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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

「わたしの震災記」 ⑦

2023年01月18日 09時08分28秒 | 「ナンギやけれど」   田辺聖子作










・神戸の人々の消息もだが、
もう一人のアシスタントのKさんが宝塚にいる。

宝塚の被害も大きいと聞くから心配、
しかし連絡を取るすべもない。

宝塚といえば歌劇団のたてもの、
新築されたばかりの大劇場は・・・
と落ち着かない。

これはしばらくしてニュースに接した。

<花のみち>と呼ばれる桜並木の下の店は全壊状態、
宝塚大劇場は最新設備が災いして、
スプリンクラーが誤作動し、
座席中、水びたしになり、
再開の目途はつかないという。

電気・ガス・水道をライフラインというのは、
誰が言い初めけん、
はじめからあったようにテレビ、新聞で言い立てたが、
以前はこんな言葉は絶対聞かなかった。

活断層とともに、阪神大震災後、
急にマスコミの口にのぼってきた言葉である。

直下型地震というのは前に聞いたことがあるが。

その電気・ガス・水道のうち、
水はほそぼそながら出て、
食事の支度も出来たが、
この水量では点火しないので湯にならない。

従って風呂には入れない。
冷蔵庫の残り物の食料でやりくりして夕食をとる。

伊丹市役所の広報課はどうしているのか、
全く情報は得られない。

水はいつ、ちゃんと出るのか、
武庫川・猪名川にかかる橋がやられ、
車は大迂回だという口こみニュースは聞くが、
それはどこまで正確な情報なのか、
電話の通じない時に病人が出れば、
どこへ行けばいいのか、
今夜の当番の救急病院は震災に無事だったのか、
神戸では百十番も百十九番も、
パンク状態でつながらないというが、
伊丹はどうなのか。

余震があれば今度は避難したいと思っているが、
避難先の小学校は大丈夫なのか。

広報車を出して知らせてくれれば、
市役所は市民のことを考えてくれていると実感できるのだが、
終始、沈黙の役所であった。

小さい町なのにもう少しこまめに、
気配りできないものだろうか。

これはまるで五十年前の空襲のあとと同じだ、
と思う。

警報解除のサイレンでやっと防空壕から出たものの、
くわしい情報は何一つ知らせてもらえなかった。

不安と恐怖があるだけ。

五十年前の当局も、
今の行政中枢もパニック状態なのかもしれない。

そういう中で取引銀行の係りの人が来た。

伊丹駅の下にある銀行なので一緒に潰れたが、
尼崎の塚口支店に同居しますからご心配なく、
ご用の節はここへ、
と名刺を置いていった。

この日、もう一人の姪が来てくれて、
散乱した書籍を片づけてくれる。

若い力はやはりありがたい。

夜に入って宮本輝さんが、

<どうでした>と寄って下さる。

取材で富山へ行っていらしたよし、
留守宅は無事ながら、
半壊というより全壊に近く、
とても住める状態ではない、
いま、近くのマンションにいるけれども、
といくぶん憔悴のふうでいられたが、
ともかく、

<お互い無事でよかった、
だからお互いに休載もやむを得ないんじゃないか>

と変なところで合意が成立。

宮本さんと私は同じ雑誌に連載している。

私もゆえ知らぬたかぶりで仕事なんかしていられない。
というより、思考のたがが片端からばんばん外れ、
落ち着いて文章を書くようなゆとりが育たないのである。

あたまの中は空白のまんま、
時間とテレビの映像ばかり流れてゆく。

そのあと東京のK書店の編集者の青年三人、
ペットボトルを担いで見舞いに来て下さる。

真っ暗な門口から玄関へ、
たのもしい体格の若者三人が、

<お手伝いすることありませんか、
大丈夫でしたか>

とゆきとどいたこと。

こんなときに若者の姿を見るのは心強い。

ダウンパーカーに手袋、リーボックふうの靴、
とこれは震災ルックである。

水はあいかわらずちょろちょろで、
バスタブにためた水は茶色の澱がよどんでいるから、
飲料水のお見舞いはありがたい。

十九日、死者は二千五百人、
夕刊で三千人、戦後最大の災害となる。

二十日、死者・不明あわせて四千二百人と発表され、
ついで五千人を超したことがわかった。

その合間も瓦礫の下に埋もれた人を助けるために、
不眠の活動が続けられていたわけだが、
機材も人手も足らず、
みすみす埋まっている人を眺めて、
救いを待っている家族の気持ちはどんなだったであろう。

アシスタントのKさんが、
宝塚から自転車で来る。

マンションは無事だが、
手のつけようがないほど家財道具が散乱しているので、
とりあえず市民会館へ避難しているとのこと。






          


(次回へ)

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