次のような文が目にとまりました。
それは事件解決の日より遡ること三日前。儀礼達がその町に着いた日のこと。
http://ncode.syosetu.com/n4691bk/200/
「三日前」を用いるのであれば、「事件解決の日の三日前」でいいはずです。「事件解決の日より遡ること」に続くのであれば「三日」のはずです。では、この「前」は不要でしょうか?
『大辞林』では、このような「さかのぼる」を「過去や根源となる事柄にもどる」と説明し 「話は一〇年前に-・る」 「根源に-・って考える」の例を挙げています。
「話は一〇年前にさかのぼる」の場合は「さかのぼる」と「前」が重なることにあまり問題はないのですが、「さかのぼること一〇年前」とすると意味が二重になることが気になってきます。そこで、この場合に「前」をつけるのは間違いである、という考え方もあるようです。後の表現は慣用表現になっているからでしょうか?
エディ・コクランという人に「サマータイム・ブルース」という歌があり、次のような歌詞の一部があります。
But there ain't no cure for the summertime blues
もう話の流れはおわかりと思いますが、ain't noは「二重否定」ですが、決して結果的に肯定になるわけではありません。「さかのぼること一〇年前」もこれと同じ現象だと思います。
それは事件解決の日より遡ること三日前。儀礼達がその町に着いた日のこと。
http://ncode.syosetu.com/n4691bk/200/
「三日前」を用いるのであれば、「事件解決の日の三日前」でいいはずです。「事件解決の日より遡ること」に続くのであれば「三日」のはずです。では、この「前」は不要でしょうか?
『大辞林』では、このような「さかのぼる」を「過去や根源となる事柄にもどる」と説明し 「話は一〇年前に-・る」 「根源に-・って考える」の例を挙げています。
「話は一〇年前にさかのぼる」の場合は「さかのぼる」と「前」が重なることにあまり問題はないのですが、「さかのぼること一〇年前」とすると意味が二重になることが気になってきます。そこで、この場合に「前」をつけるのは間違いである、という考え方もあるようです。後の表現は慣用表現になっているからでしょうか?
エディ・コクランという人に「サマータイム・ブルース」という歌があり、次のような歌詞の一部があります。
But there ain't no cure for the summertime blues
もう話の流れはおわかりと思いますが、ain't noは「二重否定」ですが、決して結果的に肯定になるわけではありません。「さかのぼること一〇年前」もこれと同じ現象だと思います。