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東京第二陸軍造兵廠 忠海製造所長浦毒ガス貯蔵庫

2015-06-09 17:17:45 | 東京第二陸軍造兵廠ser.
東京第二陸軍造兵廠シリーズ
 深谷製造所櫛挽工場B    ここ 2022年UL     
 板橋火薬製造所その他の遺構 ここ 2020年UL
 弾道検査管B        ここ 2020年UL
 電気軌道C板橋火薬製造所  ここ 2020年UL
 板橋製造所モニュメントB  ここ 2015年UL
 板橋火薬製造所招魂之碑   ここ 2015年UL
 深谷製造所給水塔      ここ 2015年UL
 板橋製造所モニュメントA  ここ 2015年UL
 忠海製造所毒ガス貯蔵庫2  ここ 2015年UL
 忠海製造所毒ガス貯蔵庫1  ここ 2015年UL
 忠海製造所長浦毒ガス貯蔵庫 ここ 2015年UL
 忠海製造所トイレ      ここ 2015年UL
 忠海製造所発電所2     ここ 2015年UL
 忠海製造所発電所1     ここ 2015年UL
 忠海製造所1        ここ 2015年UL
 岩鼻火薬製造所A      ここ 2015年UL
 電気軌道B板橋火薬製造所  ここ 2014年UL
 電気軌道A板橋火薬製造所  ここ 2014年UL
 深谷製造所櫛挽工場A    ここ 2014年UL
 弾道検査管A        ここ 2014年UL

忠海の沖合に浮かぶ周囲4kmの小さな島。
島全体が国民休暇村となっており野生のうさぎが多く生息していて
バーベキューや海水浴もできる観光スポットですが
かつてこの島は芸予要塞がおかれ、それが廃止された跡は
毒ガスを製造する軍需工場の島と化し、地図から消された島でした。

陸軍は1929年から終戦までこの島でひそかに毒ガスの製造を行っていました。
主な毒ガスは皮膚をただれさせる性質をもつものでした。
今回はそんな毒ガスの貯蔵庫を特集します。






大東亜戦争が終わると同時に進駐してきた連合軍の指示のもと日本人作業者によって
この島にあった毒ガス工場や製品を薬品で消毒したり海に沈めたり火炎放射器で
焼いたりして処分しました。コンクリートの内側が黒く焦げているのは、火炎放射器で焼却した跡です。




直径4メートル 高さ11メートル 容量85トンの貯蔵槽を支えた台座。


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