
・その次男のいいかげんな思い込みが、
私はがまんならぬのだ
長男のわからずや、
次男の思い込み、
こういうのにぶつかると私は、
カッカとしてくる
私自身は次男のいうように、
老人の性が市民権を得ようと、
誇示しているさまに対し、
批判的である
しかしそれを批判されると、
今度は反対に老人側に立ちたくなる
「色狂いとはなんやねん、
これはロマンチックいうもんや、
七十八十でロマンチックって、
立派やないか、
孫やひ孫の世話なんか、
してられるかいな、
色の恋のいうてられへんのは、
あんたらくらいの働きざかりの年頃や
あんたらはせっせと働いて、
老齢年金をトシヨリに配ってくれたら、
よろしねん
七十八十になって色恋せなんだら、
いつしますねん」
次男はギョッとしたごとく、
「おばあちゃん、
恋しとんのか?」
と叫ぶ
「さあな、
これからはわかりまへんで
あたしもまだ七十七、
もうひと花咲かせたい」
「へんなおっじゃんと、
ややこしいことなんかしたら、
承知せえへんドォ!」
甘えているのだ、こいつは
それにしても、
カネへんの会社はどうなってるのやら、
ガラの悪い言葉づかいをする男である
私はそんなガラの悪い、
言葉を使うような教育は、
しなかったつもりだけれど・・・
次男に反対されて、
こりゃどうでも魚谷さんの話を、
まとめたくなってきた
おかげで私はおころり寺へ、
当日行くことになった
好晴の初夏、
まばゆいような新緑の山の中である
大阪の奥、
北摂地方には池田や豊中、
尼崎、伊丹、宝塚、川西と、
もうやたら小さい町がひしめいている
この辺は、
産物の出来もよく、
気候もよく、
交通便利な要衝なので、
幕府の政策として、
いろんな藩や天領を組み交ぜ、
ばらばらの統治体系にしたそうだ
さながら碁石を置くがごとし、
と本にはある
私は私鉄電車で、
その山のふもとまで行ったが、
私の住む町から数えると、
実に五つ六つの市を通過したことになる
山のふもとからバスに乗る
バスストップのそばに、
最近建てられたらしい、
新しい立看板に、
「おころり寺は、
バス停・広教寺前でお降り下さい」
とある
下の方に「老春」と赤い字があり、
何だろうと思ったら、
「老春」というのは、
この地方の銘酒であるらしい
「老春」を飲んで、
あの世へころりといったら、
さぞいい気分であろう、
しかしここが私のあまのじゃくなところ、
かえってそういわれると、
(うーむ、
垂れ流して口だけ達者で、
悪態をつき放題して、
五年も十年も寝ついてやろうか)
などという不逞な闘志が、
湧いて出る
私は今日は白い麻のスーツに、
ブラウスは黒いフランスレース、
サングラスは靴の色と合わせた、
藤紫である
グラスは眼のあたりだけ、
染まっているので涼しげでよい
バスを降りると、
そこがもうお寺の山門、
山を背負って若葉が五重塔や、
本堂を埋めている
隣のコンクリートの建物は、
老人ホームであろうか
本堂の手前の木陰に受付があり、
老人男女が群れている
私は名前をいって、
会費を払う
魚谷さんは本堂の入り口で、
私を待ちわびていた
本堂はだだっぴろく涼しい
正面に阿弥陀さま、
脇侍さま、
いずれもすすけて黒光りしていられる
そこに老人男女が、
百五、六十人集まり、
車座になったり、
二人差し向かいになったり、
お茶と紙袋に入った菓子を前に、
歓談の最中・・・
実は私は少し驚いたのである
「お住持さんのご法話が、
いま終わったばかりなんですけど」
と魚谷さんはいうが、
人々は仲良く肩を寄せ合い、
あるいは男女、手を取り合い、
ちょっと見ると恋人同士のよう
「お住持さんは、
なるたけ体を触れ合うように、
肩を叩いたり、
握手したり、
それが出来ないまでも、
指と指を触れ合うだけでもよい、
とおっしゃるんです
とにかくここへ来たら、
みな仏さまのお弟子、
素直にならないといけませんって・・・」
何だか猥雑な雰囲気なのである
婆さんの方がやや多く、
それに婆さんはみな積極的であった
「体を触れ合うたび、
人は心を解き放つのです、
とお住持さんはいわれますので・・・」
「それはええけど、
あんたの彼はどこにいやはりますねん」
「まだ見えないんです・・・
もしかしたらこういう雰囲気がいやで、
お嫌いになったのかもしれない・・・」
魚谷さんは辛そうにいう
「とてもインテリでいらっしゃるでしょ、
気高いかたですもの・・・」
いくらお上人が「触れ合い」を、
すすめられたとて、
私は未知の男に触られたら、
ゾッとするほう、
私はダメである、
これも自然に任せるほうがよい
私は本堂の外に、
お守りやおみくじを、
売ってるところがあるので、
行って眺めた
どうやら私はあたまの中、
理論、たてまえでは、
老人の性の解放に賛成であるが、
実際に実行となると、
気がすすまぬところがある
突然、境内にスピーカーが、
ひびきわたり、
観光バス一台がおころり寺詣りに来たらしい
これはわらわらとバスを降りた一群、
圧倒的に婆さんが多い
本堂とは反対側のお堂へ、
吸われてゆく
おころり寺もいろいろ忙しいようである
お守り札売り場には、
家内安全や商売繁盛のお札のほかに、
「シモを人に取られないですみます」
というお守りもあったりして、
商売が上手である
私はそこで二合瓶に入った、
「冷酒・老春」と白い盃を買った



(次回へ)