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村上春樹を英語で読む

なぜ、こう訳されているのかを考える。

「足音」は英語でいつもfootstepではない

2015-10-02 13:35:24 | 村上春樹を英語で読む
『ふしぎな図書館』に次のような箇所がある。下はその英訳である。

僕はそのとき新しい革靴をはいていたので、灰色のリノリウムの床を歩くと、こつんこつんという硬く、かわいた音がした。なんだか自分の足音じゃないみたいだ。新しい革靴をはくと、足音になれるまでに、けっこう時間がかかる。
My new leather shoes clacked against the grey linoleum. Their hard, dry sound was unlike my normal footsteps. Every time I get new shoes, it takes me a while to get used to their noise.

「僕はそのとき新しい革靴をはいていたので、灰色のリノリウムの床を歩くと、こつんこつんという硬く、かわいた音がした」がMy new leather shoes clacked against the grey linoleum.(僕の新しい革靴が灰色のリノリウムにあたって音がした)と訳されている。
 本ブログで何度か述べたように、筆者は、英語の小説の語り手は、一人称小説の場合でも、「語り手の僕」は登場人物の「僕」を含む舞台上の人たちが演じる様子を、外から眺めて語っていくと考えている。登場人物の「僕」が語っているのではない。そこで、原文のような状況を描写すると、英語ではこのようになるのであろう。
 以上は、以前に話題にしたことの別の例を用いての再説である。
 そして、「硬く、かわいた」はつづく「なんだか自分の足音じゃないみたいだ」の中でTheir hard, dry sound was unlike my normal footstepsと訳されている。「自分の足音」がmy normal footstepsと訳されnormalが追加されているが、「ふだんの足音」なので、これは「概念」としてのfootstepである。「頭の中にあるfootstep」である。そして、この場合には、「足音」がfootstepと訳されている。
 ところが、「新しい革靴をはくと、足音になれるまでに、けっこう時間がかかる」はEvery time I get new shoes, it takes me a while to get used to their noiseと訳され、「足音」はtheir noise(その音)と訳されている。
 これは、原文では「靴」が立てる音が「足音」と捉えられているが、音自体はnoiseであって、footstepではないのである。
 つまり、概念としての「足音」は英語でfootstepであるが、「新しく下ろした靴が立てる音」はnoiseなのである。