6月19日
「アルバが踊っている。若い男を求めてさまよっているのですよ」
夜の11時。夏至を数日後に控えた白夜のストックホルム。郊外を走行中、写真のような
光景が見えた。草原を覆うように白い靄がたなびいている。薄い雲海のようにも見える。
幻想的な風景に、急いで車窓からシャッターを切った。
そのとき、同乗の知人が「あれはアルバですよ。気をつけないといけません」と笑って、冒
頭のような話を切り出したのだった。
「アルバですか? とっくに若くはないけれど、気をつけろって、どういうことですか」
「アルバは妖精です。夏の夜、平原をこのように低く、白く覆う靄を妖精にたとえているん
ですよ。靄はゆっくり流れるでしょう。それをスウェーデンでは、アルバがダンスをしている
(Alvarna dansar =アルバナ ダンサル)と表現しているんです」
「ロマンティックな妖精ですね」
「いや、いや」と、知人は目もとをゆるませた。
「気をつけろと言ったでしょう。アルバは怖い妖精ですよ。魅力的な踊りで若い男を誘惑
する。誘惑して一緒に踊って、楽しませた後で殺す。ロマンティックな殺され方、とは言え
るかもしれませんが」と、笑った。
スウェーデンの夏は白夜の季節だ。北の方では、深夜でも太陽が地平線をかすめるよう
に動いて沈むことがない。スウェーデンの中部にあるストックホルムでは、そんな太陽は
見ることができない。しかし写真のように、夜の11時を迎えても仄明るく、暗闇に包まれる
ことはない。長くて暗い冬の反動も手伝って、この時期、若者は戸外に飛びだし、恋に遊び
大酒を飲む。この国の若者は、底なしに飲む。バイキングの末裔である。だが、遊びまくって、
たらふく飲んで、正体不明になったらアルバに誘惑されてしまうぞ、ということらしい。
しかし、幻想的な光景が、たとえおとぎ話の世界とはいえ、残酷な結末を秘めていると聞かされて、
わたしにはより魅力的に映るようになった。そんな妖精なら、この年でも誘ってくれるなら、などと
バカなことを考えて、もう一度、シャッターを切った。