城北文芸 有馬八朗 小説

これから私が書いた小説をUPしてみようと思います。

慇懃無礼part4

2022-04-22 10:59:27 | 小説「慇懃無礼」

 バイクで三十分ほどの教習所に向かう。途中の道路にはまだ車がいっぱいつまっている。仕事の帰りなのかトラックも多い。歩道との境界線が石で区切られているところなど、道幅が狭く、危い思いをする。数殊繋ぎの自動車の列から吐き出される排気ガスのかげろうがゆらゆらと目の前にゆらめいている。ケツのまっ黒なトラックの後にきたもんなら最悪だ。ようやくの思いで教習所に到着する。
 自動車に気をつけながら、待合室のドアを開ける。若い女性が二、三人丸テーブルを囲んですわっていた。自分はやや晴れがましい気分になった。なぜかニヤニヤしそうになる。ポーカーフェースを装い、自動販売機でカレーパンとリンゴジュースを買った。カレーパンなどしばらく食べていない。中学生の時、学校の購売部で昼食用によく買ったのを思い出した。そんな時はパンを買いに行くと、もう何人もの生徒が我先に押し合ってパンを買い求めていた。紺の制服姿の女生徒の後姿が目に浮かぶようであった。
 学科の教室の前のベンチに腰かけて始まりを待つ。まだ、だれもいない。
 時間近くになると、教室の中の人の数も増えてくる。それでもイスの数の三分の一もいないだろう。なぜか男性は後の方にかたまっている。私はまん中へんの比較的人が多く並んでいるところに席を占めた。中年の男性は私を含めて三人くらいである。
 私の隣にいた女性が席を変えて、前方の席に移ってしまった。比較的多く並んですわっているといっても空席のたっぷりある並び方なので、彼女がいなくなると、私は孤立してしまった。手の届くところに人がいないと書類を回わす時に都合が悪い。かといってあの女性の後を追って行くわけにもいかないし、席を変えてまた違う女性に逃げられたら…、次々とそんなことが起こったら、などという変な思いにとらわれた。で、結局、そのまますわって、書類がくるたびにわざわざ立ち上がって、受け渡しをすることとなった。
 講師がくると、まず、へやの前方の隅にあるコンピュータになにやらインプットする。受講証とプラスチックのカードを持って受講者が列をつくる。三分の二は女性である。それも若い女性が多い。プラスチックのカードをみぞの中に入れて抜き去るだけで登録が終わる仕組なのだが、はじめてやってみると、これがうまくいかなかった。ちゃんとピッという音が鳴らないのであった。何度か繰り返すことになった。最後が若い男の一団であった。自分たちの若い時も、昔はああだった。教室ではやっぱり後の方にかたまっていたものである。
 講師もそれぞれ教え方に特徴がある。教科の内容はあまりしゃべらず、もっぱら雑談的な話で時間をついやす人、眠気をさますためか、試験のむずかしさを強調して、大きな声で何度も注意を呼びさます人、はじめての講義で一所懸命に話す人、等々。
 今日の講師は社会派とでもいおうか、雑談の中にその時々の新聞、テレビ、ラジオなどで取り上げられる話題を挟んでくる。教習所の内幕なども話してくれるので興味深い。教科の内容は忘れてしまっても、こちらの方は忘れずに憶えている。
 教習所の草取りをしている人の話。白い軍手をはめて草を取っている。掃除専門の人だとばかり思っていたが、仕事の手の空いてしまった教官の姿だったとは思いもよらなかった。
 私はK製薬に勤めていた頃を思い出した。仕事が閑になり、三日に一日仕事のない日がやってきた。構内の雑草取りに始まって、コンクリート打ち、ゴミの埋蔵処分、使っていないトレイの整備など、あまり必要とも思えない仕事をつくり出して、やらされた記憶がある。あの仕事ほどやりがいのない仕事はなかったような気がする。肉体を動かす仕事はそれなりに「やった」という充実感があったが、あの種の仕事はただ時間を食いつぶしていただけで、あとに残るたしかな手ごたえがなかった。
 「これからは教習生の数が減っちゃうんです。今までみたいにともすればふんぞり返って教えていたというイメージ、これではお客さんがこなくなっちゃうんです。よそのイメージのいい教習所に行ってしまいます。ですから、そういう教官には、本当は会社はやめてもらいたいと思っているんですよ。だが、まあ、そういう人はなかなかやめない。年食ってるから、給料は高いんだ、そういう人は」
 昼間の疲れが出て、どうしても夜は眠くなる。ななめ前にいる若い男性は、うつぶせになったっきり、一度も起きていない。耳では聞いているのだろうか。中にこういう話題を挿入することによって、退屈させないようにしているのだろう。
 「この間、NHKテレビでこういうのをやってました。ドキュメント番組なんですが、みなさんの中にも見た人がいるんじゃないかと思いますが……」
 あっ、あれか。この間見た。アメリカに輸出された車と日本国内で売られる車は外見は全く同じなのに、輸出された車の方が目方が何キロか重い。どうしてだろうかと、双方の自動車をバラして見ると、アメリカに輸出した車の方にはドアの中に鋼板が入っていた。その分だけ重くなっていたということである。ところが、太平洋を越えた船賃がかかっているにもかかわらず、アメリカで売られる車の方が、外見は全く同じの日本で売られている車よりはるかに安くなっているというのである。危険な車を高い値段で買っているとは。
 「腹が立ちませんか。ベンツは何であんなにいい車だとされているか知っていますか。安全なんですよ。トラックに横から当てられてもドアが破れないんです。がんじょうにできているんですね。日本の車の事故の写真を見たことがありますか。高速道路なんかに行くと、サービスエリアでよく事故の写真が掲示されていますよね。たいていドアが大破しています。アメのようにグシャッとなって、内側にめりこんでいます」
 「自動車作ってるのは同じ日本人なんですよ。腹が立ちません? 同胞により危険な自動車を高く売っている」
 教習生はみんな静まり返って聞いている。矛盾、不合理、不正、わかっていても皆諾々と黙々と従っていくことの何と多いことか。


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