ハルとサトの日々

このブログはハルとサトが、この世で元気で楽しく暮らしていた時のお話

旅行二日目

2006-12-14 | 旧時々記

前日の雨は上がったけれど、杭州はまだ曇り空で、とても寒い朝でした。
ホテルのバイキングの朝食はおかゆ、肉まん、小さくスライスしたパンや小さめの蒸しパン、
野菜炒め、ウィンナー等々色々な種類のお料理を、少しずつ美味しくいただきました。
蒸したサトイモのようなお芋の山盛りが、湯気がたって美味しそう~♪
食べようとすると、同じテーブルの人から、「それは何?」
「たぶんサトイモではないでしょうか?わからないから食べてみます」
「勇気があるのねぇ~(笑) 」ホカホカとして、とっても美味しかったです。
同じテーブルの方も、すぐに取りに行かれました(笑)

杭州の街は公園の中にいるような素敵な通りが多いです。街全体がとても綺麗でした。
中国の若い人達は、恋人同士で訪れるのが夢なのだそうです。
バスの窓から眺めることがほとんどだったけれど、のんびり歩くのもいいだろうなぁ。

中国人のガイドさんによれば、SARSの騒動の頃、街のイメージを良くするために
6ヶ月間くらいかけて街を綺麗にしたのだそうです。

急激な経済発展の影には、自慢の西湖が富栄養化でかなり汚染されました。
無リンの洗剤を使うことで、少しはお水が綺麗になったらしいけれど
元の美しさには戻っていません。琵琶湖を思い出します。
又、西湖には幾艘もの遊覧船が浮かんでいます。湖を汚染しないよう、どの船にもトイレがありません。
でも一艘だけトイレ付きの船がありました。
この写真の金ピカの竜の船です。


江沢民主席に、西湖を遊覧していただくために造られたものだそうです。
ところが江沢民さんは、自分だけが特別な船に乗ることを拒否したため、
この特別な遊覧船は、他の政府の要人が、たまに使うことがある程度なのだそうです。

ガイドさんのお話に笑ってしまったのは、カモメが一羽もいなくなった話です。
理由は獲って食べてしまうから。同じく野鳥の姿も見られなくなり、小鳥の囀る声も聞かれなくなってしまいました。
そこでやっと自然の景観は木や岩だけでなく、鳥もいてこそ一つの景色なのだと考え、以来、獲らなくなったそうです。
(たぶん政府の指導だったと思います)

西冷印社の庭園内の大木には何匹ものリスを見かけました。以前はリスも食べつくされていなくなったので
政府が他所から連れてきて放したのだと、ガイドさんが笑いながらのお話でした。
見学場所から次の場所まで、歩いて移動をしている時、山茶花の花が咲いていました。
「張さん、中国ではなんて言うの?」「茶梅(ツァーベイ)と言います」
歩きながら中国語と日本語について少しお話しました。「果物の林檎は中国ではピンゴーと言います。
明の時代までは林檎と言っていたのですが、ピンゴーに変化しました。ゴは果と書きます」
(ピンの字は忘れてしまったぁ・・・)

林檎は中国から伝わった果物です。調べてみれば、和林檎と言われ、直径3、4センチだったそうです。
今、日本で一般的なのは西洋林檎です。この旅行中のお食事でよく食べた林檎は
日本でお馴染みの林檎と比べれば、とても小さいでした。和林檎だったのかな?

夜は蘇州のホテルに宿泊しました。ここも四ツ星ホテルです。お部屋もとても豪華です。
私の部屋の前を歩いていた、一緒にツアーをしている人達を呼び込んで、一人部屋をご披露しました(笑)
さて、問題のお湯はきちんと出るかな?シャワーの量は普通でした。
そしてカランに切り替えるボタンを引っ張れば・・・抜けてしまった!!
これではシャワーしか使えません。仕方がないので、天井のシャワーからバスへお湯を溜めることにしました。
(ハル並みに学習するのだ)でもいざお湯につかれば、ぬるすぎて体が温まりません。
これでは風邪を引いてしまいそうです。もう一度切り替えのボタンと格闘してみました。
抜けてしまったボタンを、力いっぱい叩くように押してみると、カチッといい手ごたえがありました。
引いてみればカランに切り替わって、蛇口から熱いお湯がでたのです~♪

中国の人にとって、お湯さえ出れば故障したことにならないのかもしれません。
おかげで私も、少しは知恵を使うようになりました。

 

 

 

 

 

 


 


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