どう考えても合理的ではない行動をすることがある。例えば、一言訳を言っておけば誰にも非難されないのにそれをしない、あるいは、ここで引き返せばまだ間に合うにもかかわらずそのままずるずると引き延ばしてあえてその時機を逃してしまう。昨夜見た夢はそんな筋書きだった。まだ子供の頃の自分が親にも告げずに家を出て友人と旅行に出かける。一泊二日の友人との旅行だったのだが、その友人と別れてからも家に戻らず、更にもう一晩を外で過ごしてしまう。友人と一緒のところまでであれば、まだ何とか親に説明がつくのに、更に伸ばすことによってますます不可解な行動になってしまう。まるで自分で自分の首を絞めるようなことを何故しようとするのか。合理的な理由もなく、次々に道を踏み外してゆくような、あるいは、奈落の底に自ら落ち込んでゆくような取り返しのつかないことの積み重ねをするのか。そんなもうどうしようもなくなった状態に追い込まれて(自ら追い込んで)しまったところで目が覚めた。
生まれつき臆病な性格だったので、実際には一度も家出のようなことをするようなことはなかった。いや、考えたことすらなかった。もちろんそんなことをすれば親が悲しむだろうということは分かっていたということもある。しかし、そもそも、そういった気持にはならなかった。いずれ親元を離れることになることは分かっていたし、それ以前にどんな短期間にせよ行方不明になるようなことは考えもしなかった。
ただ当時の友人の中には頻繁に親と争いになり家を飛び出して、時には自分の家に来ることもあったから、そういった小さな家出があるということを知らなかったわけではない。しかし、派手な親子喧嘩をした後に、さほど心配した風もない親がやってきて、自然な様子でその子と一緒に帰るのを見ていたら、ずいぶんとさばけた家族なのだな、と思ったものだ。
一方、羽目を外して人生が変わってしまった知り合いもいる。ロンドンに駐在していた時、東京から出張者があることを知らされて準備をしていた。旅程では、彼は初めにイタリアを訪れその後スペインを経由して最後にロンドンに来るということになっていた。しかし、イタリアに到着する予定日になっても彼が現れないということで騒ぎに。まず、イタリアの同僚が東京に聞いてみると予定通り出発した、と。それでは何かの理由でスペインに先に行ったのかと思いスペインの同僚に照会したがそこにも現れていない。最後に自分の所に照会の電話があったのだが、もちろん来ていない。
そのうちに、彼の乗った便はオランダ経由だとわかり、彼の足取りはそこで途絶えている。そこでオランダの同僚に知らせて、心当たりのホテルを調べてもらったが見つからない。万策尽きて、オランダ警察に届けたところ、何と、彼は東京とオランダの飛行機の中で泥酔し、手が付けられなくなって空港⇒警察で保護されたというのがわかった。今なら大きなスキャンダルである。やっと彼を見つけ出したが既にそれまでに数日が経過しており、彼の出張予定はすべてキャンセル、即刻帰国ということになった。その後どのような処分がなされたのかは知らないが程なく彼の消息は日本でもわからなくなってしまった。
大の男が出張の初めから人事不省になるまで酒を飲む、というのはどう考えても合理的な行動ではない。彼はどこかの時点で、超えてはいけない一線を越えてしまったのだろう。世の中を見渡せば決して珍しくはないのだろうが身近でこういうことが起きるとつくづく人間とは時として不合理なことをする生き物であると思わないではいられない。
さて昨夜のような夢を見たのは自分の中に、いまだに不合理なものに突き動かされるような何かがあるからなのか、あるいは無意識の中に押し込まれてきた何かがあるのか。いままで合理的に生きてきたと、しっかりした足元だと思っていたのが、実は脆いものだということを思い起こさせるためだったのか。
かつて、どうもこのごろ悪い夢ばかり見ると言ったらアメリカの友人がくれたのが北米に伝わるおまじないのドリームキャッチャー(Dreamcatcher)。言い伝えでは、これを枕元に吊り下げておくと『悪夢は網目に引っかかったまま夜明けと共に消え去り、良い夢だけが網目から羽を伝わって降りてきて眠っている人のもとに入る』と。