ウィーンフィルによる恒例のニューイヤーコンサートの最後に演奏されるのが1848年、北部イタリアの反乱軍を鎮圧したハプスブルグ帝国の智将ラデツキーをたたえるヨハン・シュトラウス作曲の「ラデツキー行進曲」。この行進曲に着想を得て、ハプスブルグ家の終焉を描いたのがヨーゼフ・ロートの「ラデツキー行進曲」。
岩波文庫(平田達治訳)で2014年8月に刊行されたものだが、今でも初版本を売っていた。1932年、ナチスが台頭しつつあったベルリンで書かれたこの長編小説は、多民族、多文化のハプスブルグ家が歴史的な使命を終えて崩壊してゆくさまを描いているもので、歴史小説と言ってもよいものだが、一方では、ハプスブルグ帝国のような多様性が共産主義や民族主義のような単一かつ非寛容な潮流に翻弄されてゆくということでは、イスラムをめぐって揺れ動く現在の世界情勢と照らし合わせても興味深い作品だ。また、この小説からは対象としている期間(1866年ー1916年)のオーストリー・ハンガリー二重帝国の習俗もよくうかがうことができるのもこの本の魅力。
この小説はドイツ語で書かれたものであるが、平田氏の翻訳は論理的でわかりやすいのみならず、抒情的な描写がまるで三島由紀夫なみに巧みに表現されていて味わいがある。翻訳ではあるが、日本文学としても十分通用する、小説家としての実力が発揮されている名著だと思う。