暗い道を急いでいた。 木の間に懸かる夕空が青昏く解け、年の瀬の眸が閉ざされていく
何処にも辿り着けず、何処へ向かえばよいかも最早判らず。 朽ちかけた夢に
纏わりつく妄想を薙ぎ払っていくと、夕闇に烟る社へ出た
笑止。 願いは子宝でなく都へ戻り詠い暮らす事にて、と呟くと、森閑と薄明るくなり、
時が刻まれるのが鈍く、大いなる掌の間で圧し潰されていくように鼓動が重くなった
漆黒の翼が頭上を覆い、忘れられた骨の山を投げ落とす。 鬣を逆立て首を捻じ曲げ、
泡巻く歯を剥き馬は永劫の一瞬顧みたかと思うと、棹立ちになり真逆様に墜ちた
薄日が差し、遠い頂の梢から松毬が落ちる。 彼方より群れ成す炎がどよもす
回りながら小さな羽が実を離れ、ゆっくりと昇っていく。 風に乗り、煌めいて空谷を渡る
砕けた身と心の絡まる茨の高い枝先に、赤い実が膨らんで、滲むように朧に小鳥が啄みに来る
その羽音について行き、初めの夢に手を伸ばす
初夏の暮れ方。 晩夏の暁。 澄んだ風に孕まれ、言の葉の林に分け入り、
薄明の下生えを飛び移る、色の失せた鳥の影となり、飛び去った後の透き通った葉蔭で
微かに開いたまま薄れていく嘴。 林の翳に綴られる淡い迷路を辿り、消えゆく風の川を渡る
明星から滴り嘯く声が夜明けを波打たせ、一条の光が暗闇の集く下生えを吹き消して、
幽かに明かるむ露を宿した莟が揺らめく。 涸れ谷から仰ぐ、射干玉の虚空に尾を曳く
流星の残り香。 闇夜の炎芯で葉が揺れ、羽音がどよもし、水底で光が泡立つ
立ち去って久しい跫に耳を澄まし、仄かな翳に彩られ、門が消えていく
開きつつ閉じつつ、鼓動のように
担ぎ込まれた深更、切れ切れの眠りの波間に、舟端を掴む幼い拳に飛沫が白く、
浮かぶ眸は逆巻く浪裏を抜けて、目眩く切り立った嶺を、重い実を負い攀じ登る背を映し出す
未だ面貌のない顔が振り向けられ、岩角の痕の刻まれた幼い指を広げて、別れを告げる
灼熱の雫が凍りつき、古びた松毬を着て、頬の白い雀になり、よく知った苑へ舞い降りた
鏡の奥の暗がりで、子らが鳥達といる野に流れが仄光る。 震える息で縁が曇ってゆく
やがて視線の掻き分ける文字と文字の間が、微かに日の光を帯びて耀き、
房々と雪のこびりついた若松の枝となって左右に垂れ、揺れ動く。 霧が立ち籠めている
幻日が左右に凝然と凍り、彼方に視線と声だけが辿り着ける岸がある
海松貝で作られた沓が舟に、松の羽に託された消息が帆に、
うねり流れる時空の薄明を、杳として流離い、瞼を鎖し風と星の唄を聴く
母が呼んでいる
身を浸し渡る川中、白髪振り乱したる身を映し嘆きつつ、探し当て弔ってくれた
娘が呼んでいる
松籟已んで照葉の黙の奥つ城に、羽搏き囀る声が寄せては返す岸近く、
沓を脱ぎ、光の羽を深く内へ畳んで、身が千々に切り裂かれると、
絶え間なく届かぬ視線の、最早聴き取れぬ声の、緩き螺旋の橋となり、臥して待つ
子らが渡り終え、鳥が遍く飛び過ぎるまで。 光と翳、風と黙で編まれた階梯
幼い指が丹念に解いていく。 曳き起こされ、手を引かれ、自らを渡る時まで
渡り切るその刹那、眸が開き、声が迸る。 涙は流れず、息が漂う
身は灰と掻き消え、歌だけが星明かりの葉蔭と風に散り敷く
夜半舞い散る桜の花びらに映り流れて浮き沈み、雨降り霽て風吹いて、星の消えゆく明け方、
雫が詠っている。 日暮しと杜鵑が歌い初める前と黙して後に聴こえる、その歌
何処にも辿り着けず、何処へ向かえばよいかも最早判らず。 朽ちかけた夢に
纏わりつく妄想を薙ぎ払っていくと、夕闇に烟る社へ出た
笑止。 願いは子宝でなく都へ戻り詠い暮らす事にて、と呟くと、森閑と薄明るくなり、
時が刻まれるのが鈍く、大いなる掌の間で圧し潰されていくように鼓動が重くなった
漆黒の翼が頭上を覆い、忘れられた骨の山を投げ落とす。 鬣を逆立て首を捻じ曲げ、
泡巻く歯を剥き馬は永劫の一瞬顧みたかと思うと、棹立ちになり真逆様に墜ちた
薄日が差し、遠い頂の梢から松毬が落ちる。 彼方より群れ成す炎がどよもす
回りながら小さな羽が実を離れ、ゆっくりと昇っていく。 風に乗り、煌めいて空谷を渡る
砕けた身と心の絡まる茨の高い枝先に、赤い実が膨らんで、滲むように朧に小鳥が啄みに来る
その羽音について行き、初めの夢に手を伸ばす
初夏の暮れ方。 晩夏の暁。 澄んだ風に孕まれ、言の葉の林に分け入り、
薄明の下生えを飛び移る、色の失せた鳥の影となり、飛び去った後の透き通った葉蔭で
微かに開いたまま薄れていく嘴。 林の翳に綴られる淡い迷路を辿り、消えゆく風の川を渡る
明星から滴り嘯く声が夜明けを波打たせ、一条の光が暗闇の集く下生えを吹き消して、
幽かに明かるむ露を宿した莟が揺らめく。 涸れ谷から仰ぐ、射干玉の虚空に尾を曳く
流星の残り香。 闇夜の炎芯で葉が揺れ、羽音がどよもし、水底で光が泡立つ
立ち去って久しい跫に耳を澄まし、仄かな翳に彩られ、門が消えていく
開きつつ閉じつつ、鼓動のように
担ぎ込まれた深更、切れ切れの眠りの波間に、舟端を掴む幼い拳に飛沫が白く、
浮かぶ眸は逆巻く浪裏を抜けて、目眩く切り立った嶺を、重い実を負い攀じ登る背を映し出す
未だ面貌のない顔が振り向けられ、岩角の痕の刻まれた幼い指を広げて、別れを告げる
灼熱の雫が凍りつき、古びた松毬を着て、頬の白い雀になり、よく知った苑へ舞い降りた
鏡の奥の暗がりで、子らが鳥達といる野に流れが仄光る。 震える息で縁が曇ってゆく
やがて視線の掻き分ける文字と文字の間が、微かに日の光を帯びて耀き、
房々と雪のこびりついた若松の枝となって左右に垂れ、揺れ動く。 霧が立ち籠めている
幻日が左右に凝然と凍り、彼方に視線と声だけが辿り着ける岸がある
海松貝で作られた沓が舟に、松の羽に託された消息が帆に、
うねり流れる時空の薄明を、杳として流離い、瞼を鎖し風と星の唄を聴く
母が呼んでいる
身を浸し渡る川中、白髪振り乱したる身を映し嘆きつつ、探し当て弔ってくれた
娘が呼んでいる
松籟已んで照葉の黙の奥つ城に、羽搏き囀る声が寄せては返す岸近く、
沓を脱ぎ、光の羽を深く内へ畳んで、身が千々に切り裂かれると、
絶え間なく届かぬ視線の、最早聴き取れぬ声の、緩き螺旋の橋となり、臥して待つ
子らが渡り終え、鳥が遍く飛び過ぎるまで。 光と翳、風と黙で編まれた階梯
幼い指が丹念に解いていく。 曳き起こされ、手を引かれ、自らを渡る時まで
渡り切るその刹那、眸が開き、声が迸る。 涙は流れず、息が漂う
身は灰と掻き消え、歌だけが星明かりの葉蔭と風に散り敷く
夜半舞い散る桜の花びらに映り流れて浮き沈み、雨降り霽て風吹いて、星の消えゆく明け方、
雫が詠っている。 日暮しと杜鵑が歌い初める前と黙して後に聴こえる、その歌