hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

流離(さすら)ふ橋 (承 前)

2019年10月03日 | 散文詩

 【描かれた 仲國(實國)】

下村 観山(1873-1930)にも 菱田 春草(1874-1911)にも
大正~昭和初期の 作例に 嵯峨野を彷徨(さまよ)ふ「仲國」が 見受けられる
春草の横額は 大正末には「業平(なりひら)」の画題に 変わってしまうのだが
 
小さなモノクロ写真で見る限り 春草の横繪(よこゑ)は
黒ずんでしまった 銀の望月に照らされた 薄(すすき)の原を
馬上の膝まで 埋もれながら 掻き分け 進む
 
それに対し 観山の竪軸(たてじく)では 乗り込んだ 流れの途上
途切れ途切れに聴こえて來る 箏(こと)の音に耳を澄ます
仲國(實國)の乗る 馬の足下は 小さな白い花が
群れ咲く如(ごと)く 早瀬の波が逆巻く
細部は判然とせぬ ものの
春草の仲國(實國)が 先ゆく徒歩(かち)の 供の者を
連れているのに対し 観山の仲國(實國)は 独り騎乗する

春草 観山の どちらも 仲秋の
満月に照らされた 白馬のようだが
 
別に ほぼ黒地に 白の斑(まだら)の
淺瀬に立つ 馬の繪(ゑ)を見た 憶(おぼ)えも ある
 
 
 【朱華(はねづ) 黄丹(おうに) 水淺葱(みづあさぎ)】
 

夢の中で 誰かが薄暗い茶室に独り坐っている
殆(ほとん)ど見えぬ 床の間に幽(かす)かに
黄昏(たそかれ)のように 軸が掛かっている
 
三対一くらいだろうか 
竪長(たてなが)の 大画面全体が
朱華(はねづ)か 黄丹(おうに)の やや薄まったような
高貴で温かな 淡い橙色の光に浸されており それが
 
広やかな 何もない
上半分より やや少ない ところでも
入り組んだ 葦(ヨシ)の繁る
下から三分の二くらいの うねりくねる
繁り立ち なびく葉の間でも
同じように 滑(なめ)らか なのは
すべてが 水面(みなも)だからだ
 
画面の四方(よも) 端から端まで
その水面(みなも)全体が 眠る柔肌のような
馨(かを)り立つ 温かな光に照らされている
 
左上に佇む 人を乗せた馬の
蹄(ひづめ)から脛(すね)までが
淡橙色の光の中に沈み込んで
陽に照り映え 温かく染まった 水の広がりが知れる
水紋や 漣(さざなみ)が まったく ない
時の絶えたような 広やかな湿地
 
朱華(はねづ)は 郁李(にわうめ)の花びらの色味に由来する
薄い紅色の 唐棣(にわうめ)と同じとする説や
黄色とする説などがあり 色名 朱華(はねづ)についても
中国の蓮の花の名が伝わったとも 郁李(にわうめ)の古名とも
 
褪(あ)せやすかった ことでも知られ 移ろふ心に かけた歌が知られる
 
 
想はじと 言ひてし ものを はねづ色の
うつろひ やすき 我(あ)が 心かも (大伴 坂上郎女 万葉集)
 
想うまいと(口に出して)言ったのに はねづ の(花の)色の ように
変わりやすい わたしの心よ
 
 
もう 想うまい と 聲(こゑ)にまで出して
自他ともに 宣言した のに 氣づくと また 想っている
というのは 変わりやすい どころか
変わろう としても 変わる ことが 出來ず
一途(いちず)に 想いつづける 自らを 嗤(わら)ふか
 
朱華(はねづ)色のように ふいに真直ぐに差し初め
あるいは 没し去ろうとする 陽の光を浴びて
淡く 初々しく 仄(ほの)かに耀(かかや)くように
染まった ように見えても
元來の色 染める前の 素地の色に
直ぐに 戻ってしまう という ことか
 
それなら 朱華(はねづ)色は 想うまい と言った ことや
自分が そう出來る と考えたこと そのもの であって
若さや 幸運や 美しさが そうである如(ごと)く
光のように 偶(たま)さかに降り注がれて 浴び耀(かかや)いても
傾き曇(くも)り黄昏(たそかれ)て 翳(かげ)り消えてしまい
殘らぬのだろうか
 
それは自分のもの ではなくて 仮のもの 借りもの なのか
 
馬上の人は ごく薄い 淺葱(あさぎ)色
(ほう)を纏(まと)っている ように見え
その色は 水淺葱(みづあさぎ)に近い のだが
これは 江戸時代には 囚人の纏(まと)う色だった
その色が 朱華(はねづ)色の光を浴び
斑(まだら)になって 双方の色が 相対する色の中に 見える
 
朱華(はねづ)色は 黄丹(おうに)色の淡い色だが 平安時代には
親王の纏(まと)う色で 禁色(きんじき)の一つだった
一方 薄められていない 黄丹(おうに)色のほうは 昇る朝日の色として
皇太子の袍(ほう)の色と定められ 今も禁色(きんじき)である
 
禁色(きんじき)の 昇る朝日の色が
囚(とら)われ人(びと)の色の中に浮び上る
互いに鬩(せめ)ぎあい 逃れては 身を翻(ひるがへ)し 追い求め
巴(ともゑ)なす 魂魄(こんぱく)の如(ごと)く
 
 
【未草(ヒツジグサ)の 花の間と葉の底に】
 
 
左右下より 画面全体を紆余(うよ)曲折しながら
淺瀬を満たす水に 迷路の籬(まがき)のように並ぶ
褐色に枯れた蘆(ヨシ)の葉が 靡(なび)き
茎の周りの 水面(みなも)に数多(あまた)
未草(ヒツジグサ)の白い花が散らばり 星々のように瞬(またた)く

その数 七十九 右上に 八 左から右へ 十七 十四 二十 二十
すべて 筆の穂先で 莟(つぼ)んだ状態を 描く
小さな卵型が深く切れ込んだ 浮き葉は もっと ある 三倍ほどか
蘆(ヨシ)と同じく 褐色に枯れている ようにも見える
 
が それもまた この差し初(そ)め あるいは 消えゆく
淡い黄丹(おうに)または 朱華(はねず)色の
陽光を浴びたから かもしれぬ
 
有明月 殘る かはたれ あるいは
日没直後の 望月 昇り來る 黄昏(たそかれ)

七十九は素数だが 和歌や俳句の 三十一 十七も 素数であり
歌や句を譜に 五七五の繰り返される 筝曲(そうきょく)の ように
蘆(ヨシ)の間の水面に ちらちらと小さく耀(かかや)く
光の破片が 上がり下がり並ぶ
 

陸 卿子(明末 1600年頃 女性) 短歌 行(後半)

悲歡未盡年命盡     悲しみと歓びとは 未(い)まだ尽きざるに 年命は尽き
罷却悲歡両寂寞     悲しみと歓びと 罷(や)み却(は)てて 両(とも)に寂寞
唯餘夜月流清暉     唯だ余(のこ)るは 夜の月の清き暉(ひか)りを流し
花間葉底空扉扉     花の間と葉の底に 空しく 扉扉(ひひ)

扉扉は ちらちらと 小さく かがやく 光の破片

(吉川 幸次郎『続 人間詩話』 その百 陸 卿子 朱 妙端 一九六一年四月 岩波新書 278 b)
 
 
その一つ一つが扉なのか どうしたら開くのか
 

褐色に枯れた 蘆(ヨシ)の叢(くさむら)の途切れた
左上の静かな水面に 斑(まだら)の馬に乗った 仲國(實國)が
後ろ姿で佇(たたず)み 遠く かすかな余韻に 耳を傾けている
 
これまでの紆余曲折の道を表すように
水辺の 蘆(ヨシ)の叢(くさむら)は くねり靡(なび)き進み

そこに 点々と躱(かく)れ浮ぶ 未草(ヒツジグサ)の
小さな白い花々が 偶(たま)さかに
小督(こごう)の奏でる 箏曲(そうきょく)の
仄(ほの)光る音符のように 消え殘る
 
蘆(ヨシ)の棚引(たなび)く譜に つぎつぎ灯(とぼ)る
未草(ヒツジグサ)の音色

身を捩(よじ)り逃れつつ 導く
かすかな音色を辿(たど)り 揺蕩(たゆた)ふ
目の前に ひらけた水を渡った 向う岸

躱(かく)れても 躱(かく)れても 薫(かを)り立つ
奏者の 嫋(たお)やかで 確かな気配

黒地に白の斑(まだら)の馬の 額や背の白は
仲國(實國)が 探索の旅の手掛かりとして集めて來た
箏(こと)の音色の よう でも あり

水に浸(ひた)った 蹄(ひづめ)の上に戰(そよ)ぐ 白い毛は
躱(かく)れながらも 導いて來た
箏(こと)の音色の かすかに瞬(またた)く 純白の煌(きらめ)きを
辿(たど)り染まりつつ 歩んで來たから だろうか

凍(い)てつく 冬の日の出の 左右に顕(あらは)れる 幻日
春の宵 殷殷(いんいん)と響きつつ 谿(たに)を渡り遠ざかる 鐘の音
胡蝶の夢を見つつ 眠る荘子の頭上に浮ぶ 透き通った 幾つもの顔

目に見えぬ 箏(こと)の 水面(みなも)に 棚引(たなび)き
とけ落ち 消え蘇(よみがへ)る 音色

    Claudio Arrau - Debussy, La cathédrale engloutie(沈める寺)
 
 【宮内卿(くないきょう)】
 
李 賀 と同じく 若くして 急な病に斃(たお)れた 女性歌人
宮内卿(くないきょう)(十二世紀末-十三世紀初頭)は 後鳥羽院に見出され
歌合に活躍するも 俊成 九十賀に 院から贈られる 祝の法衣に
建礼門院が 紫糸で 刺繍する 二歌の一に選ばれながら
贈られる 俊成自身が歌っているかのような 内容に作ってしまったものを
辛くも 二文字を替えられ 院からの祝の歌となるよう直された
経緯も あり 程なく「あまり歌を深く案じて 病になりて
ひとたび死にかけ 父から諌(いさ)められても やめず ついに早世した」
と伝えられる 享年 二十歳前後
 

うすく こき 野辺の みどりの 若草に
跡まで みゆる 雪の むら消え

軒 しろき 月の光に
山かげの 闇をしたひて ゆく螢かな

色かへぬ 竹の葉 しろく
月さえて つもらぬ雪を はらふ秋風
 
 
いまは もう 失はれ
いまは まだ そこに なき
朧(おぼろ)な名殘(なごり)
そこはかとなき気配を
見てしまはぬよう 視線を逸らし
そろそろ と静かに 心を開け放ち
聴き取らふとする
移ろひ 消えゆき
翻(ひるがへ)り 宿る 刹那(せつな)
 
俊成に贈られた法服に 縫い取られる際 直された歌は 次の通り
 
ながらへて けさ「ぞ」うれしき 老の波
やちよをかけて 君に仕へ「む」
ながらへて けさ「や」うれしき 老の波
やちよをかけて 君に仕へ「よ」

 
異なる 歌が載っている ように見える
 
 
行く末の 齢(よはひ)は心 君が経む
千歳(ちとせ)を松の 蔭に隠れて
 
 
心は 千歳 待つ 蔭に 隠れて
 
 
建礼門院は 高倉天皇の后(きさき)
高倉天皇は 小督(こごう)を愛し
高倉天皇の子 後鳥羽院は
宮内卿(くないきょう)の才を愛で
 
小督(こごう)は 音樂を愛し
宮内卿(くないきょう)は 詩歌を愛し
二人の歌う音色は 青空に透ける
月白(げっぱく)に浸され
咲いては 水底へ身を沈める
未草(ヒツジグサ)に似るか
 
 
 【魂と 魄と】
 
李 賀 に「長歌 續(また) 短歌」という歌が あり
その解説に 原田 憲雄 大師は言はれる
 
 
この詩は 昼の世界と 夜の世界との 二つの部分より なるが
夜の世界は 昼の世界に対応しつつ さらに幽奇である
 
夜の月を 昼の秦王に ひきあてて 説いてきたが
月は 実は 秦王の おもかげを存しつつ すでに秦王を超え
詩人の肉体を抜け出して 飛翔する魂であり
詩人は 実は 魂に去られながら 地を離れえぬ魄の
魂を慕いて鬼哭する姿に ほかならぬ
 
中国の人は 人間は 魂と 魄とが 合して
肉体に宿ったものだ と信じていた
 
魂は もと天上のもので 罪を獲(え)て
一時 地上に堕落したものである
 
魄は もと地下のもので たまたま脱出して
地上に その安住の居を 求めるものである
 
幽閉の黄泉を遁(のが)れた魄は
天上から來た魂の うるわしく気高い姿に
恋着結合し 肉体を愛の巣として 地上に宿る
 
魂も また 魄の可憐に心ひかれて
人間の世界を その住居とするが
もともと天上のものゆえ
何らかの衝撃を受けると ただちに飛翔して
天上に帰ろうとする
 
魄は 魂と結び その浮揚の力によって
辛うじて地上にとどまり 光明を楽しんでいるが
足は なお 黄泉の鎖が断ち切れていない ため
つねに地下に向って 牽(ひ)かれている
 
魂に去られては 再び闇黒(あんこく)の泉下に堕落せねばならぬ
そこで しっかり魂を捉へて離さず それでも己の手をすり抜けて
魂が上昇しようとすると 黒々とした峰と化して その後を追ひ
それも かなわずに 魂が月となって飛び去った後は
人間世界と黄泉(よみ)との境を 徘徊低迷するのである
 
人は そのような構造をもつ存在であるから
現実に不如意ならば これを棄てて 夢想の天上に遊ぼうとする
この詩の前半において 夏日のもとに飢渇しつつ彷徨した詩人が
夜の世界に歩み入ったのは 不如意の現実を去って
夢想の天上に遊ぶことを 歌ったものである
 
現実を去ることは すなわち死であり 魂魄の離散である
魂にとっては その離散は 地上の不如意からの脱出であり
天上の浄福への還帰であろうが 魄にとっては 地上の苦悩よりも
さらに恐ろしい 孤独 地獄への召喚に ほかならぬ
離離たる夜の峰の 不毛の石群を降下しつつ ふと振り仰いだ
中天に 嬉しげに遠ざかってゆく魂を見出したときの
魄のかなしさ うらめしさは いかばかりであったろう
 
「長歌 續 短歌」よりは たぶん後に作られた「感諷 五首 三」は
「漆炬 新人を迎え 幽壙 螢 擾擾」と結ぶ
漆炬は 魂に去られた魄を待つ 黄泉の迎え火であり
擾擾たる螢は 地獄からの脱出を果たさず ひとり さびしく 引き立てられて
泉下に帰る 魄に対して はなたれた 幽鬼たちの 声なき哄笑であろう
 
そうして この哄笑は また「蘇小小(そしょうしょう)歌」の 西陵の下に
雨吹く風となって 陰暗の世界に 冷冷たる鬼火を はなちつつ
永遠に吹きつづけるのである
(李 賀 歌詩編 1 蘇小小の歌 原田 憲雄 訳注 平凡社 東洋文庫 645)
聴こえぬだろうか
想ひ出せぬ 失はれて久しき調べが
柔らかなる指と 清らな唇が
音のせぬ 薄闇の膜一枚 隔てた 深遠の向ふで

この歌を奏でる花は 枯れ蘆(ヨシ)の下に躱(かく)れ咲き
人知れず寄る辺なき 侘(わ)び暮しの身
摘み取りて持ち帰り 密かに献上すれば
玉の階(きざはし)の籠の鳥 天の川に帰れるわけもなく
己自身が これを聴くのも最後と

この後(のち)ずっと また聴きたい と希(こひねが)ひ
その音色が消えた後の 静けさを聴き
閉ぢて沈む花の上に 鎖(とざ)されゆく水紋を
果てしなく空しく広がる 心に見るだろう

そう想ひながら 水面(みなも)に踏み込んだまま
佇(たたず)んで居たのは 誰だったのか
誰を探して 魄が 魂を 探すように
自らの翳(かげ)が 躱(かく)れ沈む 花と重なる

背後で高く昇りゆく 薄い満月が
空の闇の深みに 天の川を躱(かく)している
蘆(ヨシ)の茂みに劃(かく)されながら
仄(ほの)かに耀(かかや)き渡る水面(みなも)に
翳(かげ)は連なり咲いている

日暮れとともに閉ぢ 葉蔭に沈んだのに
それとも 夢見ているのだろうか
風に靡(なび)く形に月光を浴び
遠く廻(めぐ)る月を譜に記し
水底(みなそこ)に睡(ねむ)る 花の夢から
月白(げっぱく)に耀(かかや)く音色を 浮び上らせ

その音(ね)は あたりに立ち籠(こ)むる
月の光の背後に響(とよ)み
水底(みなそこ)に睡(ねむ)る 花の奥に明るむ
夢の音色を一つずつ 觸(ふ)れ渉(わた)りながら
逃(のが)れ躱(かく)れむとする
淡き片翼が水面(みなも)を翳(かす)め

映らぬ翳(かげ)を仄(ほの)白き響(とよ)みに浸し
両翼の幻となって 煌(きらめ)き消ゆる のか


夢から醒(さ)め 茶室を訪ねると
それらしき軸が 掛けられていた形跡は なかった
茶室へ通ずる池を渡る橋も 朽ちて久しい
杜鵑(ほととぎす)の聲(こゑ)が響くことも なかった
だが ずっと羽音は していた

胸郭の奥 いつからか そこに久しく捕へられて
肋骨にぶつかる 羽搏(はばた)き
繪(ゑ)の裡(うち)から漂ひ出(い)づる
月白(げっぱく)の調べの殘響が
消えゆくところ 橋は掛かる

いつか その橋を見つけ この羽搏(はばた)くものは また
飛び去ってゆくだろう
 
 
暗がりに 仄(ほの)蒼(あを)く光る
ずぶ濡れの 凍るように冷たい 手を取ると
叩きつけ 吹き荒(すさ)ぶ 雨の涙の中 轟音が途絶へた
 
黄昏(たそかれ)よりも 一滴(ひとしづく)の涙ほどに
温かき色が 初めて観る 翳(かげ)の顔(かんばせ)の
奥の 月かげの眸(ひとみ)から 初めて溢(あふ)るる
泉のように 伝はって來た
 
たをやかな馨(かを)り
見ると その手の中で 萎(しを)れ黒ずんだ
蘭草(フジバカマ)の花が 生き返り
仄(ほの)瞬(またた)く眼差(まなざ)しを咲かせていた
 
ふいに音もなく 大きな息を吐くような 風が巻き起こり
背後から数多(あまた)の蝶が ふはり ふはり 押し寄せた
一面に広がり続く 花に
 
誰も いない
永(なが)の雨が已(や)んで 蘆(ヨシ)の葉から水面(みなも)に滴る音
仄(ほの)かに甘い馨(かを)りが漂ふ
涕(なみだ)と微笑みを含んだ 伏せた眼差しのように
 
蘭草(フジバカマ)の花に 淺葱斑(アサギマダラ)が寄り添ふ
夢を
水底の未草(ヒツジグサ)の花が
見ている
水面(みなも)に散り敷く 月の光の翳(かげ)で
それとも
 
李 賀が 宮内卿の 濡れそぼった手を取り
黄昏烟(けぶ)る 年古(としふ)りた木の翳(かげ)から
歩み出すと そこは
一面に広がる 薄く濃き緑の野に 遅い春の淡雪が
消えゆく ところで
その手は ひし と 李 賀の指を握りしめ
視野の隅で 唇が燃えるように戦慄(わなな)き
 
永く緩やかに 白い息を吐くと
辺りは 月明りの宵に鎖(とざ)されゆき
白い手が置かれた壁から
視線は離れ
細く瞬き 燃える糸を曳いて
遠い山裾の森へ向ひ
草すれすれに かすかに速度を上げる

あなたは 何を見るか
月の光に 花は葉となり 葉は花となる
光は雪に 風は雨に
紅葉は消え 黒々と鎮(しづも)り
竹の葉が一枚 風に白白と搖(ゆ)れ
節の間で薄闇に眠る 冬の記憶を照らし
冷たい匂いを放つ
 
雨降りやまぬ 山かげの森の
蘭草(フジバカマ)の眸(ひとみ)から
旅立った螢が 月光の雪 舞う中
水底(みなそこ)で眠る 未草(ヒツジグサ)に夢を灯(とぼ)す
それは 箏(こと)の調べを明滅し
蘆(あし)を搖(ゆ)らし 笛の音を目醒(めざ)めさせ
水辺に眠る 旅人の馬の耳を欹(そばだ)てさせる
あなたは 何処に いるだろう
 
 
李 賀 感諷 五首 三 結句
 
漆(うるし)の炬(かがり火) 新(しき 死)人を迎え
壙(小暗き 深き墓穴)に 螢 擾擾(じょうじょう と 乱れ騒ぐ)


宮内卿

軒 しろき 月の光に
山かげの 闇をしたひて ゆく螢かな
 
 
螢が一つ 古く荒れ果てた墓穴を迷ひ出(い)で
山かげの蘭草(フジバカマ)のもとを目指し 飛んでゆく
昔 昔は 浅葱斑(アサギマダラ)か
 
月は 皓皓(かうかう)と耀き 想い返す 雪霽(はれ)の夜
忽(たちま)ち凍りかけ 螢は
白く鎖(とざ)された水面(みなも)へ 落下
 
遙(はる)か下で 実を孕(はら)み夢見つつ 永(なが)の眠りにつく
未草(ヒツジグサ)に その翳(かげ)が差す と
気泡氷結を伝い 靄(もや)が立ち昇る
 
螢は 夢から醒(さ)めたように ふらりと飛び立つ その後へ
薄い翳(かげ)が 身を起こし すい と 追い抜き 身を躱(かは)し
二つの螢は 絡み合い 二つの欄干を閃(ひらめ)かせ
夜明け前 消えゆく星星の後 扉を次次 開いてゆく
 
明け方 未草(ヒツジグサ)は  水底から
月へ帰った 蕾のまま
辺りには 箏(こと)の音色と
林鐘梅に似た馨(かを)りが 立ち籠めていた
 
星星の蔭で 螢が ひっそりと光を放つ
凍っては 融け
二つで 一つ
朱華(はねづ) / 水浅葱(みづあさぎ)
魂と 魄と
柔らかく 温(ぬく)く 薄く 涼しく
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間 奏  ー 李 賀 と 李 商隱 ー (原田 憲雄 大師 と 吉川 幸次郎 博士)

2019年08月22日 | 随想
【李 商隱 の詩】

李 賀(791-817)小伝を記した 唐の 李 商隱(813-858)に
隆房卿(1148-1209)の 艶詞(つやことば)と よく似た詩がある

吉川 幸次郎 博士(1904-1980)の「この詩人については
この数編を以て もはや語らぬであろう」とされた 名訳を寫(うつ)す
 
他の いくつかの この詩人の作と ともに「無題」題しらず と題する
 

昨夜星辰昨夜風  昨夜の星辰(せいしん) 昨夜の風
畫樓西畔桂堂東  画楼(がろう)の西畔(せいはん) 桂堂(けいどう)の東
身無綵鳳双飛翼  身には 綵鳳(さいほう)の双(なら)び飛ぶ 翼 無く
心有靈犀一點通  心には 霊犀(れいさい)の一点 通ずる 有り
隔座送鉤春酒暖  座を隔(へだ)てて 送鉤(そうこう)は 春の酒 暖かに
分曹射覆蠟燈紅  曹(そう)を分ちての射覆(せきふ)は 蠟燈(ろうとう)の紅(あか)し
嗟余聽鼓應官去  嗟(なげ)く余(われ)は 鼓(つづみ)を聴きて 官(つかえ)に応じて去る
走馬蘭臺類斷蓬  馬を蘭台(らんだい)に走らせ 断蓬(だんぽう)に類(に)たり

事がらは 屈折した印象の かなたに ある けれども
遠い過去の時間の ことでは ない
 
ゆうべの星月夜のもと
そうして かすかに風の流れる ゆうべ
 
場所は 壁画のある 楼閣(ろうかく)の西がわ
木犀(もくせい)の植込(うえこみ)のある 座敷(ざしき)の東
 
そのとき そこで わたしは
はじめて あなたを見た
(おそらく大臣の邸宅(ていたく)である
 詩人は 座敷(ざしき)の宴席(えんせき)を抜け出し
 そこを 彷徨(さまよ)っていたようだ
 彼(か)の女も また そこに いた)
はじめて あう あなた である
 
なかの よい恋人に たとえられる
綵(あやぎぬ)の はねを もつ 鳳凰(ほうおう)が
翼を さしかわしつつ 飛ぶ
という間柄は もとより そこに なかった
 
しかし 何か 通いあう ものが あった
神秘な犀(さい)の角(つの)には
すっと一本 筋が 突きとおっている というが
そのような 不思議な交流が あった
 
多くの言葉を かわしあった わけでは ない
あるいは ただ ほほえみ だけを
かわした のであった けれども
 
私は宴会の席に戻った あなたも そこに いた
やがて 余興(よきょう)が はじまった
 
はじめは 蔵鉤(ぞうこう)の遊びであった
手のひらに ちいさな鉤(かぎ)の
いくつかを 蔵(かく)しもち
相手に その数を あてさせる
 
人数が偶数ならば むこうと こちらと
「座を隔(へだ)てて」二組になり
奇数ならば 余った一人が 遊軍になり
双方の間を往來する
(と 周 処の『風土記』に見える)
 
あなたは 遊軍になって 私のところへ やって來
かわいい こぶしを つきつけた
数を あてそこねた私は 罰杯の酒を のんだ
あなたの ついでくれる 春の酒は 暖かだった
 
つぎには 盆の下に 覆(おお)いかくされた
ものの名を 射(い)あてる遊び
やはり 曹(くみ)を分けて ふた組になった
顔を近づけた二人のそばに
蠟燭(ろうそく)の ともしびが 紅(あか)かった

しかし 私は けっきょく
一介の 内閣事務官に すぎなかった
蘭台(らんだい) すなわち 内閣の記録局へと
馬を走らせねば ならなかった
風に ふきちぎられた 蓬(よもぎ)の まりが
沙漠の上を まろび ころんでゆく ように
 
たった ゆうべの星に きらめいた ひとみ
それも また 忘却の沙漠へと
ふきとばされねば ならない
 
(吉川 幸次郎『続 人間詩話』 その六十 李 商隱 一九五七年十月 岩波新書 278 b)
 

相見時難別亦難 相見(あいみ)るのときは 難(かた)く 別れも亦(ま)た 難(かた)し
東風無力百花殘 東風(はるかぜ)は力なく 百花 殘(くず)る
春蠶到死絲方盡 春の蚕(かいこ)は 死に到(いた)りて 糸 方(はじ)めて尽(つ)き
蠟炬成灰涙始乾 蠟(ろう)の炬(あかし)は 灰と成りて 涙 始めて乾(かわ)く
曉鏡但愁雲鬢改 曉(あかつき)の鏡に 雲なす鬢(びん)の改まらんことを 但(ひと)えに愁(うれ)え
蓬山此去無多路 蓬山(ほうざん)は 此(ここ)を去ること 多き路(みち)のり無し
青鳥殷勤爲探看 青き鳥よ 殷勤(いんぎん)に 爲(た)めに探り看(み)よ

(かつての恋人を 権力者に うばわれ
 それを なげく歌のように 読める)
女性は 詩人の おいそれと 手の届かぬ場所に いまは いる
あうせ(逢瀬)は たいへん むつかしい
しのんで あった あとの 別れは 一そう たえがたい
 
季節は 晩春である
風さえも無力に けだるい
それは もはや 花を さかせる力を うしなった 風であり
すべての花が おもたく よどんだ空気の中で
むざんに くずれ散ってゆく
そして たちきりがたい 恋心の苦しさを うたう
 
蚕(かいこ)は 死ぬまで糸を はきつづけて死ぬ
「糸」は 同じ「シ」という音の 「思」に通ずる
 
また 蠟炬(ろうきょ) すなわち 蠟燭(ろうそく)というものは
もえて 灰となりつくすまで 涙を垂(た)れつづける
 
われわれの恋の心が おたがいの身を
やきつくす までは と もえさかる ように
 
わたしと へだてられた あなたは
朝の化粧の鏡に むかう とき
あなたの容貌の やつれを
雲なす わげ(=髷 まげ)に みとめる であろう
 
夜 そっと わたしの詩の句を くちずさむ とすれば
月の光の寒さを ひしひしと感ずる であろう
 
蓬山(ほうざん)とは 仙人の山 蓬莱(ほうらい)であり
彼(か)の女の いま いる場所に たとえる
それは 道のりと しては すぐ そこに ある
おなじ 長安(ちょうあん)の町の おなじ 町内に あった かも知れない
 
青鳥(せいちょう)とは 恋の使者となる 鳥である
青い鳥よ 殷勤(いんぎん)に こまかに
気を くばりつつ そこへ飛んで行って
彼(か)の女が どうしているか
わたしのために 探ってきておくれ
 
(吉川 幸次郎『続 人間詩話』 その六十一 李 商隱 一九五七年十一月 岩波新書 278 b)
 

來是空言去絶蹤 來る というは 是(こ)れ空(むな)しき言(ことば)にして 去りてより 蹤(あと)絶ゆ
月斜樓上五更鐘 月は楼(ろう)上に斜めなり 五更(ごこう:午前3~5時(夏) 4~6時(冬)頃)の鐘
夢爲遠別啼難喚 夢に 遠き別れを爲(な)せば 啼(な)くも 喚(こえ)となり難(がた)く
書被催成墨未濃 書は 成すを催(うなが)されて 墨も 未(い)まだ濃からず
蠟照半籠金翡翠 蠟(ろう)の照(ひか)りは 半(なか)ば 金の翡翠(ひすい)に籠(こ)もり
麝薫微度繍芙蓉 麝(じゃ)の薫(かお)りは 微(ほの)かに繍(ぬ)いし 芙蓉(はちす)を度(わた)る
劉郎已恨蓬山遠 劉郎(りゅうろう)は 已(すで)に 蓬山(ほうざん)の遠きを恨(うら)めるに
更隔蓬山一萬重 更に 蓬山(ほうざん)より隔(へだ)たること 一万重(ちょう)

おなじ女人を おもって の作と すれば
あうせ(逢瀬)は 一そう むつかしく なっている
劉郎(りゅうろう)とは いろ おとこ を呼ぶ語であって
(詩人 李 商隱)みずからの こと
 
(吉川 幸次郎『続 人間詩話』 その六十一 李 商隱 一九五七年十一月 岩波新書 278 b)
 

【李 賀 蘇小小(そしょうしょう)の歌】
 
若くして不遇のうちに病に斃(たお)れた 李 賀(791-817)の
原田 憲雄 大師(1919-)による 大研究 珠玉の名解説より 抜粋
 
不幸な恋に死んだ女性 蘇小小(そしょうしょう)の魂魄(こんぱく)が
來る筈(はず)のない恋人を 永遠に待ち続ける 歌
 
 
古代 無名氏の同名作「蘇小小(そしょうしょう)歌」によれば
蘇小小(そしょうしょう)は 南朝の斉(479-501)の頃の
銭塘(浙江)の名妓で 一説では 歌の作者だという その歌

我乘油壁車   あたしは 女車に乘って
郎乘青驄馬   あなたは 青馬に乘って
何處結同心   どこで 契りを結びましょう
西陵松柏下   西陵の あの松の下

李 賀 においても 蘇小小(そしょうしょう)は 初期の「七夕」などでは
名妓の代表に過ぎない 無性格な女人だった
 
ところが この「蘇小小(そしょうしょう)歌」における 蘇小小(そしょうしょう)は
名妓であれば 誰でもよい というような 代称では なく
中国の文学の中では いまだ かつて 取り上げられた ことも ない
女性の肖像であって 李 賀 の発見した人格としか 言いようが ない
 
余りにも 独自であり あまりにも 破天荒であるため
多くの読者は この作品から発する 鬼気を感じは しても
鬼気を生みだす 源の深義を理解する ものが ない
 
 
李 賀  蘇小小歌  蘇小小(そしょうしょう)の歌
 
幽蘭露     幽蘭(ゆうらん)の露(つゆ)
如啼眼     啼(な)く眼のよう
無物結同心   同じ心 結ぶものなく
煙花不堪剪   けむる花 切るに忍びぬ
草如茵     草は しとね
松如蓋     松は 傘
風爲裳     風が もすそ
水爲珮     水が 帯玉
油壁車     おんな車は
久相待     じいっと待つ
冷翠燭     冷い やり翠の
勞光彩     つかれた ともし灯
西陵下     西陵は
風吹雨     雨しぶく風
 
〔幽蘭(ゆうらん)の露〕 この句は 短いけれども
蘇小小(そしょうしょう)の「性格」を描いている
古辞や それまでの詩では 見いだせなかった ものである
 
「幽蘭(ゆうらん)」は 人に知られぬ ところで 咲く フジバカマ
孔子 家語に「芝蘭(しらん:レイシ と フジバカマ)は 深林に生えるが
人が いないから といって 芳香を放たぬ ことは ない」と いい
「困窮によって 節操をかえぬ」とも いう
 
蘇小小(そしょうしょう)は 遊郭に住む 遊女である
遊女は もと 祭儀に奉仕する巫女に 起源を もつ
これが 専門の巫女と 娼妓とに分離し
巫女は 神宮で 神に仕え 娼妓は 遊郭で 生の歓楽を売った
表面は ずいぶん違った ものに みえようが
家庭から隔離され 恋愛も 結婚も 禁止されている点で 共通する
 
家庭で 生涯を送るべき もの とされた 女性が
一般社会から 隔絶した 遊郭に 住むのは
深林に生えるものに 類(たぐ)えることが できる
 
遊郭に住みながら 恋愛し 結婚し 家庭を営む
願いを持ち続ける と すれば「節操をかえぬ」もの
「深い林の中で 芳香を放つもの」と いうべきで あろう
 
遊郭は 性の歓楽を売る 市場で そこを訪(おとな)う 客は
彼女を 性の歓楽の道具としか見ず
ひとりの女性 ひとりの人間として 対等に付きあわない のが 常である
そのような場所での 蘇小小の ゆかしさは 場違いのもの
野暮な 田舎女のもの と 笑いものに されたかも知れぬ
 
しかし 多くの客の中には そのような ゆかしさに目を つけ
近づく者も いるだろう うぶな青年も いようが
誘いだして ほかへ売り飛ばそうとする 悪たれも いただろう
 
露は 涼しい眼もとの 暗喩(あんゆ)である
そのように 涼しい眼もとを褒めて 男は 逢引(あいびき)を求め
蘇小小(そしょうしょう)は 初めて恋をし ここで 男と逢ったのであろう
 
「君は この花のようだ」と 女に 幽蘭を 贈ったが
男は 結婚する気は なく あるいは 事情が許さず
それきり 女の前に現れない
 
しかし ここは 蘇小小(そしょうしょう)が 恋人と逢った場所であり
幽蘭は その ゆかりの花である
日が暮れても 受け入れてくれる ものも ない人が
佇(たたず)みつくす とき 手にした花が 幽蘭だった
 
「蘭を結ぶ ことには 離別の意が 含まれる かもしれぬ」という
清の 広群 芳譜は「およそ蘭には 一滴の 露の珠(たま)が
花蘂(かしん:しべ)の間に あって これを 蘭膏(らんこう)という……
多く取ると 花を傷(いた)める」と 説く
男は 蘇小小(そしょうしょう)から 取れるだけの 蘭膏(らんこう)を盗んで
消えてしまったのだ
 
〔啼眼(ていがん)の如し〕 「露しっとり」などと 愛想を いって 近づいた
男が去った あとの 蘇小小(そしょうしょう)の 涼しい眼もとが
どのように変わったかを この三字が語る
 
啼(な)くは 声を放って 泣くこと
啼眼(ていがん)は 放つべき声が禁圧されるために
目から涙となって滴(したた)り出た 感じを誘(いざな)い
「如(ごとし)」という 直喩(ちょくゆ)法で せき止められている ため
その効果が 一層 強まっている
 
〔物として同心を結ぶ無く〕 同心は 心を同じように 合わせる ことで
易経(えき きょう)に「二人 心を同じくすれば その利(するど)きこと 金を断(た)ち
同心の言は その臭(かお)り 蘭(らん)の如(ごと)し」という
 
そのような堅(かた)い交わりを願うところから
「結 同心」という言葉が成長し
やがて「男女の契りを結ぶ」「恋を遂げる」という意に定着した
 
契(ちぎ)りも また さまざまな人間世界の条件によって 引き裂かれる
ただ 引き裂かれても 同心を結び得ている のであれば
待って「老い」には 至(いた)り得る のであろう
 
かりに「老い」に至り得ぬ にしても
古辞(こじ:古謡)の「蘇小小(そしょうしょう)歌」のように
「どこかで 契りを結びましょう」というのなら
契りを結ぶ場所が いくつか ある わけであろう
その一つが 地下である にしても
 
けれども ここでは「無物 結 同心」という
同心を結び得る 頼りになる物が ない
まったく無いのだ 地上は もとより 地下にも
 
〔煙花(えんか) 剪(き)るに堪(た)えず〕 煙(けむり)は 烟(けむり)とも 表記し
霧や 靄(もや)や 霞(かすみ)のように ぼんやりした蒸気一般を さし
煙花(えんか)は その靄(もや)に包まれた花
 
古詩では 蓮(はす)の花を採(と)り 香りの よい草を採(と)り
なぜ採(と)るのか といえば 思う人に贈るため であった
 
楚辞に「素麻(そま)の 瑶華(ようか)を折って
離れている人に贈ろうと するが 老いは ずんずん極(きわ)まり
なかなか近づけず いよいよ遠ざかる」
 
「石蘭(せきらん)を着て 杜衡(とこう)を帯とし
芳馨(ほうけい)を折りとって 思うひとに おくろう」という
 
瑶華(ようか)は 宝玉の花 素麻(そま)は 神聖な麻
杜衡(とこう)は (オオ)カンアオイ 芳馨(ほうけい)は 匂いの よい花
 
芳馨(ほうけい)は 媚(こ)びて 相手の心を ひこう とする ための 贈り物
素麻(そま)は もはや帰ってこない であろう 遠くにいる人への 最後の贈り物
瑶華(ようか)も また「最後の」贈り物 いわば 別れを告げる「しるし」
 
「煙花(えんか) 剪(き)るに堪(た)えず」も
離別の しるしの 煙花(えんか)を切り取って
(帰ってきもせぬ)男に差し出すに
忍びない のである ことが 明白になる
 
求愛の花束が 突っ返される ことに よって 離別の花束と なる ように
違った花である 必要は ない けれども
芳馨(ほうけい)と 素麻(そま) 蘭(らん)の花と 瑶華(ようか)とは
求愛の花と 告別の花に 役割を分けている らしい
 
瑶華(ようか)も それが 離別のしるし である としても
遠くの人が 自分を思ってくれる ことは 歌う者には 確信されている
だから 明確 堅固な 宝玉の花「瑶華(ようか)」として 表現された
プラチナの台に 贈り手 贈り先の名を刻み込んだ
ダイヤの婚約指輪の ような もの
 
ところが 蘇小小(そしょうしょう)の 手にする花は 瑶華(ようか)では ない
霧や靄(もや)に つつまれると 幻のように消える
それが 煙花(えんか)であり 煙花(えんか)は 風が去り 雨が止めば
うつつ よりも 鮮やかに現れる それが 幽蘭(ゆうらん)なのである
 
蘇小小(そしょうしょう)の恋は 無物 結 同心で
完成の可能性は 現在にも 未来にも 無い
しかし 過去においては 愛 あるいは 愛に似た ものを 示され
それが 彼女を恋に導いた のであろう
 
愛 あるいは それに似た ものが消えても ゆかりの花は残っている
それが 幽蘭(ゆうらん)であり 煙花(えんか)である
幽蘭(ゆうらん)も 煙花(えんか)も また 同心を結ぶべき ものでは ない
死んでも死にきれずに さまよう 蘇小小(そしょうしょう)の
魂魄(こんぱく)で さえも が そうである ように
 
彼女は「深林」に住むにしても その深林は 遊郭という性の市場で
幽蘭といっても 身体を しごいて 生きる娼妓
無垢 無知な 処女では ない
醒(さ)めた理性は 女を夢中に させて 逃げた男が
彼を待つ 女のもとに 金輪際 帰ってこない ことを知り尽している
 
にもかかわらず 醒(さ)めた理性なんぞの忠告に 耳を傾けかねる 願いが
万に一つも ありえぬ 彼の やってくる時を待ち
彼の來ぬ のが 天命ならば むごい天に さからって
その理不尽な天命を 功(こう)無きものに させようと までに
物狂おしい 彼女の恋心は ふがいない つれない つまらない男 であっても
その ゆかりの花を切って 離別を示す には 忍びぬ のである
 
〔草は 茵(しとね)の如(ごと)く〕 草は 蘇小小(そしょうしょう)の乗る
幻の車の 中に敷く 布団(=クッション)のよう
〔松は 蓋(かさ)の如(ごと)し〕 松の木が 車につける 傘蓋の よう
〔風を 裳(しょう)と為(な)し〕 風が もすそ(裳裾=スカート)
〔水を 珮(はい)と為(な)す〕 河水の音が 帯を結んだ玉の触れあう音
 
〔油壁(辟)車〕 壁面を油漆(うるし)で彩色した 美しい車
元は 貴妃や夫人 日本で なら 女御(にょうご)や 更衣(こうい)に あたる
尊貴な女性 専用の車だった
〔久しく相待つ〕 待つ時間の 永遠といってもよい 久しさを 歌っている
相は 動詞が対象を持つことを示す接頭語
ここでは「互いに」という意味は持たない
〔冷たる 翠燭(すいしょく)〕 燐火(りんか)とも 鬼火(おにび)とも
現実を超えた火が、冷冷としている
〔勞たる 光彩〕 疲れきった光彩が やがて消える
 
〔風 雨を吹く(風雨吹)〕 煙花(えんか)の煙によって
雨の來ることが予想はされるが 勞 光彩 までは 雨は降っていない
 
幽蘭(ゆうらん)の露は 啼眼(ていがん)の如(ごと)く では あるが
啼眼(ていがん)では なく
蘇小小(そしょうしょう)の 心の内部を象徴する けれども
彼女は 泣いては いない
泣くことを堪(こら)えて 待ち尽(つく)すのである
 
雨が降るのは 勞たる光彩が消え
蘇小小(そしょうしょう)の姿が 見えなくなった
闇黒(あんこく)の 西陵(せいりょう)下に である
 
闇黒(あんこく)のうちに 蘇小小(そしょうしょう)のために
啼哭(ていこく)し 涕泣(ていきゅう)するものが あり
その啼哭(ていこく)するものが 風で
涕泣(ていきゅう)するものが 雨なのだ
 
李 賀 の詩では 闇黒(あんこく)の中で 風が吹き 雨が降る
闇黒(あんこく)は 蘇小小(そしょうしょう)の 沈黙 である
怨恨(えんこん)も 悲愁(ひしゅう)も すべて その内部に吸収する
ブラックホールが エネルギーを吸収する ように
 
風と雨とは 一つになって
蘇小小(そしょうしょう)の沈黙の中に 吹き込むのでは ない
すなわち「風雨吹」では ない
はげしく風が吹き はげしく雨が降るのである
雨が吹き 風が降る といっても よい
 
西陵(せいりょう)下の闇黒(あんこく)
蘇小小(そしょうしょう)の沈黙は
忍従でも あきらめでも おそらく ない
それは 永遠の女性の 永遠の たたかい なのだ
この句は 必ず「風吹雨」でなければ ならない
 
 
李 賀 は かつて「楞伽(りょうが) 案前に堆(うずたか)し」と うたった
楞伽(りょうが)とは 仏教経典の『楞伽 経(りょうが きょう)』である
その楞伽(りょうが)に「大悲(だいひ)闡提(せんだい)」の説がある
 
闡提(せんだい)とは「一闡提(いっせんだい)」のこと
梵語の icchantika を 漢字に写した音訳で
意味は「世間的な欲望に ひたって 法を求めない者」
従って 解脱(げだつ)や 涅槃(ねはん)を 得ることの できない者である
 
一闡提(いっせんだい)に 二種ある
一は 一切の善根を焼きつくした もの
二は 一切衆生を憐愍(れんびん:あわれむ)する者
 
この 第二の者が 菩薩(ぼさつ)であり
楞伽 経(りょうが きょう)によれば「菩薩(ぼさつ)は
方便(ほうべん:衆生(しゅじょう)を導く巧みな手段)もて 願と なす
 
もし もろもろの衆生(しゅじょう:一切の生きとし生けるもの)
涅槃(ねはん:煩悩を滅尽して悟り智慧菩提)を完成した境地)に入らずんば
我も 亦(ま)た 涅槃(ねはん)に入らじ と
この故に 菩薩(ぼさつ:覚りを求める衆生)魔訶薩(まかさつ:偉大な衆生)は
涅槃(ねはん)に入らず」
 
つまり 菩薩は 一切の衆生解脱(げだつ)させ 涅槃(ねはん)に入れる のを
自分の任務とするために すでに仏となる資格を持ちながら
すべての衆生解脱(げだつ)せず 涅槃(ねはん)に入らない間は
自分も解脱(げだつ)せず 涅槃(ねはん)に入らず 仏とならずに
世間の 欲望に満ちた人たちと同じ姿で 世間に とどまり続ける
これを「大悲闡提(だいひ せんだい)」と称する のである
 
さて 蘇小小(そしょうしょう)は 「名妓」とはいえ
性の快楽を売るために 恋愛と結婚を禁じられた 娼婦である
彼女は そのような立場に置かれながら
禁じられた恋愛を成就させようとして
肉体の滅びた後にも 永遠に 人間界に さまよう者である
 
恋愛が禁じられることは 女性であることを 禁じられる ことであり
女性が 女性であることを 禁じられる ことは
人間が 人間であることを 禁じられる ことに 他ならない
性の快楽を売るために 恋愛を禁じられる ような
女性が存在する かぎり 人間の解放は ない
 
李 賀 の「蘇小小(そしょうしょう)の歌」は
すべての人間が解放されない かぎり
永遠に 自分一個の解放を拒否して さまよう
「娼婦の立場に おかれた 女性の魂魄(こんぱく)」としての
蘇小小(そしょうしょう)を 歌っている
これは 大悲闡提(だいひ せんだい)の すぐれた文学化 と いって よい
 
李 賀 の読んだ 十巻本の 楞伽 経(りょうが きょう)も
「諸仏品 第一」が終わると 仏を 楞伽(りょうが)城に招いた
主の 羅婆那 夜叉王は 姿を消す
どうやら 大慧(だいえ)菩薩に 変化した らしい
 
楞伽 経(りょうが きょう)の主題は 多岐に わたる から
それは それで 差支えはない のかもしれぬ
 
しかし「大悲闡提(だいひ せんだい)」に限って いえば
夜叉王の消滅した 楞伽 経(りょうが きょう)は
不徹底 と言わざるを得ない
 
法華経の「提婆達多品(だいばだった ほん) 第一二」は
八歳の龍女が成仏するので 女性救済の経典として有名だが
その成仏は 実は「変成男子」
龍女が 女性の肉体を 男性の肉体に変化して 仏に なる
 
女性が 女性の ままで 仏に なる のでは ない
仏には 男性も女性も ない という論理は あろうが
それなら なおさら「変成男子」は
不可解 不徹底だと 言わざるを得ない
 
李 賀 の「蘇小小(そしょうしょう)」は 変化も 変成も せず
蘇小小(そしょうしょう)のまま 幽蘭(ゆうらん)を手に
永遠に さまよい つづける
大悲闡提(だいひ せんだい) の 趣旨から すれば これこそ
楞伽 経(りょうが きょう)十巻本をも
提婆達多品(だいばだった ほん)をも 突破したもの と いえようか
 
 
李 賀 の「蘇小小(そしょうしょう)歌」は 女性の尽きせぬ悲しみを
女性の立場にたって 歌おうとした もので
この詩の成立する 時間は 強いて名づけるなら
「鬼時」とでも 呼ぶべきもの であろう
 
蘇小小が 來ぬ人を待って 佇(た)ちつくした「西陵下」が
何処(どこ)であるかの 議論が 古來 幾たびか重ねられたが
それは たぶん 地理的空間では なく
鬼時と垂直に交叉する「鬼処」なのだ
 
鬼時と いい 鬼処と いう のは 生き残って 影のように さまよう
存在のほうから する言葉であって
「生は一瞬 死は永遠」という立場からすれば
鬼時と鬼処こそ 生き生きとして 手ごたえの ある
実存的時間 現実的空間 であるのかも しれぬ
 
(李 賀 歌詩編 1 蘇小小の歌 原田 憲雄 訳注 平凡社 東洋文庫 645)
 
 
26歳で亡くなった 李 賀 と 45歳まで生きた 李 商隱 は
百歳を迎えられる 原田 憲雄 大師と 亡き 吉川 幸次郎 博士によって
比類なき 邦訳と 解説を得た
 
李 賀 は 諱(いみな)事件という 亡くなった父の名と 進士の進が
音で通ずるとして 試験を受けることを差し止められ
王族出身者に与えられる 閑職を辞し 故郷に帰り
失意のまま 急な病を得て 亡くなる
 
李 商隱 は 進士試験に合格するも 派閥争いに巻き込まれ
庇護を受けた高官が亡くなると 対立する派閥の庇護を得たことから
執拗に非難され 中央を去ると 職を干され また全うできる職を得られず
故郷に戻り 病を得て 亡くなる
 
李 商隱は 李 賀 の人となりを伝える 李 賀 小伝 を書いている
臨終の場面の 不思議な出來事は 李 賀 の 嫁いだ姉から 聞いた とする
 
 
長吉(李 賀)が死にかけているとき
ふと日中に 一人の緋(ひ:やや黄みのある 鮮やかな赤
日本では 平安時代から用いられ『延喜式(えんぎしき)』では
茜(あかね)と紫根(しこん)で 染めた色を「深扱(こ)き緋」とし
紫に次ぐ 官位に用いた)の衣の人が
赤い(みつち=みづち:想像上の動物 蛇に似て長く 角と四足があり
水中にすみ 毒気を吐いて 人を害する という)に乗って 現われた
 
一枚の書き付けを持っていて 太古の篆書(てんしょ:秦代以前の書体)か
霹靂(へきれき:雷)石文のようだ
「長吉を お召しに なっている」と いうのである
長吉には どうしても読めない
すぐ 寝台から 下り おじぎをして いう
「母さんは年よりで そのうえ病気です
 わたしは 行きたくありません」
緋衣の人が笑って言う「天帝さまが 白玉楼を完成され
 すぐにも君を召して 記念の文章を作らせよう と されるのだ
 天上は まあ楽しい ところ 苦しくは ない」
長吉は ひとり泣いた
まわりの人は みな これを見ていた
 
しばらくして 長吉の息が絶えた
居間の窓から ぼうぼうと煙気が たち
車が動きはじめ 吹奏楽の調子の 早まるのが 聴こえる
老夫人が急に 人々の哭(な)くのを 制止した
五斗の黍(きび)が炊(た)きあがる ほどの 時間の のち
長吉は ついに死んだ
 
王氏に嫁いだ姉は 長吉のために
作り事を言うような ひとでは ない
じっさいに見たのが こうだったのである
 
(李 賀 歌詩編 1 蘇小小の歌 原田 憲雄 訳注 平凡社 東洋文庫 645)
 
 
かつての さまざまな勢力争いの 戦利品であり
いまは また 新たな 幼き無心の美貌に
取って代わられ 忘れ去られようとする 女人が
幼さの消え 傷つき疲れた 微笑で
自らを励まそうと 鏡の中を のぞき込む
 
しかたない わたしだって そうだったんだもの
ここに來たとき ただ そこに いるだけで
見知らぬ 年上の女の人を 泣かせたんだわ
知らなかったのよ ごめんなさいね
もう みんな いないわね
こんどは わたしが泣く番 ひとりぼっち で
みんな そうだったのね
 
鏡の奥を 昏(くら)く 風のすじが横切り
見憶えのある 館の露台 あるいは 城壁の屋上が 斜めに浮んで
そこに だれか 若い男のひとが 風に吹かれている
あの詩人さんだろか かなしい眼をして
幼い わたしが いまの わたし みたいになる って 詩を書いた
 
ちがう あの ひと じゃない もっと昔 もっと若くして死んでしまった
死んでも愛する人を待ち続けた 女のひとの詩を書いた 同じ姓(かばね)の
あっ いなくなってしまった どこへ行ったんだろう
雨が降ってる あの女のひとの ところへ行ったのかしら
土砂降りの中 それは みんな あの女のひとが 流さずに堪(こら)えた涙なの
風が 聲(こゑ)なく叫んでいるわ わたしは ひとりぼっち って
 
待たせてしまったね って言ってる
じゃあ あの女のひとは 彼女を嗤(わら)って捨てた ろくでなしを
待ってたんじゃなくて あの優しい詩人さんを待ってたのね
彼女を初めて よみがえらせた でも あんな ひどい雨の中
いつまでも ずっと立ち尽(つく)し 待ちつづける姿で
 
ああ やっと雨が上がる 少し靄(もや)が残っているだけ
そうか ふたりが 煙花なのね 虹色に耀いてみえる
詩人さんのほうが 年下みたいね
でも ほんとうは 逢えないくらい 年が離れているのよ
同い年でも たぶん会えないのは 同じだけど
 
天帝さまの 白玉楼へ 一緒に行こうね って言ってる
桃色の(みつち)の曳(ひ)く 車に乘って
いいなぁ わたしも だれか 連れてって くれないかな
遠慮がち と言えなくもない 咳払いが聴こえた
えっ どこ 鏡の奥には 室内が戻っていた
鏡に 寄せかけられるように置かれていた ランプの
向う側 ずいぶん年取って見える 彼女が知っている詩人が
壁に凭(もた)れていた あら あなたも死んじゃったの
 
鋭いな 大人になったんだね
あら あなたより若いわよ まだ
そうだね でも そのうち追いつくんじゃないかな
 ぼくは もう年を取らないから
やだ そんなに待てないわよ
おや そうなのかい
そりゃ そうよ あの二人を見た?
 あの女のひと と あの女のひとの ことを書いた詩人さん
李 賀 って 言うんだよ ぼくは 李 商隱
知ってるわよ あの女のひとは?
蘇小小(そしょうしょう)
そうでした 良い名まえよね 良い詩
 
ぼくも きみのことを詩に書いたよ
知ってるわよ でも名まえは なかったでしょ
だって きみは 生きてる人だったし いまも 生きてる
でも 他の人には わからないわ
きみと ぼくの秘密さ
あら わたしは あの詩人さんの詩のほうが いいな
李 賀 かい
名まえが ついてたほうが いいな って思ったの
じゃあ そうしようか 何て名まえだっけ
いやな ひと 帰れば
真面目な話 ぼくが きみの名を呼んだら そうして きみが返事をしたら
 そうして それを三度繰り返したら きみは こっちへ來なくちゃ いけない
あら いいじゃない 白玉楼?
言ってくれるね まぁ その離れ みたいな とこかな
 あれも一応 僕が書いたって 知ってる?
あれって?
まぁ いいか ほんとに 呼んでいいんだね
いいわよ あっ ちょっと待ってね
 最初に逢ったときのドレス まだ あるの
ほんとうかい だってまだ ほんの子どもだったろ
うるさいわね 背が伸びただけよ ほら どう
うん つんつるてん だな いまの ほうが よくないか
いやな ひと 絶対 これが いいと思ったのに
なんだって いいさ きみは きみで
 いつも 清らで 耀いてる 心も 姿も
ふうん そうなのかしらね
 わかったわ このままで行く
そう 來なくちゃ じゃあ 呼ぶよ
まちがえないでね 後生だから
緊張するなぁ
やめてよね
 
 
(続く)   
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彷徨(さまよ)ふ花

2019年06月30日 | 随想

【小督(こごう)と仲國(なかくに)(実は おそらく實國(さねくに)】

平安末 二人の貴人 年長の 藤原 隆房
年若き 高倉 天皇 に深く愛された
箏(こと)の名手 小督(こごう)

二人の正室は 共に 平 清盛 の娘
清盛の逆鱗(げきりん)に觸(ふ)るることを畏(おそ)れ
宮中から逃れ 嵯峨に身を隱(かく)す

小督(こごう)を探し出し 密(ひそ)かに
宮中に連れ戻すよう 勅を賜(たまは)った源 仲國
―― と伝えられるが おそらく そうではなく
藤原 實國で 高倉 天皇の笛の師 ―― は
賜(たまは)った駒を駈(か)り 嵯峨野を経廻(へめぐ)る

日も暮れ いましも仲秋の月が
皓皓(こうこう)と昇り來る頃
水際で ふと見事な「想夫恋」の調べが
かすかに聴こえて來る

渡りかけた瀨を戻り 音のする方へ駒を向けると
果たして 片折戸(かたおりど)の苫屋(とまや)に
小督(こごう)が隱(かく)れ住んでいた

清盛を畏(おそ)れ 宮中に帰ることを憚(はばか)る
小督(こごう)に 帝(みかど)よりの文(ふみ)を渡し
久方振りに聴いた 箏(こと)の調べに
帝(みかど)を慕ふ心が 溢(あふ)れていた と
いうと 小督(こごう)は 折れ 御意に添ひ

戻る旨 認(したた)め 仲國(實國)に託す
役を離れ 二人は 打ち解けて かつて御前で
共に奏樂した如(ごと)く 笛と箏(こと)を手にとり
懐(なつ)かしく 奏で合せた後(のち)
駒に うち乗り 帰る仲國(實國) 見送る小督(こごう)

宮中に戻り 程なく懐妊 皇女を生み 出家
庵(いほり)に独居する 小督(こごう)が病床にあった折
歌人 藤原 定家や その姉君が 見舞ったという

九州には 別の伝承 も ある
知合いの僧を賴(たよ)り 大宰府(だざいふ)
観音寺へと向う 尼君(あまぎみ) 小督(こごう)が
昨夜來の雨に逆巻(さかま)く
川を渉(わた)ろうとして

溺(おぼ)れ 助けられるも 弱り臥(ふ)せったまま
間もなく二十五歳で 白鳥成道寺に没した という

香春岳 を望む 白鳥成道寺 には 七重塔が
高倉天皇陵へと続く 京 清閑寺には 宝篋印塔が
それぞれ 小督の墓と伝えられて在る

渡月橋 北詰の橋は 仲國(實國)が
小督(こごう)の奏でる 箏(こと)の音(ね)を聴いた
駒留橋 または 箏聴橋 と 呼ばれている という

法輪寺 参詣 曼荼羅 176.2×166.6cm 16C    

国宝 虚空蔵菩薩像 絹本着色 132.0×84.4cm 12C 平安時代 東京国立博物館

法輪寺 虚空蔵菩薩 降臨の御本誓に
「智恵を得んと慾し」「福徳を得んと慾し」
「種々の芸道に長じ 技芸に上達せんと慾し」
「玄妙の域に達するような 流暢な音声を出し
 歌舞音曲の奥義を極め 栄達を得んと慾し」
「官位 称号 免許を得るよう慾し」
「内外とも 身分に ふさわしい威徳を得るよう慾し」
など祈願するものは わが名(虚空蔵尊名)を 称念せよ とある という
四番目が氣になる

渡月橋 は 法輪寺橋とも いわれ
渡ると程なく 法輪寺 境内に入る
数え十三 春十三日の頃には 十三夜まいり という
法輪寺 虚空蔵菩薩より 智慧を授かる 行事が ある
虚空蔵菩薩の生れ変りである 羊の像の頭に ふれ
お詣りを濟ませての帰り道 渡月橋を渡りきるまで
振り返ってはならぬ とされ 振り返れば
授かった智慧は すべて戻ってしまう という

伝 金春 禅竹 作 四番目能『小督(こごう)』は
嵯峨野の場面を 表す

笛の名手である 仲國(實國)は
小督(こごう)の奏でる 箏(こと)に応えて笛を吹き
捉えた箏(こと)の音を 巧みに途切らすことなく
手繰(たぐ)り寄せ 嵯峨野の原から
小督(こごう)の隠れ住む苫屋(とまや)へ たどり着いた とも
 
能 小督(こごう) 駒ノ段           
小督(こごう)が 高倉天皇に見初められる以前
彼女の恋人として知られた 藤原 隆房(1148-1209)卿は
小督(こごう)が 帝(みかど)に愛されるようになった後(のち)も
小督(こごう)への想いを 断てなかった という
 

隆房卿 艶詞 絵巻 紙本白描 紙本水墨 25.5×685.0cm 13-14C 鎌倉時代 国立歴史民俗博物館


【隆房卿 艶詞 絵巻】

隆房卿 艶詞(つやことば) 絵巻 は 小督(こごう)への想いを 綿々と綴った
隆房卿 傷心の物語で 第一段には 右端の桜の幹にそって 蘆手(あしで)文字で
「のとかに(長閑[のどか]に)」と記され 小督(こごう)と高倉天皇が
清凉殿にて 月を眺めて過ごす場面が描かれる

第二段(冒頭 老松にからまる藤の蔓(つる)が
「木たかき(木高き)」と記され 憂いに沈む女房たちと
隆房卿の居る 部屋の後に)さらに 別棟に
手紙らしき束を傍(かたへ)に置く 小督(こごう)
と思(おぼ)しき人物が居て その直ぐ外の庭には
柳と梅と梅の幹に「としたち(歳経ち)」と記される

第二段 前半は 初夏 第二段 後半は 早春で
間に 時の経過が示される
 (「歴博」第198号 小倉 慈司『隆房卿艶詞絵巻』に見える葦手 ―王朝絵巻のかな文字絵―

最後は 隆房卿が 車で かつて小督(こごう)が住んでいた
邊(あた)りを 通りかかり いまは すっかり人けなく
荒れ果ててしまっているのを 時の霞がおし包み 終る

詞書(ことばがき)には つぎのような歌で 物語が綴(つづ)られる

 女に つかはしける         女に 送った歌

人知れぬ 憂(う)き身に       人知れず 辛(つら)い我が身には
繁(しげ)き 思ひ草         思い草が生い茂るように 物思いばかりが増えてゆく
想へば君ぞ             どうして こんなことになったのか ご存知であろう
種は蒔(ま)きける          種を蒔(ま)いたのは あなた なのだから

 わかき人々あつまりて       若い人々が集まった折 わたしも彼(か)の女も
 よそなるやうにて         同席していたが 何でもない振りをして
 物がたりなど するほどに       雑談する裡(うち)
 しのびかねたる心中        堪(こら)えきれず 心中の思いが
 色にや出(い)でて見えけん       顔に出てしまったのだろうか
 すずりをひきよせて        彼(か)の女が硯(すずり)を引き寄せ
「ちかのしほがま」と かきて     「千賀(ちか)の塩竈(しほがま)」と書いて
 なげおこせたりし ことの       その紙を投げて寄越(よこ)した ことが思い返され
 おもひ いでられ           心を抑えかね うわの空に なってしまった

思ひかね 心は空に          これでは まるで 遙(はる)か遠くへ追い遣られる
陸奥(みちのく)の          ようなものだ 陸奥(みちのく)の
ちかの塩竈(しほがま)        千賀(ちか⇔近)の塩竈(しほがま)へ
近き甲斐(かひ)なし         本當(ほんたう)に 近くにいる というのに

 なにの舞ひとかやに入りて     何の折の舞楽であったか 舞人の間に入れられ
 はなやかなる ふるまひに       そのように華やかな行事に
 つけても「あはれ 思ふ事なくて    つけても「恋の悩みが なくて
 かかる まじらひをも せば      このような奉公をするのだったら
 いかに まめならまし」        もっと身を入れて 誠心誠意 出來(でき)るものを」
 と おぼえて 又 さしも         と思いながら 見れば 彼(か)の女の態度も
 うらめしく あだなれば        恨めしいほど 不実な様子だったので 目の
 見る事つつましく         遣(や)り場もなく 自分の舞を見られることも 気が引け

ふる袖は             振って舞うはずの袖は
涙に ぬれて 朽ちにしを       涙に濡れ 朽ちてしまったのに
いかに立ち舞ふ 吾が身なるらむ    どうやって 人前で舞うつもりなのか この わたしは

 逢ひ みぬことの          逢えないことが
 後まで 心に かからんことの    いつまでも 堪(たま)らなく残念で
 返す返す あぢきなくて       幾度となく想い返しては 口惜しく

恋ひ死なば            わたしが 恋い死にしたら
浮かれむ魂(たま)よ        せいせいした とばかりに 出てゆくであろう 魂よ
しばし だに             ほんのしばらくの間だけでも
我が思ふ人の           恋しい人の 裳裾(もすそ)の 左右の端を合せた
褄(つま)に 留(とど)まれ       褄(つま)のところに 留(とど)まってくれ

 つくづくと おもひつづくれば    ずっと想い続けて來たが
 この世ひとつに           この世で ただ一途に
 恋し かなし と おもふだに      恋しい 哀しいと想っても
 いかがは くるしかるべき      こんなにも苦しいわけなのだが
 そののちの世に ふかからん     あの世で 罪の深さを悟って
 罪の心憂さに            悔いることになるのかと想うと

あさからぬ            淺くない縁(えにし)の
この世ひとつの なげきかは      この世だけの歎(なげ)きなのだろうか
夢より のちの            夢のように儚(はかな)い この世を去った後に
罪のふかさよ           償(つぐな)うべき 罪の深さを想わずに居れぬ


 Yamma Ensemble - Komitas - Armenian love song           高倉 天皇

   小督(こごう)

隆房卿 艶詞(つやことば)絵巻では 髪に隱(かく)れぬ顔(かんばせ)の
唇に朱を差すほかは 墨の毛描きのみにて
入(い)り組む 宮中の部屋部屋を 棚引(たなび)く霞が
隱(かく)したかと思うと また ふいに披(ひら)く
靜(しづ)かに音の絶えた時と場所が 幾重(いくへ)にも交錯し
離れ隔(へだ)たり 螺旋(らせん)に旋回してゆく

縁にて 月を眺める 帝(みかど)と小督(こごう)
その髪に 桜の花びらが散り紛(まが)ふ

十二世紀の 仏蘭西(フランス)の吟遊詩人 ジャウフレ・リュデル 「彼方からの愛」
ケルト起源で同じ頃 同地に成立した「トリスタンとイゾルデ」に見られるような
恋人たちの間を取持たねばならぬ 使者としての立場にある 實國(仲國)は
小督(こごう)をめぐる男たちの裡(うち)では ひときわ年嵩(としかさ)だが
笛の匠(たくみ)として 心は小督(こごう)に 最も近く在ったのかも知れぬ

小督(こごう)が 心から希(こいねが)う事柄については 誰も知りようもなく
誰も知ろうとしていないようにも見える

小督(こごう)が 心から希(こいねが)ったこと それは音樂では なかったか
誰かに執着されたり 嫉妬されたり 憎まれたりせず
穩やかに 奏樂を匠たちと樂しめる 暮し

小督(こごう)の心に 追いつけず 守ってやることも出來ず
夢の中で 宮中を 嵯峨野を 彷徨(さまよ)ひ
小督(こごう)を探す 隆房卿

探しに行けぬ身を輾転反側 いつしか こと切れ 魂を解き放ち
小督(こごう)を探し 離れまいとする 高倉天皇

小督(こごう)を勞(いたわ)り見守りながら
心の侭(まま)に音樂をさせてやろうとするものは 居らぬようだった

天の川に浮ぶ 星々の影が
蘆(ヨシ)の戰(そよ)ぐ 水面(みなも)の遙(はる)か下
睡(ねむ)る未草(ヒツジグサ)に重なる
風と月光が吹き渡り 水は樂の音に煌(きらめ)く

(続く)   

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未草(ヒツジグサ)の睡(ねむ)り

2019年06月13日 | 随想
また ここまで來た
佇(たたず)んだまま 風に吹かれ
鈍色(にびいろ)に 光傾(かし)ぐ 瀨

探していたものに 出會(でくわ)しそうな 夕
探させられなければ 知ることのなかった 心

暮れなずむ水に映る
蘆(ヨシ)の連なり靡(なび)く蔭
散りぼふ 小さき花白く

囁(ささや)き聲(こゑ)で絶え間なく 口誦(くちづさ)む
日暮れとともに止みて 合掌(がっしょう)
仄(ほの)めく灯明包み
泡翳(かげ)鏤(ちりば)む水紋 挿頭(かざ)し 莟(つぼ)む

忘却を希(こひねが)ふ音色 消え果つ 奥つ城(き)
鏡の裡(うち)なる顔(かんばせ)が 渦巻く髪の蔭
泣き崩(くづ)れ

水底(みなそこ)の沙(すな)
昇らぬ日と月 沈み煌(きらめ)く 夢の破片
涙 目覺(めさ)め 風と波 翳(かす)め響(とよ)み
惑(まど)ひつつ辿(たど)る 月へ戻る橋
月より日へ帰る道

水に浸(ひた)ったままの蹄(ひづめ)
廻(めぐ)る白毛が かすかに戰(そよ)ぐ
水面(みなも)に滑り広がる 山の端(は)
透き融(とほ)る月の瞼(まぶた)より伝ふ 陸離 空白の橋

觸(ふ)れている間 流れは限りなく遲(おそ)く 遲(おそ)くなる
蒼き翳(かげ)搖(ゆ)らめく波間
月白(げっぱく)の橋 渡り 古(いにしへ)の夢 消えて還(かへ)る
遙(はる)かに望む 時の螺旋(らせん)の彼方(かなた)
薄光注ぎ 蒼き翳(かげ)差す 同じ心に湧き出(い)で

    Amalgamation Choir - Ksenitia tou Erota(Giorgos Kalogirou)
   Amalgamation Choir - Tis Trihas to Gefyri(Pontos)    DakhaBrakha - Vesna

 【未草(ヒツジグサ)

日本に自生する 唯一の小型の白い睡蓮(スイレン)
花の大きさは四センチ程で スイレン属では世界最小 

寒さに強く 初夏から秋に
山間の小さな池や 湿原の水溜(たま)りなどに生え
水位の安定した 養分の乏しい水域に育つ 多年草

浮き葉と 水中葉を持ち
蓮(ハス)と異なり 浮き葉に露を転がす撥水性はない
楕円で 先の深く切れ込んだ葉の形は 遠くから眺めるとき
羊など偶蹄目の 群れ惑(まど)ふ足跡に似る とも

大きな湖では 魚が水中葉を食べ
絶へてしまうことが多い
浮き葉は紅葉し 冬枯れて 水中葉のみで越冬
初夏から秋まで 花咲く
一つの花が 三日程の間
日が落ちれば 閉ぢて 水中に没し
日が昇れば 水面より浮び出て 開くことから
睡(ねむる)蓮(はす) の名が あてられた という(『大和 本草』)

明治以降に 外来種 water lily が輸入されると
ヒツジグサ と同様 スイレン と呼ばれるようになるが
大和本草』(1709)の刊行された 江戸時代 以前 日本には
ヒツジグサ しか存在せず 睡蓮 といえば ヒツジグサ を指した

この花について詠(よ)まれた歌 纏(まつ)わる物語
伝承は 記紀 万葉集などに 見当らぬようだ
何故(なぜ)だろう

数多(あまた)の別れとともに 忘れ得ぬまま消え果て
遙(はる)かに立ち昇る 霧の螺旋(らせん)の間を漂ひ
探し求める夢の畔(ほとり)を彷徨(さまよ)ふ
胸の底深く 切立ち抉(えぐ)れた山奥 ひたひたと溢(あふ)る
水溜(たま)りへ浮び出(い)で ひっそりと花咲く

「未草」という 花名の由来について『大和本草』には
「京都の方言で呼ばれている」もので「未の刻 すなわち 午後二時頃
(季節により 午後一時~三時)から花が閉じる」ことから と説かれ

   『大和本草』 八 水草  睡蓮(ヒツジグサ)

  ヒツジグサ ハ 京都ノ方言ナリ、此花 ヒツジノ時ヨリ ツボム、
  荇菜(ジュンサイ)ノ葉ニ似タリ、酉陽雜俎本草綱目 萍蓬草ノ下ニ、
  唐ノ段公路 北戸錄ヲ引ケリ、夏秋 花サク、花白クシテ 數重ナリ、
  蓮ニ似テ 小ナリ、其葉ハ (アサザ)ノ如シ、
  其花 夜ハ ツボミテ 水中ニ カクル、晝(ヒル)ハ又 水面ニ ウカブ
  故(ユエ)ニ 睡蓮ト云(イフ)、北戸錄ニ 所云(イフ トコロ)ト
  相同(アヒ オナジ)、他花ニ コトナル物也、蓴菜 荇菜(ジュンサイ)ノ
  類ナリ、畿内 江州 西土 處々(トコロ ドコロ)ニ多シ、他州ニモ多シ、

一方『和漢三才図絵』(1712)や『本草図譜』(1828)では
逆に「未の刻に花が開く」と紹介されているが
実際には 朝から夕方まで咲き
ほぼ平らに全開するのが 正午から未の刻の頃

花は三日程の間 日々開閉を繰り返し
明け方 水中より水面(みなも)に
蕾(つぼみ)を擡(もた)げ 開花
日暮れ 花を閉ぢ 水面下に没する

その後 花のついた茎を螺旋(らせん)に曲げ
水没したままとなり 水中で実を熟成させる (初冠 睡蓮と未草

   Debussy: Prélude à l'après-midi d'un faune / Rattle      water lily スイレン

【ウェールズ民話 銀の牛】

竪琴(たてごと)の音(ね)を愛し 山間(やまあひ)の
池より 六匹の銀の牛の姿で顕(あらわ)れた精霊が
竪琴(たてごと)の沈んだ池に スイレンとなって
花咲くようになった物話が ウェールズに伝わる

「ウェールズの山間(やまあひ)の池に
 water lily(スイレン)が 咲くようになったわけ」

ウェールズの山間(やまあひ)に暮らす 少年が
白い牛と黒い牛を連れ 池の畔(ほとり)の草地で
竪琴(たてごと)を奏(かな)でていた時のこと

池から銀色の牛が六匹浮び出て 岸へと上がり
少年を取り巻いて 楽の音(ね)に耳を傾け
日暮れて家路につく時も 少年についてきた

銀の牛たちは 濃い乳を出し 家族は喜んだが
一頭が乳を出さなくなると 肉屋に売払うことにし
助けてほしいと頼んでも 耳を貸さなかったので
少年は牛たちを連れ 池の畔(ほとり)で曲を奏でる裡(うち)
悲しみのあまり 竪琴(たてごと)を池に投げ入れた

すると六頭の銀の牛は皆 竪琴(たてごと)の後を追い
池に走り込んで ニ度と姿を現わさなかった
やがて その池を埋(う)め尽(つく)すように えもいわれぬ銀色の
water lily(スイレン)が花咲くようになったという
 
その最初の花々に 少年は 心の裡(うち)で
竪琴(たてごと)を かき鳴らしつつ 独(ひと)り旅立つ

Silver Cow, written by Susan Cooper, illustrated by Warwick Hutton   
 
見返しから見開きで 夜明けの池が描かれる 最初と最後
汀(みぎは)に咲くスイレン越しに 向う岸から
丘の向うへ見えなくなる その道を ずっと見送るように
 
閉ぢた目を 池のほうへ向けたまま 少年が遠ざかってゆき
やがて見えなくなった後も あちらこちらを向いて
白いスイレンが 静かに群れ咲いている
 
「狭き山間(やまあひ)を抜け 共に奏で響き合ふ
 心に出逢(であ)ふまで 立ち止まらず 行きなさい」
明るく馨(かを)る かすかな聲(こゑ)で
響(とよ)み 頷(うなづ)き 励ますように
「振り返らずに わたしたちは あなたの音楽を忘れぬ
 わたしたちは あなたの音楽に棲(す)む いまも これからも
 いつも ずっと いつまでも 生きとし生けるものの 心に鳴り響く」
 
少年は 竪琴(たてごと)を奏でていたのではなかったか スイレンたちに
ここでも 脇に挟(はさ)んで
 
少年の竪琴(たてごと)は これまで 怠(なま)けているとして
幾度となく 叩(たた)き壊(こは)されてきた
疲れと眠気と闘(たたか)ひ 辛抱(しんぼう)強く 繕(つくろ)ひ
粉々に砕(くだ)かれたものは 一から作り直した
 
身動きのとれぬ 深い夢の底で 少年が
ずっと堰(せ)き止めていた 涙を流し
旅立ちを心に決め 安らかな睡(ねむ)りに落ちた頃
銀の牛たちが 池の底から掬(すく)ひ上げ
潰(つぶ)れた くしゃくしゃの枕元へ届けてくれたのではなかったか
 
本を閉じるとき その音色が 聴こえて來そうになる
清清(すがすが)しき 花の馨(かを)りとともに
 
 
「花に な(鳴)く うぐひす(鶯) 水に す(棲)む かはづ(蛙) の こゑ(聲)を き(聴)けば
 い(生)きとし い(生)ける もの いづれか うた(歌)を よ(詠)まざりける」
                     (古今集 仮名序 紀 貫之 十世紀初頭)
 
 
牧神(パーン)に追はれ 蘆(ヨシ または アシ)になり
 蘆笛(あしぶえ)となった シュリンクス

太古の神々の物語を 次々と取り込んでいった ギリシャ神話に
牧神(パーン)に付き纏(まと)はれ 追ひ詰められた
水辺で 助けを求め 蘆(ヨシ)に変身する物語がある

風に震へ 哀しげに鳴る蘆(ヨシ)牧神(パーン)は手折り
蘆笛(あしぶえ パン・フルート) を作って
乙女の聲(こゑ)と共に在ることを悦びとしたという
 
牧神(パーン)シュリンクスを 自分のものにしたかっただけなのか
そうではない と 蘆笛(あしぶえ) は語る
 
ただ その歌聲(こゑ)に 尽きせぬ天の惠(めぐ)みを感じ
解き放ちたい と感じながら 傳(つた)へることが出來ぬまま
 
月の女神の巫女(みこ)として満足していた 幼きシュリンクス
突如 間近に見(まみ)えた 牧神(パーン)の異性と異形に 恐れ戰(おのの)き
話も聴かず 逃げ惑(まど)ひ 早瀬の深みへ向ったのを 止めようと
伸ばした手が 届かず 觸(ふ)れられまいと その背は捩(よぢ)れ
 
失はれたものに茫然とし 水瀨(みなせ)を通るたび 戰慄し
暗澹たる想ひに駆られ ある夕べ 坐り込んで
その日 何度目かの許しを乞うていたら
風が枯れた蘆(ヨシ)を そっと揺らし かすかに鳴らした
蘆(ヨシ)は歌ふようだった
 
「あなたが わたしの歌聲(こゑ)を好きだったこと
 いまは知っています ありがとう」
「優しい人だと わからなくて 怖がって ごめんなさい」
「ここは靜(しづ)かで とても冷たい わたしが ここに居ることを
 あなたが ずっと悲しんでいると 月の光が 敎(おし)へてくれた」
「わたしは もう 何も出來ないけれど あなたを怖がってはいない
 恨んでもいない あなたは わたしの歌聲(こゑ)が
 好きだったのだから それを想ひ出して 聴かせてほしい
 わたしは もう 歌ふことは出來ないけれど あなたは出來る
 悲しまず その歌聲(こゑ)と 生きてほしい」
 
牧神(パーン)の閉ぢた眼から涙が溢(あふ)れ
耳にシュリンクスの聲(こゑ)が甦(よみがへ)る
 
亡き人の聲(こゑ)を伝へてくれた 枯れた蘆(ヨシ)の一つに
あの日 届かなかった 手を伸ばし 注意深く 折り取って
並べて結び そっと息を吹き込むと それは 歌ってくれた
 
 
李 賀の詩 伶倫(れいりん)の作った 竹の笛】

唐の 李 賀(791-817)の詩に詠(うた)はれる
伶倫(れいりん)黄帝に仕えた 音楽の創成者
竹を切り 二十四の笛を作った とされる
黄帝は 半分の十二を用い
天地を構成する諸物質の運動を調整した

黄帝が天に昇られるとき 二十三管は帝に從(したが)ひ
殘された人類の爲(ため)一管が この地に留(とど)まった
が すでに人に德(とく)なく 誰も手に入れられなかった
黄帝の再来と称(たた)へられ惜(お)しまれた 帝の(びゃう)から
その笛は発見された という


李 賀の詩 天上の謠(うた)】
 
李 賀には 回転する銀河について 歌った詩も ある
 
天上の謠(うた)

天河夜轉漂廻星     天の川 夜 回転し めぐる星を漂わせ
銀浦流雲學水聲     銀の渚(なぎさ)に流れる雲 水聲を模倣する
玉宮桂樹花未落     月宮の桂の樹 花は未(ま)だ落ちず
仙妾採香垂珮纓     仙女らは佩(お)び玉たれて 香る花つむ
秦妃巻簾北牕曉     秦の王女 簾(すだれ)を巻けば 北窓は暁(あかつき)
牕前植桐青鳳小     窓の前に植えた桐には 青い小さな鳳凰(ほうおう)がいて
王子吹笙鵝管長     王子 喬 鵞鳥(がちょう)の首より長い笙(しゃう)を吹き
呼龍耕煙種瑤草     龍を呼び 煙を耕し 瑤草を植えさせている
粉霞紅綬藕絲君     朝焼けの紅綬をおびた 蓮糸のもすそ
青洲歩拾蘭苕春     青洲を散歩して 蘭の花を拾う春
東指義和能走馬     東方を指させば (日輪の御者)義和は巧みに馬走らせ
海塵新生石山下     乾いた海に新しい砂塵(さじん)が上がる 石山のもと
 
(李賀歌詩編1 原田 憲雄 訳注 平凡社 東洋文庫 645)   

二十代半ばで 病に斃(たお)れた 李 賀
生きていたのは ガリレオ の八百年前

初句「天河 夜 転じ 廻星を漂わせ」
地上から遍(あまね)く深く くっきりと銀河を捉(とら)へ
同じ深度 角度で虚空へ身を投げ上げる
 
体内の古き道 仄(ほの)暗く通底する 天体物理の翳(かげ)
記憶の底を うねり流れる 脈打つ波動
耳を傾ける裡(うち) いつしか睡(ねむ)りの底に 投影し されて

魂魄の巴投げ 結び合ったまま
手を放すことはない 螺旋(らせん)を舞ひ上がり
一目一翼 比翼の鳥が 合体せず
一つの呼吸で舞ひながら 翔(かけ)り飛ぶ
 
天の川銀河の 渦巻く腕の一つの一端に
ぶら下がる 明るき炎の瑤(たま)
遠く近く廻(めぐ)る昏(くら)き瑤(たま)
その中に 碧(あを)く仄(ほの)光る地球が見えただろうか
 
続く「銀裏流雲 學水聲」
「銀河も雲も音を立てないが
 銀河の渚を流れる雲が
 観ていると 水音の感じがするのを
「学ぶ」摸倣するといっている
 このような疑似感覚を歌ったものは 空前で
 すぐれた表現として たいへん有名になった」
             (原田 前掲書)という

星々は音を立てているらしい
李 賀には 聴こえたのかも知れぬ
木星は人間の可聴域で 和音の中を
廻(めぐ)る歌聲(こゑ)を響かせている ようだ
そのように

銀河の回転を眺めながら 月の仙宮で笙(しゃう)の笛吹く春
太陽が廻(めぐ)り 忽(たちま)ち悠久の時が過ぎ去って
海底が隆起し 岩山となり屹立する

終盤 二句
「春といえば東だから そちらを指さすと
 日輪の御者の義和が駆け登ってくる
 なかなか うまいじゃないか と思っているうちに
 たちまち何億年かが過ぎ去って
 海が干上がり あらたに生まれた陸地では
 岩石の山のあたりで砂塵が舞い上がっている」
              (原田 前掲書)

近年 地軸のづれと それに伴ふ 生態系の変化を
古来 肉眼で日月星辰の位相から 季節の到来と
気象を読み取ってきた というから

李 賀も 透徹した視力と聴力
天翔(あまかけ)る 斬新 鮮烈な洞察力と想像力で
渦巻き耀(かかや)く天の川銀河の 腕の先の一端に
ぶら下がる 太陽 を廻(めぐ)る 地球 が
天の川銀河の腕に一波 搖(ゆ)られる間の

二億五千年余り前のこと
すべての大陸が衝突し終へ
超大陸パンゲアが形成された頃
地球内部からスーパー・プルームが上昇
あらゆる火山活動が激烈となり
古生代の海生生物種の九割五分以上が絶滅した のを
遠く海塵立ち昇る裡(うち)に 見てとったのだろうか
(続く)   

 

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赤をめぐる 旅の終りの 雪

2019年02月04日 | 絵画について
坂を登りきって 人けない道を渡る前
もう登れぬ日も來ることを想った
左を向くと 円い羽のようなものが 二つ
行く手の両端へ 白く ゆっくりと降りて來た

現れつつ消えゆく 門のように
地面の冷たい黒へ 同時に ふれ そのまま白く
もう一ひら ふいに数多(あまた) 空の灰色から
白々と巻き湧いて 地面の黒へ散り落ち
白いまま 少しずつ小さくなった

誰かが 昇っていったのだろうか 疲れを知らぬ
松浦 武四郎(文化15〔1818〕- 明治21〔1888〕) のように
時空を巻き上がる 気泡氷結
空洞の階(きざはし)を貫(ぬ)け

大気を縫い 記憶を纏(まと)いながら
出逢えぬことも 寄り添うことも
已(や)むことなく廻(めぐ)る
会津さざゑ堂の 二重螺旋の板張りの坂 のように
しづかに きしむ音を響かせ


去年(こぞ)の 夏から秋へ 薄日が遠のいてゆく
離宮の 敷石の白と 高空の水色の間を ツバメが
かちゃかちゃと鳴きながら 視線のように よぎり

誰の眼差しだろう と想っていると
十三夜月が ゆっくりと翼部へ 額を押し当て
露台で旗が ひっそりと ゆらめいて
石段下に隠れた灯が まもなく ともるのを待っている

暗く居並ぶ窓の内
渡辺 省亭(せいてい)(嘉永4〔1852〕- 大正7〔1918〕)の
柔らかな濃淡による 花鳥画を
濤川(なみかわ)惣助(そうすけ)(弘化4〔1847〕- 明治43〔1910〕)が
息を呑む 七宝に仕上げた 楕円の額が 三十と二

木目の波紋が木霊する 餐(さん)の間に
紅い鳥は いまも居て
頭に 一ひらの白を載せ
淡紅鸚哥(モモイロインコ) に 科木(シナノキ)

省亭による 下図

かすかに頬笑む形の 嘴(くちばし)は白く
泡立つ 冠羽 の白を目深(まぶか)に
溶け出した滴(しづく)に映る
遠い太陽の記憶のように
煌(きらめ)く 小さな眸(ひとみ)
   
灰色の翼に霜が降り 尾羽の内も白く曇る
常夏の森で 冬を纏(まと)う
四季の林の どこかに居たか 紅い鳥
   
      円山(まるやま) 応挙(おうきょ)           佐竹 曙山(しょざん)
    (享保18〔1733〕- 寛政7〔1795〕)    (寛延元〔1748〕- 天明5〔1785〕)
      老松鸚哥(おいまつ インコ)図              松に唐鳥図

松の上で 何かを待つ 応挙の 黒い帽子の
見返りの鳥は 驚いているのだろうか
ジグザグを描いて空へ昇る 枯れ枝の階(きざはし)の
下に とまる 冠羽帽なき 曙山の 紅い鳥も
こんなに高い 松の梢(こずえ)で 眠っている わけでもなく

彼方(かなた)で 遙(はる)か以前に
故郷の梢(こずえ)を離れた 一ひらが
季節を運ぶ風に掬(すく)われ
星々の浸(ひた)る 高く速い気流へと託され
夜更(よふ)け 凍りつつ舞い降りて
辺(あた)りを仄蒼(ほのあを)く照らす

鎖(とざ)されつつ 半ば開かれながら
枯れ丸まった葉の間 シナノキ の実は
鸚哥(インコ)の小さく琥珀(こはく)色に凍りついた
記憶の雫(しづく)の 眸(ひとみ)のように
悴(かじか)んだ爪先から下がっている

暗く眩(まばゆ)い森の 木洩(こも)れ日の中
幾千もの 紅い鳥が飛び交い舞う 吹雪のように

琥珀(こはく)色に煌(きらめ)き 搖(ゆ)れる シナノキ
餅花は 夕暮れ時の 桿体 のように うつらうつら し
深々と座布団に沈む 団栗(どんぐり)は もう冬眠

若冲の 紅い鳥は 何を想う 星々を遠く映す
つややかで温かな宵闇が しっとりと降りてくる


伊藤 若冲(じゃくちゅう)(正徳6〔1716〕- 寛政12〔1800〕) 櫟(クヌギ) に鸚哥(インコ)図

故郷の マンゴーの木 か

17C(ca.1630-70頃)Indian Parrot on a Mango Tree, Golconda
マンゴーの木にとまるインド鸚哥(インコ)

羊と木の 寸法比は ほぼ合っている ように見えるので
鳥が とても大きく描かれているのは 実を載せた 片肢の甲を
口元へ揚げて啄(ついば)む ネーデルラントの画家
アドリアーン・コッラールト(c.1560頃 – 1618)による
銅版画のイメージ からだろうか という説も

左のインコが食べているのは サクランボだろうか
足下の枝にも 掛けてある
このインコは 緑のように見える
灰色かも知れぬ

右の やや細身のほうが 赤いのではないか
黒い帽子のにも 似て



北方では オーロラ が出ると
人心を狂わせる ことも あるのだそうだ
とくに 赤いオーロラ
南極点 到達に成功した アムンセン の一行にさえ
仲間に襲いかかる者が 出たという

太陽からの風が 放射線を伴い
大気の元素を 励起
低周波 を響かせる
地球自身の発する音遠く近くの惑星の音
聴き取れなくとも 感じる人は居て
知り得ぬメッセージに 胸を締めつけられる

  私は 二人の友人と歩道を歩いていた。 太陽は 沈みかけていた。
  突然、空が血の赤色に変わった。 私は立ち止まり、酷(ひど)い疲れを感じて
  柵に寄り掛かった。 それは炎の舌と血とが 青黒いフィヨルドと町並みに
  被さるようであった。 友人は歩き続けたが、私は そこに立ち尽くしたまま
  不安に震え、戦っていた。 そして私は、自然を貫く 果てしない叫びを聴いた。
ムンク 日記より〕     


エドヴァルド・ムンク 叫び 1910年頃 テンペラ・油彩・厚紙 83.5×66cm

極地方の夕焼けと 彩雲真珠母雲

ずっと この人が 橋を渡っていて
途中で 恐怖と苦痛に駆られ 叫び出し
止めることが 出來ないでいる と想っていた
逆巻く血のような流れが 橋の下にも 上にも ある
ことに気づき 渡りきることも 出來ぬまま

胸を締めつける 恐怖と苦痛の 心象風景と想ったものは
極地の夕暮れと彩雲の織りなす 空一面に波立つ深い赤だった
それは内から來たものではなく 外から來たものだった
内から湧き出したものが 外から押し寄せたように
想われることは しばしばだが

外から來たものが 内から鏡像のようなものを
呼び出すと ふいに自らと想っていたものが
内と外から圧し潰(つぶ)され 薄い水面へ
鏡面へと圧縮されてしまう
自らの表層へ閉じ込められ

炎のように切り裂く 視線と囁(ささや)きに貫かれ
まるで 自分なぞ そこに居ないかのように
異質な侵入者と それによって変質された自己が
互いを値踏みするように 眺め合う

時空に棚引(たなび)く 薄膜の向うへ
遠ざかる二人の人影は 友人だった
画家を貫き 紅穹の下に串刺しにする
黄昏(たそがれ)の囁(ささや)きは 彼らには聴こえない

同様に 内から迸(ほとばし)り出たものが
外から捧げられたもののように 想われ

想い出せぬのに 忘れられぬ 自らの夢を映し出す
深い水面を宿した 眸(ひとみ)を愛しても
それは 映しているものだけを 見ているわけではないだろう
それが目の前に 立ちはだかって居るだけかも知れぬ


紅い鳥は 自分の羽に紛(まぎ)れた
遙(はる)かな太陽の歌を 聴いているのかも知れぬ
故郷へ 羽搏(はばた)いて帰ることを
渡れぬ橋を 聲(こゑ)なき歌に 想い描いて


14世紀半ばから19世紀の半ばにかけて 小氷期 があった
厳冬と寒い夏 テムズ川とオランダの運河は完全凍結し
寒さや飢饉(ききん)で 多くの死者が出た
太陽の活動が極端に低調で 地球規模で火山活動が激しく
火山灰が空を覆(おお)い 日照時間が減った

とくに マウンダー極小期 と呼ばれる
1645年から1715年の30年間に
観測された黒点数は 50餘(あまり)で
通常の千分の一にまで落ちている


マウンダー極小期小氷期 を生きた
フェルメール(1632? - 1675?)の 赤い帽子の娘 は
男性像が描かれていた とても小さな板を
塗りつぶして 天地を逆さにし 描かれているそうだ

いつも左を向いて 窓から入る光を浴びている女性が
右を向いて ふり返り 頬と口元に光が当たって
光は 右奥の 画面を外れた どこかから差し込んで來て

平安人のような顔立ちの ほとんどと 眸(ひとみ)は
大きな ふっさりとした 深い赤の 羽根か毛皮の
うち重なった片翼のような 帽子の蔭になっている

紅い帽子の上層に波立ち 含まれた
温かな日差しと 下層に含まれた 冷たさ
それらとは異なる方向から注がれる
過去や未來の眼差しに 自分でも知らなかった
古い名を呼ばれたように 振り返る


赤い帽子の娘 Girl with the Red Hat 1665-1666年頃 油彩・板 23.2×18.1cm
ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington


目の内に広がる 網膜 には 光の波長=色を感知する 錐体
光の三原色 ごとに 異なる数で存在し
赤(長波長≒560nm)Ⅼ錐体:緑(中波長≒530nm)M錐体:
青(短波長≒430nm)S錐体 ≒ 63:32:5
Sが少ないうえに 中心窩の最中央部には存在せず
 ⅬM比には 著しい個体差も あるという 86:9:5 / 28:67:5 など
交じり合いながら 中心窩 に集まる
明るいとき ところで働く

光の波幅=光量=明暗を感知する 桿体
中心窩 の周辺に散らばる
桿体 の数は 錐体 の 20倍以上
暗いとき ところで働く

赤は 探されているのだろうか 時の薄膜を貫き
青は 隠されているのだろうか 時の紗幕の陰へ

酸素を捕らえた 鉄 を運ぶ 赤い波
酸素を抱いた 銅 を運ぶ 青い波

画面 手前には 椅子の背もたれの左右に
狛犬のように配された 獅子頭の彫り物が ある
それは 絵画の内と外を分かつ 門だろうか

超えられぬ はずの境界 間に閃(ひらめ)く 時の薄膜を
視線は ヘリウム4 のように 超流動 で昇る

私たちからは見えるのに 彼女からは見えぬ
私たちには聴こえぬのに 彼女には聴こえる


『わたしの名は赤』で オルハン・パムク は 赤に 次のように語らせる

「……
 お前たちの疑問が聞こえてくるよ。一つの色彩であるとはいかなることなのかと。
 色彩は目の触覚、耳の聞こえぬ者の音楽。暗闇の中の言の葉。わたしは、何万年もの間、書物から書物へ、事物から事物へと渡り歩き、風のうなりのように囁く魂の声に耳を傾けてきた。だから、私に触れられるのはどこか天使に触れられるのと似ているかも知れない。お前たちの視線を受けて空を舞う軽快さが私には備わっている。
 赤たることは幸いかな! 燃え盛るようで力強い。わたしは知っている。みながわたしに目を留めるのを。お前たちがわたしに抗えないのを。
 何者もわたしを隠しえない。赤の優美さは惰弱と無力によってではなく、ただ決意と強い意志によってのみ実を結ぶ。他の色も、影も怖くはない。群衆も孤独も恐れぬ。わたしの到来を待ちわびる紙の表面を赤い勝利の炎によって覆いつくすのは、なんと素晴らしいことか! ひとたびわたしが塗られたなら、人々の目は爛々と輝き、その情熱は勢いを増し、眉毛は逆立ち、胸は高鳴る。わたしを見ろ。生はなんと美しいのだろう! わたしを見据えよ。視覚とはなんと素晴らしいのだろう! 生とは見ること。わたしは至るところで見られている。わたしに帰依せよ。生はわたしとともにはじまり、やがてわたしに回帰するのだから。
 黙して聞くがよい。わたしがいかにしてかくも壮麗な赤となったのかを聞かせてやろう。顔料に通曉する とある絵師が、インドで最も暑い地方よりもたらされた干したエンジムシをすり鉢に入れてすりこぎでよく潰して粉末にした。五ディルハム分のこの粉末の他に、一ディルハムのシャボンソウ、半ディルハムの酒石英を準備し、三オッカの水を鍋に注ぎ、まずはシャボンソウを投じてよく茹でる。次に酒石英も加えて よく かき混ぜ、さらに茹でる。ちょうど、珈琲を淹れるくらいの時間だ。その絵師がコーヒーを飲んでいる間、わたしは いまにも生れ出ようとする赤子のように、居ても立っても いられない心持ちだ。珈琲で頭と眼が冴える頃合いに、いよいよエンジムシの赤い粉末を鍋に投じる。そして、専用の細くて清潔な攪拌棒で混ぜれば、私が真の赤となるまであと少しだ。しかし、火加減が大切だ。沸かし過ぎても いけないし、かといって まったく沸騰させないというのも よくない。さあ、棒の端で一つまみを親指――他の指では いけない――の 爪に垂らしてみよう。おお、赤たることは美しきかな! わたしは絵師の親指を赤く染め、しかし 水のように その端から こぼれ落ちる ことはない。いい頃合いでは あるが、まだ澱が残っている。炉から鍋を下ろして布で漉せば、わたしは より純粋な赤となる。ふたたび炉に戻して、都合二回、さらに沸騰させつつ攪拌したのち、軽く砕いたミョウバンを加え、冷めるのを待つ。
――あれから数日が経った。あらゆる書物の頁や さまざまな場所や物に塗られるはずだ というのに、わたしは何色とも混ぜられることなく、鍋の中に とどめ置かれたままだ。
こんなふうに放っておかれるのは 我慢が ならないが、仕方なく わたしは、その しじまの中で赤たることの所以(ゆえん)に思いを馳せた。
……」(オルハン・パムク『わたしの名は赤』早川文庫 宮下 遼 訳)


彼女は そこに居らぬ人を見ようと
しているようにも見える
これから來る人を
出逢うことなく 去りゆく人を

彼女を描く人を
忘れ得ぬ面影として
彼女を見る人を
赤い帽子の人として

彼女のことを なにも知らず 美しいとも
やさしい娘とも想わぬかも知れず
興味すら抱かぬかも知れぬが
果てしなく広がり続ける 視野を行き交う
彼女の愛でた赤い帽子を 目にとめ
記憶にとどめる 行きずりの人々を

赤は 自らの置かれた世界よりも 外が見えるのかも知れぬ
視線は 光の通った跡をたどり 光の穿(うが)った洞を彷徨(さまよ)う
温められ ゆらめき立つ 翳(かげ)を かき分け
光の記憶に包まれ

遙(はる)かな時を貫(ぬ)け 視線は届く
視線は 囁(ささや)く
夕暮れのツバメのように
極地の黄昏(たそがれ)の 彩雲 のように
一ひらの雪のように

凍りつく寒さの中 燃える薪と灯心に宿る
汐のように脈打つ 温かな赤
遠く小さく 去ってゆくような日の暮れがた
過去や未来からの眼差しが 血の中で
あなたを呼ぶ 母のような聲(こゑ)で

あなた自身のうちに宿り消えたように想っていた
夢の数々は その聲(こゑ)に応え
あなたの枯れた泉に 細い流れを幻のように繰り出し
えもいわれぬ 甘く懐かしく 聴こえぬ歌を歌う

眠りの底で あなたは泣くが
目覚めた時には 忘れている

空が ほぐれて灰になり すべてが
白い淡い光に 覆(おお)われてゆく
聴き取れぬ 絶え間なき 囁(ささや)きに 包まれ



リュートを調弦する女 Woman with a Lute
1662-1663年頃 油彩・カンヴァス 51.4×45.7 cm
メトロポリタン美術館 The Metropolitan Museum of Art
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