
・自然、で思い出した
魚谷夫人がウチへ来て、
結婚したいというので、
「そういう気になりはったんなら、
それもよろしいでしょう」
と私は答えた
魚谷さんは、
今日は例の一張羅のドレスではなく、
さわやかなペパーミントグリーンの色の、
ニットツーピースを着ている
さすがに結婚しようというだけに、
地味でくすんだ人だった印象が、
一変していた
「本当に結婚なさるんですか、
それともお話お相手?
別居ですか、同居ですか?」
と私がいったのは、
比翼会で仕入れた知識である
老人同士の結びつきは、
若い者よりずっと複雑で、
係累が文句いったり、
財産や名義がどうの、
ということになるので、
単に同居するだけにして、
籍はそのままというのが多い
「いえ、
それより前に、
先方さんのご意向がもひとつよく、
確かめられませんのよ・・・
その方、八田さんといわれるんですけど」
魚谷さんは面をうすく染め、
うつむく
「それで申し訳ないんですけど、
会って下さいません?
能勢のほうの『おころり寺』の例会に、
その方をお誘いしてあります
そこで歌子さんも交えて、
あの方とお話して・・・」
「へえっ
向こうの気持ちを確かめていない?
それじゃざっくばらんに、
聞いてみはったらどないです」
「でも
そんなはしたない、
恥ずかしいこと・・・」
「その人とは、
どこで知り合ったんです?」
「家の近くで、
もうずっと前、
英語塾をしていらしたそうなんです
英語塾もたくさんできて、
経営がむつかしくなって、
閉じてしまわれて、
今は恩給と、
二階を人に貸してそのあがりで、
やっていらっしゃるらしいんです
私が公園で英語のテキストを、
ひろげていたものですから、
話しかけてこられて、
それでわからないところを、
教えて頂いたり・・・」
魚谷さんは少女のように、
肩をくねらせ、
私はそれを見て感慨を持つ
魚谷さんは吐息をつき、
「戦前に海外へもいらしてて、
インテリでいらっしゃるんです
奥さまは二十年も前に亡くなられて、
娘さんたちは東京にかたづいていられて、
めったにいらっしゃらないんだそうです
お互いに身の上話をして・・・
意気投合というのでしょうか」
魚谷さんは手の中で、
ハンケチをもみほぐしながら、
「だからどうか、
歌子さんから話をつけて頂きたいの
一生のお願いですわ」
一生たってねえ
先の短い我々だからこそ、
値打ちがあるのか
「やれやれ、
この年になって、
お仲人をさせられるとは、
思いませんでしたよ
そんなにいい男ですか?」
「あのう、
お背が高くて、
銀髪がふさふさして、
眉もおひげも真っ白で」
魚谷さんはうっとりした目になる
私はその陶酔ぶりがうらやましく、
妬ましくもあるものの、
一面、ふと心配がおこってきた
もしその男がけしからぬ男で、
魚谷さんのハートばかりか、
財産まで持ち去ってしまった、
ということにならなければよいが
魚谷さんの財産が、
どれほどあるのか、
私も無論知らないけれど、
魚谷さんのために、
守ってあげなければならぬ、
という気がする
いまの魚谷さんに対し、
悪いことをしようとすれば、
赤子の手を捩じるようなものであろう
「仕方ない
ほんなら行ってあげますわ」
といって、
私は「おころり寺」なんて、
あったかしら?と考えた
「あ、おころりというのは、
ポックリ寺みたいなもんですの
この寺へお詣りすれば、
ころりっと死ねるといわれてます
とても霊験あらたか、
ということで、
たくさんの参詣人があって、
繁盛しています」
「魚谷さんも、
おころり寺へお詣りしはるんですか」
「はあ・・・たまに
一人暮らしだと、
そこが一番心配なものですから・・・
ころっと死ねたらと思っていましたが、
好きな人が出来たら、
できるだけ長生きしとうなって・・・」
何なとぬかせ、
といいたい気であった
そのおころり寺では、
ことに老人問題に熱心で、
寺に隣接して特別養護老人ホームを建て、
会員制の「茶飲み友だち相談所」を、
開いている
本堂で老人の善男善女が一日、
語り合ったりゲームに興じたり、
するのである
ずいぶん遠くからの会員も、
来るとのことである
わずかの会費で半日楽しめ、
同じような年代の異性と、
おしゃべりできるので、
老人たちにとっては、
「命の洗濯」であるそうな
魚谷さんがあれだけ、
うっとりなったことで、
充分、引き合う気もされてくる
すると別の私が、
行かぬでもいいではないか、
という気がしてきた
二人で成るように成ったほうが、
要らざる仲介をするより、
よいであろう
そういう結論に達した私の気持ちを、
引っくり返したのは次男である
「あした行くで」
と電話してきた
「あしたは出るからあかん」
「どこへ行くねん
何しに行くねん」
私に支配的にいう
私は魚谷さんの話を、
かいつまんでいう
「なに
七十過ぎのお婆んと、
八十一のお爺んの橋渡しやて
阿呆な
そんなもん止めなはれ
恥ずかしい
何もおばあちゃんがすること、
あらへん」
この息子は私のことを、
おばあちゃんと呼んでいる
「どだい七十と八十になってでっせ、
相手欲し、いうのはちと、
色狂いやな
正気の沙汰と思えまへん
孫のお守りとか、
ひ孫の世話とか、
することようけおまっしゃろ
この頃はトシヨリがわが物顔に、
色の恋のというようになって、
いやらしいてしょうない
おばあちゃんがそんな世話、
することおまへんやないか」
次男は立て板に水で、
ぼろくそにいうのであった



(次回へ)