 落ち込み ながら
全体として、 ラニアケア 超 銀河団 の はずれの 超 空洞 を 覗き込み つつ、
近傍の アンドロメダ 銀河 等 と 共に、 おとめ座 銀河団 へと 連なり、
シャプレー 超 銀河団 目がけて 落ちていっている らしい

Laniakea: Our home supercluster

どうも その先は もう一つの ペルセウス・うお座 超 銀河団 が 収束して来る 先へと 繋がっている
らしい  糸を 曳く ような その 二つの 巴の姿は いつまでも 惹かれ合い どこまでも 離れては
また 廻り還る  星々の 舞いのようでもある   微かに 握りしめられた  眠る 赤子の 手のように
触れ合うように 寄り添いつつ  その掌の 裡で  その夢の 中で  私たちは 廻る