
・息子や息子の嫁たちに、
厄介をかけまいという気で、
自然死したいというのではないのだ
ごちゃごちゃと医者に、
いじくられるのは煩わしい、
もう七十七年生きてきたから、
今すぐモヤモヤさんの招集がかかっても、
はいはい、と行ける、
そういう気がしているだけである
私だとて、
一日も長くこの世を楽しみたいのは、
山々だが嫁のいうように、
「早くひと思いに」
なんていうのとは、
ニュアンスが違う
長男といい嫁といい、
ほんとに分からず屋揃いである
それに私は、
嫁にいくら受け合われても、
嫁に生命維持装置を外してほしくない
そこが矛盾しているようであるが、
そのとき、長男の嫁がやってきた用事は、
私の甥にあたる子の、
その息子が結婚するので、
大叔母の私に出てくれ、
というのである
「何もこんなトシヨリまで、
出席せんでよろしやろ
そんなに近い縁でもなし・・・」
こういうときは、
自分のことをトシヨリという
いまどきの結婚式は、
この前の孫娘のときに懲りてしまった
やたら騒々しく大がかりで、
ヘタなショーを見ているよう
「でもお姑さん、
人数の釣り合いがあるんやそうですわ
あちらさんが七十人なら、
こちらも七十人にしないと、
ということだそうで」
「へえ、
員数合わせに招かれますのんか、
えらい形式主義やねえ
そんな形式主義の結婚式は、
やめといたらええのに
結婚式葬式いうのも、
やたら虚礼になってる、
あんなもんやめたらええねん」
「でもお姑さん」
でもの多い女である
「結婚式葬式があるのが、
人間と動物の違いやそうですわ
この間、テレビでどこやらの先生が、
いうたはりました
動物はせえへんけど、
人間はどんな未開の土地へ行っても、
結婚式葬式はやってるんですから
人間のえらいところは、
そこなんですから」
嫁は私を教え諭す口ぶりになる
七十七の私に五十そこらの女が、
教え諭すとは何ごとぞ
「へ~
ほんなら人間が結婚式葬式、
やめたらええねん
動物がやらへんのは、
それが自然やからや
人間のほうが自然に反してます
動物見習うてやめたらよろし」
「ま、お姑さん、
そんな無茶なこと・・・」
嫁は話にならんと、
そそくさ帰ってゆく
嫁が帰ってから、
座布団を片付けていると、
ハンケチに包んだ入れ歯が出てきた
夕方、嫁から、
消え入りそうな声で電話がある
「お姑さん、
あたし忘れ物してませんでした?」
「はいはい、
ちゃんととりのけてありますよ
あれ、治子さんのかいな」
治子というのは嫁の名である
「そうなんです
あたし歯性がわるくて、
道子さんや須美子さんには、
黙っていて下さいね
あとで取りにうかがいます」
と嫁は次男や三男の嫁たちに、
張り合っているらしい
「五十になるやならずで、
入れ歯は困るわね
あたしゃこう見えても、
いまだに自前の歯なんよ」
「・・・」
嫁は一瞬悔し気に黙り、
「ともかくお姑さんは、ですね
フツーの人と違うんですよっ
お姑さんが標準になりませんわよ!」
と電話を切ってしまった
なんで私が標準と違うのや、
私ぐらいフツーの女はあるまいが
すべて自然に自然にと流れてきたら、
こうなっているのだ
長男の嫁がまた、
生命維持装置の話をどう伝えたのか、
今度は次男の嫁が電話をかけてきた
「お姑さん、
早く楽になりたいって、
おっしゃったんですって?」
何をひがごとを聞いているのであろう
「早くお迎えが来たらいい、
といわれたそうですが、
まあそう、お力落としなさらないように」
阿呆らしくて返事もできないが、
「あたしゃべつにお迎えを、
待っているんじゃありませんよ
これで毎日忙しいし、
面白うてたまらんから、
一日も長う生きたいと思てるのや」
「でもスイッチオフにしてほしいと、
お義姉さんに頼まれたそうじゃありませんか
生命維持装置の・・・」
「べつに頼んでませんよ
あたしゃそんな装置見たこともないけど、
オフにしたらすぐ死ぬのなら、
触ってほしくありませんよ!」
「あら、
でも何ですか、
余熱というか何か、
そういうのがじわーっと効いて・・・」
まるで電気釜のような話になってしまう
「ふわっとした気分で・・・」
「ふっくらと死体が出来上がる、と」
「いいえ、
ふんわかといい気分であの世へ」
よーし、
そんなことを考えているのなら、
これはいやでも長生きせねばならぬ
見てなはれ、四十代五十代の、
ひよろひよろ嫁どもより、
長生きしまっせ
「お気の毒やけど、
あたしゃちっとも死にとうないのや
お灸すえて薬のんで養生して、
お迎えが来てもまだ早いと、
追い帰しますわいな」
「お姑さんなら、
そうかもしれませんわね
言い分通されるタチですから
真似たいけどこっちにゃ、
その才能がありませんわよっ!」
次男の嫁は悔し気に電話を切った
三男の嫁は、
現実的で利己的な中年女であるから、
あわただしげに電話してきた
「お姑さん、
お義姉さんたち、
もう見えましたの?」
「何で?何かあるんですか」
「いえ、
お姑さんが急に思い立たれて、
死後の手配やら、
お指図なんかされたというので、
あたし、お形見分けのことかと思って」
「誰が形見分けなんか、
しますねん」
「あら、そうですか
じゃああたしの思い違いかしら
死後のお指図なんていうのでつい、
お形見分けかと
でももしナンでしたら、
あたしお姑さんの持っていらっしゃる、
縮の紺色の着物ね、
それと色留袖の藤色の、
あれを前もって予約・・・
いえまあ、
むろんお姑さんのお心持ち次第、
ですけど」
「あんたに似合うかもしれへんけど、
あたしにも似合いますのや」
「でもだんだん、
派手になるんじゃありません?
お姑さんには」
「着手も派手になってゆくから、
釣り合い取れますのや
あんたらとは違う
あたしゃ年々派手になって、
いきますのや」
呆れた連中である
今から形見分けをねらっているらしい



(次回へ)