今日は日本中東学会の年次大会に行ってきました。拝聴した研究発表のひとつが、国立民族学博物館の西尾哲夫先生の「誰がために乳房はゆれる」でした。学会発表にしては、かなりエロチックな表題ですが、サブタイトルは「ベリーダンスをめぐる身体と言説の現代的変容」。ベリーダンスを踊る女性たち(主に非エジプト人女性)へのインタビューに基づいて、現代のベリーダンスのあり方を問うご発表でした。
概して、イスラーム社会でのベリーダンサーの地位は低いのですが、ベリーダンスを「第二のピラミッド」として観光産業と結びつける動きもあるそうです。それで一時期、一流ホテルで踊っていた外国人ダンサーを排除して、エジプト人ダンサーに躍らせるようにしたそうですが、今ではまた非エジプト人ダンサーが踊るようになっているそうです。
ベリーダンスが世界に広がったのは、アメリカでのブームが発端で、アジアでは、香港あたりでブレイクしたのが始まりだったそうです。今では日本でも、ベリーダンス教室が開かれたりしていますよね。
そもそも、なぜ外国人がベリーダンスを踊るようになったのか、という問いには、いろいろな答がありました。運動になる、民族舞踊に興味があった、エロティックなところに惹かれた、年を取っていてもできる、バレエのように段階を踏まなくてもよいので気軽にできる、太っていてもできる・・・etc.
また、精神療法としても、ベリーダンスは有用なのだそうです。身体と心の結びつき、身体と心の調和を図る手段として、ベリーダンスが用いられているケースもあるとのこと。
よく「官能的」といわれるベリーダンスですが、インタビューに応じた女性の一人が、「見る人の見方で官能的、セクシーと捉えられるだけだ」と語っていたのが印象的です。
外国在住のアラブ人女性にとってのベリーダンスは、アラブとしてのアイデンティティを表わすもの、それに対して、海外の外国人女性にとってのベリーダンスは、アラブ文化理解の一助と考えて良さそうです。
しかし、一口にベリーダンスと言っても、本来のエジプトのベリーダンスと比べて、アメリカのベリーダンスは、他のダンスの影響を受けるなどして変化しているとのこと。そこで、エジプトのベリーダンスがある種の伝統芸能としての地位を獲得し、観光産業とも結びついて、伝統の創生がなされているとのことでした。
(…と書いてまいりましたが、私の理解力不足で、上述の内容には、誤りも含まれているかもしれません。この記事の誤りはすべて私の責に帰すものです。)
概して、イスラーム社会でのベリーダンサーの地位は低いのですが、ベリーダンスを「第二のピラミッド」として観光産業と結びつける動きもあるそうです。それで一時期、一流ホテルで踊っていた外国人ダンサーを排除して、エジプト人ダンサーに躍らせるようにしたそうですが、今ではまた非エジプト人ダンサーが踊るようになっているそうです。
ベリーダンスが世界に広がったのは、アメリカでのブームが発端で、アジアでは、香港あたりでブレイクしたのが始まりだったそうです。今では日本でも、ベリーダンス教室が開かれたりしていますよね。
そもそも、なぜ外国人がベリーダンスを踊るようになったのか、という問いには、いろいろな答がありました。運動になる、民族舞踊に興味があった、エロティックなところに惹かれた、年を取っていてもできる、バレエのように段階を踏まなくてもよいので気軽にできる、太っていてもできる・・・etc.
また、精神療法としても、ベリーダンスは有用なのだそうです。身体と心の結びつき、身体と心の調和を図る手段として、ベリーダンスが用いられているケースもあるとのこと。
よく「官能的」といわれるベリーダンスですが、インタビューに応じた女性の一人が、「見る人の見方で官能的、セクシーと捉えられるだけだ」と語っていたのが印象的です。
外国在住のアラブ人女性にとってのベリーダンスは、アラブとしてのアイデンティティを表わすもの、それに対して、海外の外国人女性にとってのベリーダンスは、アラブ文化理解の一助と考えて良さそうです。
しかし、一口にベリーダンスと言っても、本来のエジプトのベリーダンスと比べて、アメリカのベリーダンスは、他のダンスの影響を受けるなどして変化しているとのこと。そこで、エジプトのベリーダンスがある種の伝統芸能としての地位を獲得し、観光産業とも結びついて、伝統の創生がなされているとのことでした。
(…と書いてまいりましたが、私の理解力不足で、上述の内容には、誤りも含まれているかもしれません。この記事の誤りはすべて私の責に帰すものです。)