花日和 Hana-biyori

怒り

『怒り』(上・下) 吉田 修一/中央公論新社(中公文庫)発売日:2016年1月



自分の前に現れた身元の不確かな人間が、実は殺人犯かもしれない、というミステリー。

話のなかで読者に示される容疑者は三人。誰が犯人かは絶妙に濁されつつ、東京、千葉、沖縄、それぞれの土地で容疑者と親密になっていく人たちの人生が描かれる。そして、読んでいくうちに「信じる」ことがテーマの人間ドラマだとわかる。

信じるということは、相手に対する気持ちの度合いとは別に、自分が愛されるに足る人間かどうか(という自信)や、人としての強さなどが根深く関係するのだと気付かされた。そういうことがよく分かるように、それぞれの背景が丁寧に書いてあって、文章も軽すぎず重すぎず読みやすくて非常に面白かった。

全体は決して楽しい気持ちになる話ではないのだが、好きな場面がある。

ゲイの優馬と直人が、一緒に墓に入るか?「いいよ」「冗談だよ」「わかってるよ」「いや、別にそれでも俺はいいけどさ」「分かってるよ」と笑い合うところ。

二人の親密さがよくわかる場面で微笑ましい。と同時に、結婚がありえない同性愛者である二人は「一緒の墓に…」という話題は「一生を共にしよう」というプロポーズみたいなものだ。冗談にぼかしながら一筋の希望にすがり付くような切実さも感じて切ない。これがあるから、後々の結末が余計に痛切なのだった。文章で物語を、小説を読むことの醍醐味を味わえる本だった。

コメント一覧

スウ
くらさんコメントありがとうございます!
あっ、そうですね、確かにギリギリのところで距離をとってしまう。信じたいけど、愛ゆえに信じきれないという難しさも感じますよね。興味ない人なら「疑わない」というスタンスでもいいところ、自分と同じ船に乗せていいかと考えると余計思い詰めてしまう。色々考えさせられる話ですが、後から考えると複雑な話ではないんだなと思ってみたり。面白かったです!
くら
優馬と直人の墓のくだりは、「冗談だよ」と距離を取ってしまうところに、彼らの自信のなさというか、踏ん切りがつかない部分が現れていてなかなかに切なかったです。スウさんがご指摘の通り、「信じる」ことが出来るか問われているわけですよね。
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