四国霊場八十八カ所(73~68番)

2016年11月23日 23時29分38秒 | 遊ぶ

四国霊場八十八カ所の七十三番から六十八番札所を訪ねた。今日は、中讃から西讃に掛けて6カ所を巡る。

・七十三番札所:出釈迦寺

出釈迦寺は、弘法大師幼少期の伝説のひとつ「捨身ヶ嶽」縁起にゆかりがある寺。“真魚”と呼ばれていた7歳の時、我拝師山に登り「私は将来仏門に入り、仏の教えを広めて多くの人を救いたい。私の願いが叶うなら釈迦如来よ、姿を現したまえ。もし叶わぬのなら一命を捨ててこの身を諸仏に捧げる。」と、断崖絶壁から身を投じた。すると、紫色の雲が湧き、釈迦如来と羽衣をまとった天女が舞い降り、雲の中で弘法大師を抱きとめたという。その我拝師山にある奥の院には今日は行けなかったが、別日に調整して挑戦してみようと固く固く決意した。

   

・七十二番札所:曼荼羅寺

出釈迦寺に隣接する、曼荼羅寺。創建は、四国霊場で最も古い推古四年(596)。樹齢1200年を超す弘法大師お手植えの「不老松」があったが、松食い虫に浸食され平成14年に伐採されている。その伐採された幹を掘って作られた”笠松大師”は、有難さもMaxなのではないだろうか?

    

・七十一番札所:弥谷寺

大師堂は、仁王門から石段を370段上ったところにある。石段の脇には古い墓石や五輪塔が点在しており、岩壁に埋め込まれたように建てられた堂内部は荘厳な雰囲気をしている。本堂へは、さらに170段上りきると岩山にとり囲まれるように佇んでおり、苦労してたどりついた本堂からは、讃岐平野を見渡すことができ、爽快な気持ちにさせてくれる。大師堂から本堂へ向かう途中の岩壁には弥陀三尊磨壁仏があり、大師が刻んだとされている。「磨崖仏(まがいぶつ)」と呼ばれ、真言を唱えると極楽往生ができるともいわれるらしい。

     

・七十番札所:本山寺

本尊は馬頭観世音菩薩で四国霊場では唯一のもの。頭上に馬頭をいただく観音様で、祀られている本堂のそばには馬の像が控えている。また霊場では竹林寺・志度寺・善通寺とこの本山寺の4ヶ所だけという五重塔が、目印となる。その五重塔だが今は改装工事中であり全容を見ることが出来なかったが、塔の先端部分が展示されており逆に工事のお蔭でラッキーだったのかも知れない。

    

・六十九番札所:観音寺、六十八番札所:神恵院

六十九番・観音寺も六十八番・神恵院も、琴弾公園内の琴弾山の中腹にある。2つの札所が同じ境内に存在する、とても珍しい霊場である。

  

観音寺は、琴弾山の中腹に奈良の興福寺に倣ならって中金堂、東金堂、西金堂の様式で七堂伽藍を建立し、その中金堂には本尊とする聖観世音菩薩像を彫造して安置した。さらに、この地に仏塔を建てて瑠璃、珊瑚、瑪瑙などの七宝を埋め、地鎮をしたことから、寺名の神宮寺を「七宝山・観音寺」に改め、霊場に定めたとされている。 

 

神恵院を開基したのは、法相宗の高僧・日証上人といわれている。この地で修行中に宇佐八幡宮のお告げを受け、かなたの海上で神船と琴を発見。琴弾山に引き上げ、「琴弾八幡宮」を建立して祀った。このとき、神宮寺として建てられた寺が起源とされている。弘法大師が琴弾八幡宮の本地仏である阿弥陀如来を描いて本尊として祀り、寺の名を「神恵院」にとし、六十八番霊場とした。その後、明治初年の神仏分離令で八幡宮は琴弾神社と神恵院に分離され、神恵院は麓の観音寺境内に移転。新しく建立された本堂は、コンクリート打ちっぱなしで白木と組み合わされた近代的な造りとなっている。

   


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