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はな to つき

花鳥風月

世界旅行の世界(12)

2019-07-08 22:16:31 | 【世界旅行の世界】
「その夢にね、先生が出て来たの」
「わたしが、出て来た?」

 先生は、必死に冷静になっている風情に直して聞きます。

「というか、先生にすごくよく似た人のような気もしたんだけど」
「どういうこと?」
「その先生はね、今の先生よりももっともっと大人になっていたの」
「どのくらい大人になっていたの?」
「う・・・ん、よくわからないけど、すっかりおじさん、というより、ちょっと手前くらい」
「あはは。微妙な感じだね」
「そうそう微妙。なんて、微妙ということではなくて、若いのかそうでないのかが分からないの。だって、背も今みたいに高くて、私は先生を今みたいに見上げていて、スタイルも今のままで、なにも変わっていないの」
「でも、歳をとっていたのはわかったんだ?」
「うん。たぶん、声かもしれない」
「声?」
「そう、声。先生の声なんだけど、でも、ちょっと大人の声に感じたの」
「そうか、大人の声か」
「うん。でも、これも感覚的なことだから説明するのがむずかしいね。理由はうまく言えないのだけど、結論として、大人の先生と感じたの」
「なるほど。たしかに説明はできないけれど分かることってあるからね」
「それでね、その先生が、私の前にいる女の人に、あることを言うの」
「え?るみちゃんに、なにか言ったのではないの?」
「そうなの。その女の人の後ろに私は立ってるの。背は私よりも少し高い人で、アジュールブルーのバッグをたすき掛けにしていた気がする。それで、どうしてか瞬間的に、先生の大切なひとだって分かったの」
「え?大切なひと?」
「そう、大切なひとに、すごく大切なことを伝えていた気がするの」
「そうなんだ?ちなみに、それはどういうシチュエーションだったの?」
「たぶんね、先生のお部屋だと思う。カーテンのかかった窓がすぐ横にあって、オレンジの感じだったから電気がついていたんだと思う」

 女の子はまったく気づいていないけれど、先生の心臓はそれまで打ったことのない鼓動を刻んでいます。

「それで、その女の人は、どんな人だったの?」
「後ろ姿しか見えなかったから顔はわからないの。でも、可愛らしい人ということは分かったよ」
「後ろ姿だけだったのに、どうしてそう思ったの?」
「先生が、その人のことを見る目で、すぐに分かったの。この人、先生にとってとっても大切なひとなんだって」
「そう。そんな目をしていたんだ」
「うん。だってその目、たまに私にも見せてくれるんだよ?先生、気づいてないでしょう?」
「うん、気づいてなかった」
「なによ、先生。そこは嘘でも、気づいてるよ、って言わないといけないとこでしょう?まったく、これだから先生は」

 女の子は笑いながらも、それが先生の嘘であることにもう気づいています。
 先生が、そういう照れ隠しをする人ということは、すっかりお見通しです。

「あはは。ごめんね。もちろん、気づいてるよ」
「ふふふ。もう、いいってば。それでね、その先生がとても不思議なことを言っていたの」
「そのことばを覚えているの?」
「うん。断片的にだけど。でも、間違いなく覚えている言葉もあるよ」
「どんな、ことば?」

 今度は女の子が、夕方に向かう空を映し始めた水平線に目を向けて、しっかり思い出しながらゆっくり口にします。

「あなたのメモの行間と同じことが伝えたかった」
「・・・」

 先生は、お城の先端に並んで立つ20センチほど低い女の子の横顔を、時間が止まったように見つめています。
 それに気づいたように女の子は、20センチ高い、自分のことを見つめている瞳を見つめ返します。

「せんせい?」
「ーーー!」
「先生?」
「あ。え、な、なあに?」
「先生、どうしたの?なにか、私、変なことを言った?」
「あ、いや、そんなことないよ」
「ねえ、先生?これって、予知夢なのかなあ。将来、先生がプロポーズするところを、私、覗き見しちゃったのかなあ」
「・・・」
「あ、でも、先生は将来、私にプロポーズするのかと思ってたのに。浮気するつもりだな?」

 女の子は無邪気に冗談づきます。
 先生は、女の子の冗談にひとつ微笑んでから聞きます。

「そこで、夢は覚めたの?」
「たしか、そうだと思う」
「それで、なにか、るみちゃんに変わったことはなかったかな?」
「う・・・ん、変わったことはないかな。でも、その女の人の後ろにいたから、ちょっと本当に先生にプロポーズされていたみたいで、ドキドキした。なんか、先生の誰にも見せないところを見ちゃった気がして、得した気分」
「得した、気分、か」
「えへへ。ストーカーみたいだね」
「あはは。本当だ、ストーカーみたいだ」

 そう笑い合ったふたりは、それから少しの間言葉を止めて同じ方向を見ています。
 夕日が傾く先。
 水平線。
 呪文の扉を少しだけずらした女の子とすべての記憶を取り戻している先生。
 ふたり静かに佇んだまま、その日の旅は終わりに向かっているようです。

(つづく)